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6君に溺れて道化が嗤う②

「毛玉~。お手、は? ほら、お手!」  夜。和モダンな客室の畳の上で、俺は胸ポケットから引っ張り出した「毛玉」を相手に、最高に生産性のない不毛な訓練を試みていた。 「ミ゛ィ」 「手足短すぎてお手出来ないんだぁ!? 可愛いでちゅねぇ~~、痛ぁい!!」  いつもの如く、大真面目な顔をした毛玉に親指の付け根を全力で噛みつかれた。雀の餌を貪るのと完全に同じテンションの、容赦のない生々しい痛みが走る。 「ミ゛ィ」 「お前、馬鹿にされたの分かるんだ? 清守より賢いな!」  そう呟きながら、俺が床を芋虫の様にもぞもぞとのたくっていると、コンパネの扉をノックされた。あまりのタイミングの良さに、思い切り身体がビクゥ! と震え上がる。ああ、吃驚したぁ、心臓が口から飛び出るかと思った。 「どうぞ~~」 「失礼します。児玉でございます。お食事は部屋で済ませるとの事でしたのでお持ち致しました」  現れたのは、児玉さんだった。 「あ~、有難う御座います。御手数御掛けしてすいません」  流石にこの正体不明の毛玉を連れて、きらびやかなアルファどもの会食に出る訳にもいかない。申し訳ないとは思いつつ、飯は部屋に持って来て欲しいと頼んでおいたんだった。  俺が地下闘技場仕込みの雑な動作で軽く頭を下げると、児玉さんは何故か大層慌てた様子で両手をぶんぶんと振り乱した。 「いえ、これが私どもの仕事ですから! 顔をおあげ下さい! と、仕事上仰々しく対応しなきゃいけないけど、真宵君はいつもの真宵君で良いからね! それに、この間は本当にごめん!」 「この間?」  俺ははてな? と疑問符を頭上に掲げる。 「ほら、僕が夜会に誘ったせいで酷い目に遭ったって聞いて……」 「あ~、ああ~ね! アハハなんだそんなこと! 全然大丈夫だから!  兒玉さんのせいじゃねぇよ! 気にすんなって!」  俺は今にもこの世から消え去りそうな困り顔の兒玉さんを励ますように笑顔でピースサインを見せた。  兒玉さんは、ほっとしたように胸を撫で下ろした。 「有り難く頂きま~す」  そう云って、豪勢な料理の乗ったお盆を軽く持ち上げて見せると、児玉さんも表情を緩めて一礼し、「それでは失礼しま~す」と扉をガチャリと閉めて退室していった。 「毛玉~~、飯だぞぉ~~」 「ミ゛ィ!」  高円寺のゴミ捨て場出身の毛玉は、相変わらずプライドの欠片もない様子で、差し出された飯に猛然と突撃していった。 ◆  翌日。 「ふあ、よく寝た……」  窓から差し込む朝の光を浴びながら、俺はボサボサの髪をガリガリと掻き、寝惚け眼で盛大な欠伸を一つ漏らした。んーっと両腕を広げて背骨をバキバキと鳴らしながら伸びをする。  バスルームへ向かい、熱いシャワーを浴びて刈り上げのポニテを洗い流す。顔を洗って歯を磨き、ドライヤーの爆音で髪の毛を乾かすと、櫛で丁寧に梳かして、鏡に映る自分を正面からじっと眺めた。 「うん……傷があってもいい男~~」  シックスパックに割れた腹筋、褐色肌に継ぎ接ぎだらけの生々しい奴隷闘士の傷跡。男としての肉体の出来栄えは決して悪くないと思うんだけどなぁ、と俺は大真面目に自分の肉体を肯定した。  なのに、キャスト(オメガ)になってからというもの、驚くほど全然モテねぇ。筋肉のハリにだってかなりの自信あんのになぁ。あれか、やっぱり周りのキャストの奴らは皆一様に線が細くて華奢だし可憐だもんな。ああいう、アルファの歪んだ加護欲や支配欲をそそられるような容姿じゃないと駄目なのかねぇ。  だとすると、地下闘技場で俺を囲んで群がっていた富豪のおっさん達やらは、揃いも揃ってドが付く変態の極みだったって事かぁ? おっさんをベッドで鳴かせる哲学をいくら磨いたところで、この綺麗な要塞じゃあ需要がゼロなのかもしれない。切ない。 「ミ゛ィ」 「おはよう毛玉~」  畳の上で大福のように丸まっている毛玉の頭をひと撫でしてから、すっくと立ち上がった。服を着替えて、昨日の食事の空いた皿を乗せたお盆を両手でしっかりと持つ。俺は「後日改めてから暫く寄宿舎の大掃除担当」という冷徹な書類の現実をまだ半分ほど忘れたまま、呑気に部屋を出た。 ◆  お盆を抱えて迷路のような廊下をうろうろしていたら、漂ってくる出汁の匂いを頼りに、漸く厨房らしきものを見付ける。隙間から中を覗くと、白衣を着た料理人達が皆戦場のような慌ただしさで忙しなく働いているのが見えた。此処で間違いない。俺は一人で大真面目に頷くと、ずかずかと中に入った。 「すみません、食器下げに来ました」 「ああそう、悪いけどそこに置いといて」  ちらりともこちらに目をくれず、あちこち動き回る料理人達のプロの背中を見ていたら、元奴隷闘士の肉体が何だかうずうずしてきてしまった。じっと突っ立っているのが一番落ち着かないのだ。 「お皿洗いましょうか?」 「え、良いのかい? いやあ助かるよ兄ちゃん!」  それが終わると「野菜の皮剥きましょうか?」次いで「拭き掃除しましょうか?」それから「運びましょうか?」──。  何故だか無駄に動きたくなる奉仕精神で台所仕事を完璧にこなした俺が、そのまま使用人達と一緒に重い食事のお盆を屋敷の広間まで運んでいくと、談話室のソファーでくつろいでいたキャスト達が、扇子や袖で口元を隠しながらクスクスと嗤った。 「やっぱり只の使用人じゃん」 「昨日はずーっとお茶を挽いてたみたいだね。誰の目にも留まらないなんて哀れだわ」 「それに比べて俺ってば、◯◯様から昨意はあんなに激しく……!」 「僕なんてちんぐり返しされて奥の奥まで……もう腰が砕けそう」 「僕は✕△様に何度もされて、まだお腹の奥が熱いよぉ……」  美貌に全振りしたハーフのキャスト達が、昨夜どれだけ高貴なアルファに求められたか自慢し、脳がバグりそうな糞みてぇなマウントの取り合いをしている。おいおい羨ましいじゃねーか!! 俺、指名されてない!! チクショ~、一回でも抱いてくれたら自慢の哲学(特技)で天国見してやんのによぉ~~。前立腺はおねんね中だけどよぉ~~。 「お前、今めちゃくちゃ羨ましいとか思っただろ」  耳元で、地獄の底から響くような声がした。 「うわ、三毛猫かよ。俺の脳内を勝手に覗かないでくれる?」 「覗かなくてもツラ見りゃ分かるよ~」  白犬が呆れたように笑い、黒鶏もヤレヤレと肩をすくめる。 「ヨッチー、相変わらず下半身で生きてるもんな!」  親指をぐっと立てる見事なサムズアップをキメながら、3人勢揃いで俺をディスってくる。友達ってなんだっけ? 人生に不要な哲学的な疑問が脳裏を掠めたが、面倒なのでダチョウの脳みそは一瞬でそれに蓋をした。  全員の食事が揃うと、キャストたちも席に着き、お上品に手を合わせて「頂きます」と云って食事が始まった。目の前に並んだメニューは、炊き込みご飯、鮎の塩焼き、だし巻き卵、帆立とアスパラのレモンバター醤油、牡蠣と長ネギと大根のお味噌汁、山菜の天ぷら、キュウリと茄子のおつけもの。  旨い。不味い訳が無い。最高級特区の食材の暴力だ。俺はあまりの美味しさに、傷だらけのムチムチな身体を揺らしながらパクパクと猛然と食べ進めていた。すると、優雅に箸を動かしていたキャストの一人が、俺の無作法な食べ方を見てボソリ。 「満足に指名もないのに、いっちょ前にご飯は食べるんだね~」 「こんなに食べたら太っちゃいそう。君みたいに無駄に大きくなりたくは無いなぁ」 「おい、お前ら──」  その言葉に、真っ先にキレたのは三毛猫だった。白犬や黒鶏も、箸をピシャリと置いて不快感を露にする。だが、俺自身は「まぁまぁ、美味い飯が食えれば何でもいいじゃん」と全く気にせず食べ進めていた。  が、その暖簾に腕押しな態度がさらに気に入らなかったのか、嫌味を云ったハーフキャストの一人が、何を血迷ったか自分のお味噌汁を、俺のほかほかの炊き込みご飯にドボドボとぶっかけた。  ジュワ、と汁を吸うご飯の音が、俺の闘争本能のスイッチを入れた。堪らず凄まじい勢いで立ち上がると、地下闘技場を修羅場に変えてきた狂気の眼光で、キッと相手を正面から睨み付けた。 「食べ物を粗末にすんじゃねぇ!」  相手は俺のただならぬ殺気と気迫に一瞬で怯んだものの、次の瞬間、まるで指先を切られたお嬢様のような大声で悲鳴を上げた。 「キャ──ッ!!」  その不条理な金切り声を聞き付けたベータの使用人達が、何事かと慌てて部屋へ駆け付けて来る。すると、悲鳴を上げたキャストは、濡れたまつ毛を震わせながら俺を指差し、「いきなり突き飛ばされ、殴られそうになった」と超がつく大嘘の訴えをぶちかました。  三毛猫達が「嘘を吐くな! この野郎が先に味噌汁を──!」と必死に庇ってくれたが、数の力と「可憐なオメガ=被害者」という世界の歪んだルールの前には無力だった。  俺は風紀を乱した罰として、その日のうちに冷たいコンクリートの懲罰房行きを食らった。言い訳するのも面倒だったし、特に弁解もしなかった。 ◆ 「可哀想だと思わねぇ?」  懲罰房と云っても実態はコンクリートの壁に囲まれただけの普通の和室の小部屋で、俺は畳の上でゴロゴロと無駄にのたうち回りながら、日頃の鬱憤をすべて晴らすかのように、鉄格子越しに管理人に訴えかけた。  と云っても、そこに座っている管理人は別に恐ろしい鬼瓦のような看守でも何でもない、グレーのスーツをヨレヨレに着崩したいつもの宗像のおっちゃんだった。死んだ魚の目でパイプ椅子に腰掛けている。 「でも……悪いことしたんでしょ~?」 「してませ~ん」  俺はよっこいせ、と柔軟な肉体のバネを使ってブリッジの体勢を取ると、そのまま逆さまの視界のまま部屋の中をペタペタと蜘蛛のように練り歩いた。  それを見た宗像のおっちゃんは、なんだこいつは? と云った珍獣でも見るような顔をして盛大な溜め息を吐き、面倒臭そうにプラスチックのボールペンを持った手でボサボサの頭を掻いた。 「健全な青少年の育成とは!?」  俺はブリッジのアーチを維持したまま、力強くシックスパックの腹筋を震わせ、拳を宙に突き出してそう叫んだ。 「しらないっ」  そう云ってぷいっとおっちゃんは机に向き直ると、カリカリと乾いた音を立てて何やらお役所仕事の書類を書き始めた。国特務機関の司令官の割には、あまりにも軽薄で締まりのない背中だ。 「あ~あ……」  俺はブリッジを解いて畳に背中を打ち付け、天井の染みを見上げながら不貞腐れた声を漏らした。 「じゃあアレだ。底辺のキャストには人権が無い訳だ。自分達で無理矢理高円寺から呼び出した癖に、顔が良い順にエグいランク付けするんだ。夜の指名を取れないとまともな意見も出来ないんだ。価値が無いからそこら辺の犬のクソや石ころと一緒だ。居ない方がマシなのに、数合わせの為だけに呼ばれて見世物にされるんだ。そうしてSAN値をゴリゴリ削って使い物にならなくなったらドナドナと捨てるんだ。要らないものを勝手に自滅させるから地球に優しいエコなんだ」  地下闘技場仕込みの、乾いてひねくれた愚痴がじょぼじょぼと口から溢れ出る。 「ヒスキャスト構文……?」 「違うよぉ~~」 「……やっぱさぁ、俺が裏方にしといて何だけど、直忠ちゃんは本当にキャスト候補なの?」  疑わしげな視線をジト目でこちらに向けてくるおっちゃんに、俺は首を縦にブンブンと振って大真面目に肯定した。これでもれっきとした男オメガ(Ω)判定持ちである。 「なんだっけ……仲間のキャストに手を上げた、だっけ?」 「仲間でもなけりゃ、あげてもない。俺が愛しているのはセックスと美味しいご飯と暖かいオフトゥンだけ」  ふう、と肺の底から息を吐き出す。 「って云うかさ、初対面の時から薄々思ってたけど、身長なんて俺より高いし、筋肉質でガタイも良いし……一体何なの君?」 「でも色男だと思わない?」 「まあ、確かに……無駄にえっちな顔してる」 「おっちゃん、アンタ話が分かるじゃん。気が合うね、よし酒呑もうぜ」 「ちゃんと成人したらね~~」  にべもなく躱された。無駄に過ぎて行く暇な時間に耐えかねて、俺は畳に寝転んで足をジタバタさせながら、おっちゃんにお願いをしてみた。 「暇だな~。ねえねえ、おっちゃん何か面白い話してよ、脳みそが腐りそう」 「え~?」  おっちゃんは小指で耳の穴をほじりながら、う~んと唸り、両腕を組んでパイプ椅子の背もたれに体重を預けた。ギシッと金属音が鳴る。 「……うんこがめっちゃ臭い、かな」とだけ云った。  あまりにも中身のない話が面白くて、俺は「それって当たり前じゃね? ウフフフフ」と腹を抱えて笑った。おっちゃんも釣られて、そうだね。ウフフフフっと気だるい目のまま笑った。不条理な空間にアホな笑い声だけが反響する。  気が付けば、格子窓から細々と差し込んでいた陽の光も消え失せ、要塞の夜はとっぷりと暮れていた。  おっちゃんはいつの間にか部屋の外へ姿を消すと、しばらくして、木製のお盆を二つ両手に持って戻って来た。  片方を自分の事務机に置くと、それからこちらに近寄り、ガチャリと独房の鉄格子の扉を開けた。 「飯だよ」と云ってお盆を差し出す。 「うわ~飯だ~! ……あっそうだ」 「なぁ、おっちゃん。ちょっと頼みたいことがあるんだけど……」 「なに?」  俺は自分の部屋に残してきた「毛玉」のことを思い出し、児玉さんに頼んで、あっちの部屋にもちゃんと飯を運んで貰えるようにおっちゃんに伝言を頼んだ。  きっとあの白い大福は、腹を空かして俺の帰りを大真面目に待っているだろう。放っておくと家具を齧られかねない。  朝御飯を途中で食いっぱぐれてからずっと腹が減っていたので、俺は改めて畳の上で背筋を伸ばして正座した。両手を合わせると、お盆の上の、極上の和牛の肉がこれでもかとたっぷり乗った丼を目を輝かせながら見つめた。 「今日は和牛丼に漬け物と浅蜊の味噌汁だって。ちゃんと頂きますしてね」 「いただきま~す! 凄い、なんだこれうめぇ! 肉の脂が脳髄に染みる!」 「美味しいよね~」  箸が止まらなくてパクパクと凄まじい勢いで食べていたら、おっちゃんが自分の丼をつつきながら「いい食いっぷりだねぇ、見てて気持ちがいいよ」と朗らかに呟いた。 「ご馳走さまでした」  米粒一つ、タレの一滴すら残さずに綺麗に平らげて、俺は再び両手を合わせてペコリとお辞儀をした。  すると、空になったお盆を下げに来たおっちゃんが、何が琴線に触れたのか、「偉いね」と云って、ぽんぽんと優しく俺の刈り上げポニテの頭を撫でてくれた。  地下闘技場で暴力を受けてきた俺にとっては、こんな当たり前の、犬でもされるような事なのに。なんだか、胸の奥がじんわりと嬉しくなる。  俺がにかっと、一点の曇りもない全開の笑顔を向けると──おっちゃんは片手でお盆を持ったまま、目をまん丸にして、まるで時間が逆再生を止めて凍りついたかのように、その場で完全に固まってしまった。 ◆  ホーッ、ホーッ……。格子窓の外で、夜の静寂を切り裂くように梟が鳴いている。  いつの間にか部屋の天井灯は落とされ、いまや空間を照らしているのは、鉄格子の向こうにあるおっちゃんの事務机のランプだけだった。それがコンクリートの壁に長い影を落とし、煌々と光っている。  俺が煎餅布団にくるまりながら、黙々と夜なべ仕事を続ける背中を見つめていたら、気配を察したおっちゃんが「眩しい?」とぶっきらぼうに訊いてきた。俺は「眩しくない」と短く答えた。  だが、この山のような書類仕事が終わったら、おっちゃんは此処から離れていってしまうのだろう。そう考えると、地下闘技場時代には存在しなかった「一人ぼっちの寂しさ」みたいなものが、薄っぺらい脳味噌の片隅にじわじわと染み込んできた。 「な~~、おっちゃん」 「なに~?」 「セックスしよ」  ブッ!!!  おっちゃんが口に含んでいた缶コーヒーを、前方の壁に向けて盛大にぶちちまけた。汚らしい茶色の水飛沫が書類を濡らす。 「え? なっ……お前、そんな空気だった!? 今そういうエロい空気になる流れだったか文脈的に!?」 「だって……シたいんだもん」 「直球すぎるだろバカ野郎!」 「嫌なら良いけど」 「いや、そういう訳じゃあ──いやそういう訳だけど! っていうか良いのかなぁこれ。まだ正式なキャストでもない青年に手を出すって普通に大人として駄目じゃない? まあ今の狂った時代、アルファとオメガの関係上、双方の合意があるなら一応法律的にはグレーというかOKではあるけど……」  おっちゃんは髪の毛が何本か引きちぎれそうなほど困ったように頭を掻きむしった。恐らく、国特務機関の司令官として、罰を喰らって懲罰房に入っているキャスト候補に手を出す事がどれほど深刻な規則違反になるか、脳内で冷徹な損得勘定を回しているのだろう。  だが、はあ、と重苦しい溜め息を吐き出してから、おっちゃんは顔を上げた。諦めたようにパイプ椅子から席を立つと、鍵束をジャラジャラと鳴らして格子の扉を開け、俺のいる歪んだ空間の中へと入って来た。 「ヤる!?」  俺はおっちゃんの目の前で、シックスパックの腹筋をバキバキに緊張させながら、畳の上で盛大に脚をパカッと大開脚してみせた。ムチムチの太ももが容赦なく露わになる。 「なんなのこの子……プロレスの関節技の誘いにしか見えないんだけど……」とおっちゃんが引き気味に呟いた。  俺は硬直するおっちゃんの無骨な手をそっと掴むと、それを自分の下腹部へと強引に導き、当てがった。 「撫でて……」  と、大真面目にお願いしていた。この薄暗い部屋の空気、男の匂い。地下闘技場からバグり続けている俺の肉体本能には、どうしても逆らえなかったのだ。  おっちゃんは一瞬、世界線の軸がズレたかのようにふらりと身体を揺らし、慌ててぶんぶんと頭を振った。 「……くそ、なんだこれ……信じられないほど凄いフェロモンだ。脳のシナプスが焼き切れそうになる」  おっちゃんが喉を鳴らし、恐る恐る、壊れ物を触るような手つきで俺の下腹部を優しく撫で始める。 (あ~~、気持ちいい……)  俺はうっとりと目を細めながら、はあ、と熱く甘い吐息を漏らした。 「もっと、触って欲しい……」 「……おじさんだけど、本当に良いの?」  俺はおっちゃんの首筋に太い腕を回すと、そのくたびれた身体をぎゅうと力強く抱き締めた。おっちゃんの身体から漂う、安物の煙草の匂いと泥臭い男の匂いがふわっと鼻腔をくすぐって、奇妙なほど安心した。それから、ちゅう、と無精髭の生えた頬にキスを刻み、「早くぅ……っ♡」と、おっちゃんの耳元で鼓膜を震わせるように小さく囁いていた。  ちゅ、ちゅっ、何度もキスをしながらおっちゃんの舌が俺の口内を犯すように舐める。堪らず舌を絡めれば、くちゅ、くちゅ、と甘い水音が耳を犯していく。まだ足りない、満たされたい。むしゃぶる様に唇を重ね、舌を求めた。 「ん、ふ……ぁ♡」  おっちゃんの手がするりと俺のシャツの隙間から入り込むと、乳首を人差し指と親指の腹できゅっとつまんでくりくりと撫でる。それからカリッと爪を立てられて「ひっ……!」と声を上げた。  ジンジンと疼き、刺激でピンと立った粒を舌で優しく舐められて「あ、はぁ……んっ♡」とはしたなく声を漏らす。おっちゃんに身体をまさぐられる度に、快感と心地よさから甘い声を上げて啼いた。 「すっごい、雄っぱい……むっちむちじゃん……マジで下着エロ過ぎだから」  おっちゃんが夢中になって俺の胸を揉んで舐めて乳首をしゃぶった。  時折顔を埋めては、はあ……と吐息を漏らす。 (あ──髭がくすぐってぇけど気持ちいい……) 「ん、……ん……っ♡」 「ははっ……嗚呼どうしようかな。おじさん、君の事食べちゃうけど、良いのかな……」 「食っちゃえ~♡」  余裕無さげにおっちゃんは荒い息をすると、スッ……と俺の下半身に手を伸ばし、ズボンを下着ごと捲り上げ尻肉の間から覗くぱくついた穿孔を見てごくりと喉を鳴らした。 「Tバックにガーターベルトとか……えっろぃなぁ~!」 「今日は白の気分な……♡」  ベルトを外して、ズボンを下ろしたおっちゃんの下半身から現れた隆々と勃ち上がる立派なペニスに、そっと指を添えるとピクン、とおっちゃんのペニスが反応する。  その先端を自分の孔に宛がうと、その熱量に期待に胸が膨らんで、しとど濡れた蜜が溢れ内腿を伝い布団を濡らすのを感じた。 「あ、指で慣らさないと──」  おっちゃんが慌てた様に声を掛けたが、俺の下半身はもう既に雄を迎え入れる準備が出来ていた。 「ん、だいじょう、ぶ……っ♡」  ──ずぷぷ……っ!  肉壁を押し広げ、熱い塊が中を貫く様に押し進んで行く。背筋がぞくぞくして快感と圧迫感に埋もれてしまいそうになる。ポロポロと涙を溢しながら、だらしなく半開きになった口から涎を垂らして、はあ……と息を漏らした。 「あ、はぁ……んっ♡」 「痛くない……?」 「痛く、ない……♡ おっちゃんは……?」  おっちゃんの頭を優しく撫でると、彼は、ぐ……と喉を鳴らして呻いた。勢い良く両腿をむちりと掴まれて「!?」と混乱した次の瞬間──ズンッ!! と更に奥まで突き上げられ、痺れるような快感が尾てい骨から背中を駆け抜け脳天を直撃した。 「ひぁっ──! あっ、うぁあ、──っ♡♡ や、るじゃんおっちゃんんんん♡♡♡」 「んっ、んぉ! あっ、おっ、ちゃぁっ、おっしゃんん……ッッ♡」  何度もピストンされて突き上げられる度に卑猥な声を出してしまい、その度におっちゃんのペニスが大きくなる。お腹の中はぎちぎちで、おっちゃんのペニスを包み込む肉襞は彼を離すまいときゅうと締め付けて蠕動し蜜液でぐちゃぐちゃに溶かしていく。  ペニスを扱かれながら、片足を持ち上げられて、そこにおっちゃんが足を割り込ませるとその体位のまま更に抽挿が激しくなる。 「ひぅ、ぁ──ッ……あんっ、あっあっ……ひああっ、──ッ!♡♡♡」  おっちゃんが俺の耳をぺろりと舐めて、頬にキスを落とした。その荒々しい吐息を感じて、全身が堪らなく満たされていく。 「んっ、んぅ……! あ、はぁ、あ……んぉ゛っ♡♡」  しっとりと伝う汗が二人の情事をより淫猥に醸し出している。そのまま再び唇を重ねると、淫らな吐息を漏らしながら身体がゆさゆさと激しく揺れた。尚も肉襞を押し広げて穿たれる快感に溺れてしまいそうになる。 「んっ……あっ、んぅ……ふあ、ん、んお、ぉ゛──っ!♡♡♡」  俺が達するのと同時に、中でおっちゃんのモノが弾ける。 (あ、俺──中イキ、ちゃんと出来てる……♡)  迸る熱がお腹の中を一杯にしても、まだ足りないと感じてしまう。 「やべぇ、ナカに出しちまった……」  おっちゃんが困った様な顔をしたけれど、俺はおっちゃんにぎゅうと抱き付いて「まだ、やれんだろぉ……?」と艶かしい足でおっちゃんの腰に絡み付かせると離さないように大しゅきホールドでおねだりした。  すると中に挿入したままのペニスが、再び硬くなっていく。 「あ、また……っ、ぅ、……ひぅッ♡」  背筋がピリッとした。ゾクゾクが止まらない。 「あっ、あっ……ひゃんっ!♡」  ぱちゅん! と甘い水音が聴こえる。出し入れされる度に、奥を貫かれる度に、どろどろに蕩かされてしまう。 ◆ 「朝だよ~」  耳元で優しく鼓膜を揺らす声に、俺は重たい瞼をゆっくりと開いた。  視界がゆっくりと開けていく中、目の前におっちゃんが屈み込み、傷だらけの俺の頭を大きな手で優しく撫でているのが見えた。  その手の温もりがたまらなく心地よくて、俺は無防備に甘えるように頭を擦り付けながら、まだ寝惚けた舌っ足らずな声でおっちゃんを呼んだ。 「おっ、しゃん……」 「身体、大丈夫?」  おっちゃんは気だるそうな瞳を少しだけ和らげ、心配そうに俺の顔を覗き込んできた。 「ん、大丈夫~」 「後でシャワー浴びないとね。色々と、ね」  その言葉に、俺の脳のギアが昨夜の貪婪なおピンクの記憶へと繋がった。全身の筋肉に気怠い余韻が残っている。 「……昨日はおっちゃん食べちゃってごめんな」 「それは、し──! 誰かに聞こえたらどうすんの! もう罰は終わったから! そろそろ友達も、児玉君も迎えに来るから早く自分の部屋に帰りなさい」  おっちゃんは顔を真っ赤にして俺の口を慌てて塞いだ。国特務機関の司令官ともあろう男が、一介のキャスト候補相手に完全に形無しである。 「え、もういいの?」 「良いよ。一晩じっくり観察してたけど、君に問題は無いって元から分かってたし、今回の件は一応規則上のポーズだからね。何よりお友達がね、君の無実を証明するために上層部に猛抗議してくれたんだ。君は本当に、良い友達を持ってるね」 「1人蛮族が混じってるけどな」 「何だとクソ直忠ァァァ!!」  襖がバラバラに吹き飛ぶんじゃないかという勢いで開き、怒髪天を突いた三毛猫がぬっと姿を現した。 「うわぁ!! 三毛猫が出た!!」  驚いた俺は、条件反射でおっちゃんの首にがっしりと抱き付いた。巨体が飛び込んできたもんだから、おっちゃんは「ぐふっ」と変な声を漏らしている。 「落ち着けって三毛猫。朝からホチキスをガチガチ鳴らすなよ」  黒鶏がヤレヤレと首を振る。 「そうだよ、ヨッチー一人で寂しく閉じ込められてたんだから、多目に見てあげようよ~」  白犬が呑気な声で後に続く。気が付けば、鉄格子の向こうにはいつもの高円寺の面々が揃い踏みしていた。  すると、三毛猫のボサボサの頭の中から、「ミ゛ィ」と白い大福のような「毛玉」が飛び出してくると、放物線を描いて俺の肩へとぴょんっと飛び移ってきた。 「毛玉ぁ~! 寂しかったか~?  飯はちゃんと食ったか?」 「…………」  毛玉は虚無の眼差しで俺の鼻頭をじっと見つめるだけで、微動だにしない。 「そこは健気に返事する所だと俺は思ってたけど、違うんだな~。完全なる認識の違いかな~。忖度という概念を一切知らずに育った自由の国の人~」  俺が薄っぺらい脳で的外れな文句を言っていると、おっちゃんがよっこいせと立ち上がった。  おっちゃんだって疲れているはずなのに、俺たちに向かって優しく微笑み掛けてくる。 「これから寄宿舎だから、色々と大変だと思うけど頑張ってね~」「あいよ。任せとけ!」「おい!  目上の方にはちゃんと敬語を使え!」すかさず三毛猫から鋭いチョップが飛んできて、俺は「あんっ」と情けない声を上げた。  ええ~、だって昨夜あんなことやこんなことをした宗像のおっちゃんなら、今更別にタメ口でも良くねぇ? 駄目かぁ、これが社会の不条理ってやつか。 「真宵君! 待たせてごめんね!」  その時、廊下の奥から使用人の児玉さんが、一ミリの乱れもない完璧な動作でビシッと敬礼をしながら現れた。  俺は宗像のおっちゃんに改めてペコリと頭を下げてお礼を云うと、頼もしい蛮族どもと毛玉を引き連れ、5人と1匹でその薄暗い独房エリアを後にした。  窓の外には、要塞の冷徹な鉄壁に切り取られた、どこまでも青い春の空が広がっていた。俺たちの前には、これから「寄宿舎への異動と大掃除担当(主に俺)」という名のお役所雑用地獄が待ち受けているはずなのだが、俺の頭の中は「お腹空いたな、お昼ご飯は何かな」という能天気な思考で早くも満たされ始めていた。 ◆ 「あ~あ……行っちゃった」  静まり返った懲罰房の管理室で、宗像は片腕をピンと真上に伸ばすと、もう片方の手でそれを支えるようにしてググッと背伸びをし、くぁ、と大きな欠伸を一つ吐き出した。  それから、くたびれたパイプ椅子にギシッと体重を預けて座り込み、グレーのスーツの足を組んで爪先をゆらゆらと頼り無げに揺らした。「真宵直忠……あのアノマレコードが唯一同期した特異点……」ちら、と事務机の上に広げられた、インクの匂いの残る書類へと視線を落とす。  そこには、刈り上げポニテで全身傷だらけの、あのムチムチとした褐色肌の少年の顔写真が貼られていた。 「今まで、夜の相手に不自由した事は無い、けど……」誰にともなく独り言を呟くと、宗像は肘を膝の上に突き、真っ赤に変色した己の顔面を両手で覆い隠した。指の隙間から、熱い吐息が漏れ出る。 「甘え上手に床上手……そんな可憐なキャストなら、それこそ腐るほど一杯抱いて来た……。でも、直忠ちゃんってばまさかの別格……! あんなの脳のシナプスが全部とろけてバグっちまうだろ。可憐さが足りないからって裏方スタッフにしたのは、もしかして最大の失敗だったか? いや、でも……あんな凄い子を他の魔人どもに食い荒らされるの、純粋に勿体無いよねぇ」  昨夜の貪婪で濃厚だった情事を頭の中で再生するだけで、三十路を過ぎた男のズボンがみっともなくテントを張り始める。宗像はハハッ、と乾いた笑い声を漏らした。「もう40近いってんのにさぁ、俺」指の隙間から己の下半身を情けなく一瞥して、「また抱きたいなぁ、あの身体」と、誰もいない室内で一人にんまりと締まりのない笑みを浮かべ、だらしなく鼻の下を伸ばした。  だが、ここは血と怪獣のルールが支配するエンブリオの要塞だ。  宗像はすぐに両手で自分の頬をパンと叩いて正気に戻ると、「さあてと」と呟き、何事もなかったかのように死んだ魚の目に戻って、冷徹なお役所仕事の書類作成を再開するのだった。

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