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7ごみ溜めのコンクルスス②

 暫く石畳の道を歩いていると、前方に、お国の予算をドブにぶちまけたような、大きくて立派な豪邸がでんと不遜に構えているのが見えた。  漸く目的の専用宿舎の近くまで来ると、錆びかけた看板には「華星組」と力強い筆文字で書かれている。  更にその下には、まるで伝染病の隔離施設みたいに「アルファ、ベータ禁制」と殴り書きされていた。 「なんで……?」  俺が刈り上げポニテを傾けていると、ハウルさんが頭の後ろを掻きながら、気だるそうに口を開いた。 「ここじゃあ、そういうことは基本的にクラブ・イシュタル専用だからな。華星組のオメガの寄宿舎には呼ぶの禁止なの。コル・ドラコなら別だけど。あとアルファやベータの寄宿舎に指名で呼ぶのはOK。キャスト用個人部屋でセックスとかされると訳あってシーツの洗濯が追いつかないわけ。まあ、それ以外なら……暗黙の了解で自由だけどね」  門の隣には、かつて人間が座っていたであろう守衛室が有るものの、今は中に誰も居ない。窓ガラスは埃で真っ白に曇っている。  門に備え付けられたインターホンに至っては、配線が引きちぎられて完全に壊れているみたいだった。 「ハウルさん、ちゃんと屋敷の管理してんの? これ壊れてんだけど」  三毛猫がドスの効いた声で詰め寄ると、ハウルさんは「直しても、あのお転婆達に一瞬で壊されるんだもん〜」と愚痴をこぼした。一体誰に壊されているんだか。  キィ、と油の切れた不快な音を立てて門を開き、中に入ると、庭が結構荒れていた。  見事な藤の花が贅沢に咲き乱れてくれているというのに、その足元は雑草と出所不明の瓦礫で足の踏み場もない惨状だ。 「これはなに? 殺人現場?」  三毛猫が荒れた庭先を指差し、ハウルさんを殺意の籠もった目で睨みつければ、「おっさんには重労働なんだよねぇ〜」と視線を逸らしながら口笛を吹く。完全に給料泥棒の態度だ。  ふと横に大きな池が見えて、白犬と黒鶏が顔を近づけて覗いてみる。 「何も居な〜い……と云うか、どす黒く濁っていて汚い。ヘドロの煮凝りみたい」 「くっさ! ボットン便所の臭いがする!」 「「ハウルさん!!」」  同時にキレる三人と、必死に詰められるハウルさん。  俺はそんな内ゲバを放っておき、スタスタと玄関前まで来ると、とりあえずチャイムのボタンを力任せに押してみた。スカスカと軽い手応えがあるだけで、誰も出てこない。  ……仕方がないので、全身の傷跡から力を込めて、扉を拳でノックしてみた。  やはり、奥から人間が動く気配は一切無い。  ……留守、なのか?  試しにドアノブに触れて軽くひねると、カチャリ、と間の抜けた音を立てて簡単に開いた。 (開いてんな……。防犯意識が原始人レベルだぞ) 「すんませーん……うわっ!!」  隙間から顔を覗かせた瞬間、俺の網膜に飛び込んできた光景に、思わず喉の奥から変な声が出た。  こ、これは──ゴミ屋敷、なんて生易しいもんじゃねえ。人間の生活の死骸が堆積した魔窟だ。  たたき──玄関は、何十人分ともつかない大量の靴が、まるで津波に流された後のようにぐっちゃぐちゃに重なり合っている。  そこから続く長い廊下には、脱ぎたての皮を剥ぎ取ったかのように、大量の衣服が乱雑に脱ぎ散らかされていた。  しかも結構、脳髄に直接くる悪臭が漂っている……。饐えた香水と、カビと、男の汗がちゃんぽんになった、発酵した生ゴミの臭いだ。  取り敢えず靴を脱いだが、靴箱の中身もパンパンに靴が詰め込まれていて置く場所が無い。仕方がないので、自分の汚れた靴を手に持って上がり框(かまち)を上がった。  外観の、あのバロック様式の豪邸っぷりからは想像もつかないような、地獄の荒れ地がそこには広がっていた。 「おい、直忠……これは、人間が住んでいい空間じゃねえぞ」  後ろから上がってきた三毛猫が、あまりの惨状に絶望している。  奥のリビングも無茶苦茶汚かった。  兎に角、全ての物質がとッ散らかっているのだ。  お菓子の空き袋、潰れた空き缶、転がるペットボトル、そしていつから放置されているのか分からないカップ麺の残り汁。カピカピに干からびたコンビニ弁当の空箱が、地層のように積み重なっている。  台所に視線をやれば、シンクは使ったまま一度も洗っていない皿やコップ、油まみれのフライパンで溢れかえり、不条理な悪臭の源泉と化していた。 「なるほどな……」  俺は、カビの生えたコンビニ弁当の空き箱を見つめながら、にかっと大真面目なアホ面を晒した。 「さすがファタモルガナ。上流階級の奴らは、ゴミの散らかし方までダイナミックで芸術的だな! な、三毛猫?」 「直忠、頼むから一瞬だけ黙れ。そのダチョウの脳味噌を今すぐシンクの洗剤で洗浄してやりたい」  三毛猫が青い顔をしてこめかみを押さえる横で、俺の胸ポケットの毛玉が「ミ゛ィ」と、ゴミの悪臭に抗議するように短く鳴いた。 「はあ~しかしこれは大変だぞぉ~~……」  思わず俺の乾いた口から、そんな言葉がついて出た。人間の尊厳がドブ川に流されたような惨状の真ん中で、俺たちの脳味噌が機能停止しかけたその時だった。 「誰?」 「おっ」  背後の澱んだ空気の中から、不意に低い声を掛けられた。  やっとこの死霊の館に生きた人間が居た、と思って振り向くと、そこには気だるい雰囲気を全身からこれでもかと纏った、それはそれは綺麗な美青年が立っていた。  栗色の髪をした、アンダーカット(ツーブロック)のその美青年は、しかしその極上の顔面に全く似合わない下品さで、衣服の隙間からお腹をボリボリと不衛生に掻きながら大欠伸を噛み殺している。  俺は自分の全身の傷跡を一度さすり、薄っぺらい脳味噌をフル回転させて話しかけた。 「アンタここの住人……? 俺はエンブリオから呼ばれて、クラブ・イシュタルから来たんだけど……」 「エンブリオからぁ?」  美青年は死んだ魚のような目で俺を凝視していたが、次の瞬間、その綺麗な顔をバッと跳ね上げた。 「……え、じゃあ新人が来たのか!?  マジで!? おーい! 皆起きろーー!! 新人が来たってよーー!!」  その鼓膜を直接へし折るような大声が、ゴミ屋敷の天井裏まで鋭く木霊した。  直後、建付けの悪い扉がバンッ、バンッと激しい音を立てて弾け飛ぶように開く。奥の部屋から、この華星組の可愛らしい人間オメガのキャスト達が、乱れた衣服をだらしなく肌からはみ出させたまま、一斉に廊下へ飛び出して来たのだ。  あまりの勢いに俺たちが唖然としていると、彼等は口々に、部屋の悪臭を攪拌するように喚き散らし始めた。 「炉舞(ろまえ)、それ本当!?」「やだもう! 髪の毛ボサボサだよ〜、見せないで!」 「ちょっと! 僕の高級なリップ、誰か勝手に使ったでしょ!」 「最近、イシュタルの連勤で肌荒れが酷くてファンデの乗りが最悪なんだよね〜」 「俺のブランド香水がなーい! 誰か盗持ってったぁ~!?」 「ブラシ何処やったっけ?」 「確かこのゴミの辺りに、まだ着られる綺麗な服が……」  それはまるで、屠殺場にエサを投げ込まれた家畜の喧騒だった。  が、ひときわ激しく喚いていた彼らの視線が、はたと、玄関口に突っ立っている俺の巨体に集中した。一瞬の、不条理な静寂。 「「っていうか誰????」」  全員の声がハモった。  それと同時に、俺の背後──玄関口で、この屋敷の限界突破した汚辱と悪臭を正面から受け止めたであろう武臣たちの、「ひぃっ」「うわああああ!」というこの世の終わりみたいな悲鳴が聴こえてきて、俺は早くも頭が痛くなった。  ──だが、全身を地下闘技場で無駄に鍛えられてきた俺の根性が、ここで妙なスイッチを入れた。  これは……掃除のし甲斐がありそうだな……。  俺はどこからか取り出した白地にドット柄のマスクを顔面にキツく付け、頭には三角巾をバシッと巻き、ムチムチのシックスパックを覆い隠すようにエプロンをがっちり装着した。極太の腕を捲りながら、脳のブレーキを外して気合いを入れた。  このままではいけない。いかに世界が堕竜のカルマで崩壊しかけていようと、人として。  「屋敷を掃除する!!!!」  そう俺が雄叫びを上げると、案内人だったはずのハウルさんは、面倒事を察知していつの間にか門の外へと音もなく逃げ失せていた。  あのおっさん、マジで次に会ったら前立腺を金的で粉砕して許さねぇかんな。 「慶太、武臣、斗真! 武器(掃除用具)を持て! 箒と塵取りと〜、掃除機に〜」 「柔軟剤と洗剤は!? 倉庫に足りる分ある!?」 「あ、くるくるワイパーあったよ〜。雑巾とはたきも確保〜」  高円寺のドブネズミ一派としての団結力が、このゴミの山を前にして爆発した。  4人で凄まじい気合いを入れ、手始めに人間の足元である玄関から攻略にかかる。  まずは散らばった靴を綺麗に並べ、泥とカビでぐちゃぐちゃになった靴箱を整頓していく。  今までは住人たちが乱雑に突っ込んでいたから無駄に場所を取っていたが、俺の奴隷労働で鍛えた筋肉でテトリスのように整理すれば、スムーズに中へ収まっていく。 スニーカー、パンプス、ミュール、ハイヒール、分厚いブーツ……。  次々に靴箱の暗がりに仕舞い込んでいくと、カオスだった玄関は、あっという間に見違えるほど広くなった。 「よし、次は廊下だ!」  それから廊下に死体のように散らかっている汚れた衣服を、俺と三毛猫で次から次へとプラスチックの洗濯かごに容赦なく放り込んだ。  繊維が傷付き易いデリケートなものと、そうでない戦闘服のようなものをバババッと野生の勘で仕分け、業務用のような巨大な洗濯機に一気に突っ込む。  洗剤と柔軟剤をキャップ一杯分ドボドボと注ぎ入れ、主電源のスイッチを親指で力強くオンした。  ガタガタガタと、洗濯機が生き物のように唸りを上げて回転し始める。  俺はまだ、これからリビングの地獄のゴミ山を片付ける。  洗濯物はまだまだ、吐き出された内臓のように山ほどあったので、取り敢えず他の事に着手することにした。  まずは屋敷中にある窓と云う窓を力任せに開け放ち、リビングを占領していたごみを片っ端から黒いポリ袋へ叩き込んでいく。ごみ袋はあっという間にパンパンのボウリング球みたいになってしまった。  1、2、3、4、5……50!!  これまでの住人たちが捨てずに放置していた既存のゴミ袋や、二階の部屋から発掘されたものも合わせて、実に50袋。50だよ? よくもまぁ人間の皮を被ったまま、ここまで汚辱を溜め込んだものだ。と、感心するやら呆れるやらである。  それを一旦、藤の花が死にかけている外の庭先に出して、箒と塵取りで大まかなごみをガリガリと集める。  ちょうどその時、ピーピーと電子音が鳴り、一回目の洗濯が終わったようだった。  外の物干し竿に、シワをパシッと伸ばして綺麗に干し、すぐさま2回目の洗濯機を回す。  それから、特務機関の骨董品みたいな掃除機で、フローリングと畳の細かなごみや埃、誰のものかも分からない抜け落ちた髪の毛をズゴゴゴと吸い取ると、粘着コロコロでカーペットや絨毯のごみを執拗に取り除いた。  再度、洗濯が終わったのでダッシュで物干し竿に干す。そしてまた、別の山を洗濯機に突っ込んで回す。  今度は濡れ雑巾を両手に構え、ガーッと勢い良くフローリングの床を何度も往復し掃除機もかける。  全身から汗が噴き出し、ムチムチのシックスパックが悲鳴を上げるが、痛覚の許容量がバグっている俺にはちょうどいい準備運動だ。  はたきで壁の埃を叩き落とし、窓もペーパーモップで綺麗に拭き上げてから、諸悪の根源である台所の掃除に取り掛かった。  一先ず邪魔な皿やコップを洗剤の泡まみれにして先に洗い流す。料理は普段から全くしていない様だったので、カビと油でヌルヌルだった流し台の汚れをクレンザーで削り落とし、次はトイレと洗面所の掃除に向かった。  ついでに、異臭を放っていた風呂場の掃除も一緒に済ませる。  三度目の洗濯が終わったが、さすがに外の物干し竿にこれ以上のスペースは残されていなかった。濡れた布地を乾燥機にドカドカと放り込んでスイッチを入れ、俺はまた、次の洗濯機を回して掃除の続きに向かった。 ◆ 「終わった……」  乾燥機から引き上げた、ふわふわに乾いた大量の洗濯物を全て畳み終えて、俺の口から砂のような溜め息が漏れた。  俺達4人は、天井まで届きそうな山のような洗濯物に囲まれながら、ぐったりと畳の上に転がっていた。  1日でこんなに全身の筋肉を酷使して掃除したのは、地下闘技場での奴隷時代を含めても人生で初めてだ。  気が付けば、ヴェイガスの森で見た外の赤い月はとっくに高く昇り、時間は夜の6時をとうに過ぎている。  夕方になって部屋から這い出してきた華星組のキャスト達が、リビングの入り口で口をあんぐりと開けながら、ポカンとしていた。 「凄い……」 「これ、本当に僕達が住んでたゴミ屋敷?」 「信じらんない……床が光ってる……」 「見てみて! トイレもキッチンもピカピカだよ!」 「何か自分の家じゃないみたいで、逆に落ち着かないかも」 「ねえ、この洗濯物、ふかふかで洗剤の凄く良い香りがする~」 「ははっ、あんた達凄いね! え〜と、確か……七転び八起き君だっけ?」  今朝、お腹をボリボリ掻きながら大声を張り上げていた美青年──炉舞が、感心したように目を丸くしながら、俺の背中をバンバンと痛いほど叩いた。 「真宵だよ」  俺が鼻の頭の汗を拭いながら訂正すると、横の三人もそれぞれ名乗った。 「僕、白犬~」 「三毛猫」 「俺、黒鶏!」  炉舞と少し話をして、俺は一つの不条理な事実に突き当たった。  なんでも、ハーフのキャストが住む【佳宵(かしょう)組】の屋敷には、お国から派遣されたプロの使用人が何人も居て、身の回りの世話を全てやってくれるらしい。  しかし、俺たちの【華星(かせい)組】には、使用人が最初から一人も配置されていないのだという。  理由は極めて単純かつ冷酷だった。  あちらは血統の気高い魔人のハーフで、こちらはただの人間だから。お役所の書類の上で、そういうルールになっているから。ただそれだけ。  なんだよそりゃ。格差社会の縮図か。  彼等は、自嘲気味に自らの集団を「落ちこぼれ組」と呼んだ。  血統の気高い魔人のハーフが集まる佳宵組(かしょうぐみ)からも、実際そう呼ばれて、日夜家畜のように見下され馬鹿にされているのだという。 「まあ、血筋の良さでマウンティングされてもさ。夜のテクならあいつらに負けないんだけどな〜」  美少年──炉舞は、栗色の髪を不衛生そうに掻き回しながらそう云うと、右手を大真面目に上下へシュッシュッとしごく、実戦的なジェスチャーをしてみせた。  地下闘技場で「おっさんをベッドで鳴かせる人生に最も不要な特技(哲学)」を叩き込まれてきた俺としては、その卑俗で乾いた手つきに、言葉を超えた強烈なシンパシーを感じざるを得なかった。こいつとは、うまい飯と缶詰の分け合いっこができそうな気がした。 「初めての夜は、誰だって抵抗あったよね……」 「うぶだったなぁ、あの頃の俺たちは」 「懐かしいね〜。忙しくなるまでは、まだ肌もこんなに荒れてなかったし」 「初めて客から指名貰った時は、あまりの緊張で胃液吐きそうになったっけ」 「生身の人間がキャストやるって、こういうことなんだな、って骨の髄まで実感したよ」 「まあ、何回も肉をすり減らせば、もう慣れたけどさ」  ふかふかになった洗濯物の山に囲まれて、落ちこぼれ組の青年たちは、それぞれが負ってきた見えない擦り傷を確かめ合うように淡々と語り合う。  その様子を眺めている三毛猫たちの横顔が、何だか少しだけ、ほっとしているように見えた。  思い返せば、六本木のクラブ『イシュタル』の地下特区に居た頃は、あの思い上がった魔人ハーフキャスト達からの、凍りつくような冷たい蔑みの視線が常に俺たちの背中に突き刺さっていたのだ。  勿論勤務先がイシュタルであることは、番が出来ない限りは変わらない事実ではあるが。  だが、ここにはそんな神経を汚染するような悪意は一切無かった。  ただの生身の人間としてお国に買い叩かれ、底辺を這いずり回っている同世代の子達が、ただ和気あいあいと、さらさらに乾いた畳の上で同じ空気を吸っている。  ここに集まっているのは、約30名の人間キャストだった。  俺を含めた高円寺の一派を合わせると、このゴミ屋敷から生還した華星組の総勢はちょうど50名になる。 「……ま、とりあえず床が綺麗になったんだ。今日はマシな夢が見られるだろ」  三毛猫がフンと鼻を鳴らし、白犬がのんびりと伸びをする。黒鶏はきれいに片付いたリビングの隅で、自分の二重結びになった靴紐をまだ解けずに格闘していた。  ──俺にとっては、お役所の書類1枚で決められた、たった1ヶ月の短い滞在期間になる。  だが、この血の月が輝く不条理な異界の底で、俺たちの、また新たな泥臭い生活が始まろうとしていた。  俺の薄っぺらい脳みそは、「とりあえず、ハーフの奴らの部屋からフルーツの缶詰を何個か盗み出せば、みんなでさらに和気あいあいとできるんじゃないか……?」と、格差社会の壁を力づくでブチ破るようなアホな計画を、能天気に思い描いていた。  だが、そんな理不尽な階級格差による感傷に浸るよりも、今の俺には、もっと、もっと、人道的かつ破滅的に大事なことがあった。 「あんた達!!!!」  カサカサの畳の上で、俺は突如として全身の継ぎ接ぎだらけの傷跡を怒張させ、肺を破らんばかりの怒鳴り声をリビングの空間に爆発させた。 「ぴゃっ……!?」 「う、うわっ!?」  ふかふかの洗濯物の山に囲まれて、慣れない綺麗さにポカンとしていた美青年・炉舞をはじめとする華星組の面々が、まるで電流を流された家畜のように「ぴゃっ!」と一斉に飛び上がった。俺の褐色シックスパックの肉体から放たれる、地下闘技場仕込みの威圧感は伊達ではない。 「お母ちゃん、悲しい!!!!」  俺はエプロンの裾をガシッと握りしめ、血涙を流さんばかりの形相で絶叫した。 「どうやって生活したら、こんな一国のハウスが、一秒でクソの肥溜めになるわけ!?」 「お母ちゃん(?)はね、地下闘技場で鎖に繋がれておっさんを鳴かせる哲学を学んだり、バケツで冷水をぶっかけられたり、結構悲惨な生活を何年もしてきた自負と経験があるけど、ここまでじゃなかったわよ!?」 「いい!? 人間に生まれたからには、遺伝子の奥底に、最低限の感情と、知性と、理性があるわけ!!」 「普通なら、人間としてここからここまで、この一線を越えたら『あ、俺は今日から人間を辞めてドブネズミになったんだな』とか思う境界線があるでしょう!!」  俺の怒涛の「お母ちゃん(特務機関仕様・男・奴隷上がり)」の猛攻に、三毛猫達20人を除いた、このごみ屋敷の原因30人のキャストたちは完全に気圧され、誰一人言葉を返せない。 「酷い!! これは酷すぎる!!」 「人間の生活じゃない!! カビの生えたコンビニ弁当の地層をリビングに築くなんて、だらしないのレベルを遥かに凌駕してんの!!」 「いい加減にしないと、この学園を大学まで卒業して、一般社会のドブに放り出されても一人で生きていけないからね!?」  俺は額に青筋を浮かべ、三角巾を激しく揺らしながら、親指で己の刈り上げポニテを指差した。 「お母ちゃん(?)はね、あんた達の将来にずっと一緒に着いていく訳にはいかないんだからね!!」 「兎に角!! 明日からは脱いだパンツはカゴに入れる!! 空き缶はゆすいで捨てる!! ちゃんとして!! お母ちゃん(?)だって、あんた達全員のケツの毛まで全部面倒見きれないんだよ!!」  そうして、俺は夜の6時から、東の空が白み始めるまで、実に「夜通し」で30人の男たちを直立不動にさせて説教し倒したのだった。時折、俺の胸ポケットから毛玉が「ミ゛ィ(その通りである)」と裁判官のように短く鳴いて合いの手を入れる。  さすがの彼らも、特務機関での壮絶な戦いを生き抜いた俺の説教(ガチトーン)には心底堪えたらしく、栗色の髪の炉舞も、他のすれっからしのキャストたちも、全員が子犬のように頭をシュンと垂れて、赤い月の下で静かに、大真面目に反省していたわけで。  横で腕を組んでいた三毛猫が、「直忠、お前の母性がどっから湧いて出たのかは知らんが、とりあえず説教のボキャブラリーが完全に『実家のおかん』なんだよ。あとお前、高校生だろ。いつ子供を産んだんだ」と、夜明けの冷たい空気の中でドライにツッコんだのだった。

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