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13赫い林檎に唇濡れて②

 素直にベッドの端に腰掛けたミハイルの、ズボンのファスナーに俺の継ぎ接ぎ傷だらけの手を伸ばす。当然の如くミハイルが顔を真っ赤にして阻止しようとしてくるので、俺はすかさずストレートジャブをぶち込んでやった。 「あちゃ~~! ミハイルは、いざ本番になると何もできない意気地無しなんだぁ~~?」 「う゛……ッ」  効いた。動きがピタリと止まる。よしよし、いい子にしてな。  ボクサーパンツ越しからでも、カーストの頂点たるその圧倒的な質量と存在感は一目瞭然だった。 「んお、でけぇ! 勃って無くてこれかぁ~。しかも綺麗にズル剥けじゃん……。そういや、この規格外のサイズは、ナハト達のやつしか見たこと無かったな……」  それは、地下闘技場奴隷時代の乾いた目線で、何とはなしに呟いた独り言だった。  だが、その言葉は、怪物の王の耳に確実に届いてしまった。 「……ナハト達だと?」  頭上から、ガソリンが静かに沸騰するような、不穏極まる冷徹な声が降ってくる。 「? 何、どうかした?」 「……なんでもない。さっさしろ、愚民」 「はあ~? さっきまで散々小姑みたいにごねてた奴がよ~、現金だねぇ」  ミハイルのルビーの瞳の奥で、強欲の竜に対する凄まじい「嫉妬のガソリン」が、文字通り部屋ごと焼き尽くさんばかりに引火していくのを、俺の異常発達した嗅覚が最高の密度でパース(受信)し始めていた──。 ◆  昨日寝た男達とは全然違う。赤黒くも無いし、臭くも汚くもない。でもちゃんと雄の匂いがする。  余りにも立派なペニスに最早溜め息しか出ない。雁首が大きく張ってるしその下もごりっごりに盛り上がって何とも厳つい。堪らず唾を飲み込んで、きゅう、と下腹部が疼いた。  勃起のぼの字すらないおねんねしたペニスにちゅ、ちゅ、と優しくキスをした。時折食むようにして唇で優しく触れる。ちょっとしょっぱい。陰嚢をやわやわと揉みながら、口に含み、ぢゅう~と吸う。唾液で濡れた舌をペニスに満遍なく這わせて、なぞり、たまに歯を当てた。 「…………ッ、」  ゆるゆると可愛がってやると、それに応えるようにペニスが芯を持って盛り上がる。勃起すると勃起前より更に大きくなった。亀頭の部分をくぱくぱと焦らすようにしゃぶって、尿道口の部分に舌を走らす。くち、くち、と舐めて、ちゅ、と吸う。それから裏筋をれるぅ゛~とゆっくりねねっとり舐め上げた。咥えてるだけなのに気持ちいい。もっと気持ち良くなりたい──ぐぶ、と喉奥までペニスを咥えると下生えに触れる。 「……ぐ、ッ!?」  ミハイルの手を取って、もう片方の手でとんとんと自分の頭を指差すと、狼狽えながらもミハイルが俺の頭を鷲掴みにしたのを確認してから、動きを再開した。  ぬ゛──、と粘膜とカウパーでとろとろになった喉奥にぶっといペニスがじゅぶじゅぶと出し入れされるだけで堪らなく気持ちいい。笠が上口蓋や喉奥を引っ掻き、じぃん、と痺れる。 「ん、ぐ、出る……出る……ッ! 中に良い、のか……ッ?」  軽くミハイルの手をポンポンと叩いてやると、遠慮がちだった抽挿が段々と荒くなり、最終的にはガツガツと無遠慮に突っ込まれると中にそのまま出されたものを嚥下した。それだけで、ケツイキしてしまった。 (気持ちいい──、きもち、ぃ……ッ♡)  そのまま上に跨がってミハイルにキスをした。固まるミハイル。お構い無しに続行する俺。 「──はっ、ぅ」 「ん、んぅ……あっ♡」  ミハイルが恐る恐る身体に触れたので我慢出来ずに声が出てしまった。その瞬間、ビクッと身体を固まらせたミハイルが、かあ、と顔を赤くさせた。か~わいい。 「どう? 俺のフェラ」 「…………ッ、」  ミハイルは口をきつく結んでカァ、と顔を赤らめた。が、再び俺の身体に目を向けると、ふにふにと触り出した。 「……柔らかい」 「おう。どんどん触れ。出血大サービス! なんてなっ!」  なっはっは! と笑いながらちゅ、とキスを落とした。  興味津々で──まるで新しいおもちゃを与えられた子供みたいな反応のミハイルが可愛く見える。  それは髪に、耳に、顔に、首に、腕に、胸に、腰に、脚に、そうして尻に触れる。 「……っ、ふ、ぅん……っ♡」 「おい、愚民。大丈夫なんだろうな?」 「ごめんなぁ……だらしねぇオメガで♡」  顔を真っ赤にしたミハイルが不意に顔を近付けると、じっと此方を見つめ、つい、と顎を引かれて──そのままミハイルの方からキスをしてきた。 「ん、ふぁ……♡」  ちゅ、ちゅ……と最初は甘い水音をさせながら、そのキスは段々と荒々しく貪る様に求めてくる。  何度も何度も唇を重ねて、ミハイルにとっては自分から求める事は恐らく初めての経験だろうに右往左往しながら、本能の赴くままに獣の様に荒い息をし、俺の口内を犯してきた。 (ミハイルのキス、甘い──……)  舌を絡められ、ちゅう、と吸われて快感で声を漏らす。  敏感になった口内はまるで性感帯のようで、そこを舌で嬲られると堪らなく気持ちがいい──。  肉厚の舌に絡めとられ、その強引なキスにうなじがぞくぞくした。  熱を持った身体が、手で触れられる度にぴくんと震える。  パーカーの下に手を滑らせて柔らかな二つの粒を、指の腹で触れて優しく揉まれると芯を持った様に硬くなる。くにっ、とつまんでカリッと爪で引っ掻けば情けない声を漏らすしかない。夢中で俺の胸を愛撫するミハイル。 「……男の癖に大きな胸だ。ん? なんだこの布生地は……」 「それはぁ、ブラぁ♡ もっと揉んで良いよぉ♡」 「貴様……ぶ、ブラをしているのか……?」  ブラに狼狽えつつ、男にしては大きな、それでいて弾力のあるバルクは実に揉み甲斐があったようだ。  徐々に下半身へと意識を向けると、俺の尻に触れた。 「あっ……♡」 やっと来た、期待で甘い吐息を漏らす。 「もっと、触ってぇ……♡」  俺は甘えた様におねだりすると、ジーンズを下ろして自らの手でミハイルの手を掴んで強く自分のお尻に食い込ませた。 「き、貴様……なんだその下品な下着は……ッ! その上ガーターベルトだと……!?」  ミハイルは俺の自慢の下着にルビーの瞳を真ん丸に見開いていたがぶるぶると首を振ると、一度上半身を起こして、俺にキスをしながら夢中でお尻を揉みしだく。  それからそっとスラックスの隙間から手を潜り込ますと、ぐっしょりと濡れた穿孔に触れた。  余りにもぬるぬるになっているそこに、思わずごくりと唾を飲み込んで、つぷ……指を滑り込ませた。 「ん、あ、……♡」  俺の身体がびくん、としなるのを見て、探るように中を掻き混ぜた。 熱い、柔らかくて弾力のあるそこが指をねっとりと絡めとる。  恐る恐るニ本目を入れるとすんなりと入った。  肉襞がミハイルの指を咥え込んで離さない。  ミハイルの股間はもうはち切れんばかりに膨らんでいる。 「ミハイルぅ……♡ 挿れてくんないの……?♡ 俺、もう……♡」  ミハイルが荒々しく息を吐きながら、乱暴に俺の衣服を脱がして床に放り出すと、俺は腰を浮かせてミハイルのズボンに先ほどしまった隆々と屹立したペニスを改めて取り出した。  ぶるんと勢い良く飛び出したソレがミハイルの下腹部にバチンと当たる。  それを尻の割れ目にぴとっとあてがったその時、ミハイルが俺の尻を鷲掴んで勢い良く穿孔に突き挿れた。  一気に奥まで貫かれて、腰から脳天に掛けて快感が走り抜けると、俺は目を見開いて大きく喘いだ。 「あ゛あっ、あ゛ぅ──っ♡ あ、駄目ぇ、あっ♡ そんなぁ♡ いきなりィ♡♡♡」  肉襞を限界まで押し広げられて、ミハイルのペニスが俺の中を抉るように、何度も何度も激しく抽挿する。  身体が激しく上下に揺れて、いやいやするように頭を振った。 「あ、あぁあっ♡ そこ♡ そこぉ♡ すげぇ、イイ♡ あ♡ んお♡  奥、当たって、あ……っ♡ イってる、イってるからぁ♡ あ゛っ、~~~~ッッ♡♡♡」  肉襞はミハイルを離すまいと絶妙な加減で締め付け、絡み付くと、しとどに濡れたそこは滑らかにミハイルを奥へ奥へと淫靡に誘い込む。  ミハイルは勢いが衰える事を知らないのか、何度も腰を打ち付ける。 その度にぱちゅ、ぱちゅん! ぱちゅん! 甘くて淫らな水音が下半身から漏れて、ミハイルが俺の乳首を舐めしゃぶりながら攻めるものだから、目に涙を浮かべてはしたなく喘いだ。 「ミハイル、あん、……ッ♡ やるじゃん♡ あ♡ イイ♡ きもちいい♡ あっ、イく、しんじゃうぅっ……♡ ひっ、うあ゛ぁっ、~~~~ッッ♡♡♡」  快感が次から次へと押し寄せて、腰が動くのを止められない。  ミハイルに何度も何度もイかされて、イきながら更に突き上げられて、お腹の中がミハイルでいっぱいになって思わず息が詰まりそうになる。  次の瞬間、ミハイルは俺をうつ伏せで四つん這いにさせると上からのし掛かるように覆い被さり、また穿ってきた。 「そんな♡ 待って♡ ──あっ、あ゛ぁあ、やっ、んう゛ぅ♡」 「ああ、……くそ、……ッ」  ミハイルがまるで野獣の様に食らいついてくると、しっとりと汗をかいて濡れた身体と、ミハイルの鍛え抜かれた逞しい身体が何度も重なった。  俺の指に自分の指を絡ませて身動きを取れなくすると、何度も何度も獣の様に腰を打ち付けてくる。  肉尻にミハイルの腰が当たる度に「もう、やめ……っ♡ あんっ、あ゛、ひぅ゛っ♡ 壊れ、ちまう……♡ あぁ゛~~っ!♡♡♡」  と、気付けば泣きながら懇願していた。 「───ッッ」 「やっ♡ ひあ゛♡ お♡ あ゛ぅ゛、んぉ゛、──っっ!♡♡♡」  これで何度目だろうか。  グブゥ!! とあってはならない音がしてとうとう奥の結腸までミハイルのクソデカペニスが届いちまった。  それから俺の中に思い切り精子をぶちまけられる。  収まり切らない白濁とした精子が穴からどろりと溢れ太腿を伝う。  身体はまだまだ熱を持ってミハイルのペニスを蜜で絡めながら肉襞で締め付ける。  奥が蠕動してまだ欲しい、まだ欲しいとねだっている。 ミハイルが俺の背中に沢山キスを落としながら、再び腰を動かした。 (やるじゃん……♡ 童貞くん……♡) ◆  朝──と云っても、まだ外は人間の正気をすり潰すような、真っ暗で不条理な時間。  ふと目が醒めると、ミハイルはもう起きていた。彼はすでに漆黒の重厚な隊服に身を包み、高級なローブを翻して、どこか凄惨な戦地へ出掛ける準備を終えているところだった。 「ミハイル……?」  寝惚け眼で、目を擦りながら声を掛けると、奴は相変わらずの無愛想な声で此方を一瞥した。熟れた果実のような、どこか昨夜の熱を孕んだ匂いが鼻腔をかすめる。 「まだ寝ていろ、愚民。余計なパルスを放つな」  俺はいつもの能天気さでその刺々しさをスルーし、「仕事……任務?」と訊いた。  ミハイルは「ああ」と短く、氷を噛み砕くような返事をした。そんな怪物の王の背中を、俺はベッドの中からぼんやりと眺め、ついと、地下闘技場時代には誰にも言わなかった言葉を口にした。 「……怪我すんなよ、行ってらっしゃい」  ミハイルはハッと息を呑んだようにふいと顔を背けると、「……偉大なるこの俺が、愚民に心配をされる謂れはない」といつもの調子で正しく傲岸不遜な一言を残し、逃げるように部屋から出て行った。  俺も暫くして、新品のメンズブラの位置を直しながら、高級感溢れるミハイルの部屋を後にした。 「前から気になってたけどさ、その、お前が連れてる妙な生き物はなに?」  慶太たちと顔を合わせて談話室でお茶をすすっていると、慶太が眉間に深い皺を刻んで、俺の足元にいる毛玉を指差した。 「俺のヒモだよ?」  悪びれもなく、世界の真理を発見したような顔でそう答えれば、パシンッ!! と、鼓膜が破れるような暴力的な速度で頭を叩かれた。俺の頭はあかべこの様に前後に激しく揺れる。  それを見た炉舞が、壊れた常識の盾を抱えながら呆れた顔をした。  ノチェルオはおろおろと錆びついたトングをガチガチ鳴らしながら狼狽えている。なんだこの混沌とした空間は。オアシスが欲しい。切実に。 「いったぁいん……何すんの慶太……」 「ヨー君……とうとう欲求不満のあまり、そんな小さな生き物にまで欲情するようになっちゃったんだね……」 「ヨッチー……かわいそうに……」  ノチェルオと武臣から、まるで深海に沈んだドラム缶のヘドロを見るかのような、本気で同情している眼差しが俺に突き刺さる。そして同時に、回復不能なレベルの軽蔑も孕んでいた。 「ちがっ、だって毛玉は毛玉だし……」 「答えになってない。そもそもそれ、何処から拾ってきたんだよ」 「ごみ捨て場」 「はあ~~?  捨て猫じゃあるまいし……ごみ捨て場でそんなの拾ってきちゃったのかよ?」 「だって、必死に飯ねだって来るんだもん。目の前でひもじそうにされたら、俺としては放っておけねぇよ~」  白い大福のごとき毛玉撫でながらそう答えれば、斗真が「ヨー君は見た目も中身もテキトーで自堕落だけど、そういうお人好しな所あるよねぇ~」と、無邪気に褒めてんだか致命的に貶してんだかわかんねーことを宣う。 「でもその、毛玉? とかいう奴、何の生き物か本当に構造が分からないな。これって、異界から漏れ出たバグ生物じゃねーの?」  つんつん、と指先で毛玉をつつきながら、武臣が顎に手を当てて首を不自然な角度に捻る。 「もしかして……実は力を失った神様の仮の姿だったりして!」  斗真がピコーンと頭上に豆電球を光らせ閃いたかのように人差し指を立てた。 「え~~毛玉がそんな高尚な生き物なわけ……ぁ痛ぁい!!」  にべもなく毛玉に噛み付かれる俺。おい、俺はお前の養い主だぞ。崇め敬い奉るべき存在だと云うのにこのヒモは……。  斗真も毛玉を優しく撫でながら、「お前、可愛いねぇ~」と無邪気に話掛けた。すると毛玉の奴、あろうことか「ミ゛ィ」と甘ったるい鳴き声を上げて、斗真の手にすり寄りやがった。  おい、俺にはそんな甘えた姿、プロ級の飯を配膳する時しか見せねぇ癖に、慶太達にはそんな愛嬌を振り撒くんかい。お前、毛玉のプライドどこに捨ててきたんだよ。 「よう、茶挽きフランケン」  そのほのぼのとした、地獄のオアシスみたいな空気を一気にぶち壊す、排気ガスじみた不快な声が部屋に響いた。相手の予想は、俺の哲学センサーで1秒で微塵の狂いもなく見当がついている。ほ~ら。  現れたのは、案の定ぶすくれたアホの清守奏だ。  ──と、その背後に佇む、いかいかにも軽薄そうでチャラそうな、乙女漫画から抜け出てきたような超絶イケメン。  だが、その身に纏う隊服のエンブレムを見た瞬間、俺のニューロンが警告を発した。対堕竜討伐部隊『竜の心臓(ドラコ)』の部隊長──つまり、カーストの頂点に君臨する、脳破壊(ラット化)予備軍のアルファが、また一人俺の前に現れたわけだ。全員漏れなく魔人として美しい隊服を着用している。 「へぇ~。これが噂のスカーフェイスかぁ~」  ドスッ、と許可もクソも無く俺の隣に座ると、その男は馴れ馴れしく俺の肩に太い腕を回してきた。  そして、俺の黒の刈り上げポニーテールを細い指先で弄ぶように梳きながら、鼻腔を近づけて匂いを嗅いできやがった。 「ん~、めっちゃいい匂い……。果実の奥に甘い毒が混ざってんなぁ……」  男はうっとりと恍惚の表情を浮かべて呟く。 「おい、馴れ馴れしいんだよお前。脳みそミキサーにかけんぞ」  思わずそいつの手をパシッと払ったが、男は錆びついた接着剤のように俺の身体から離れようとしない。なんだこのチャラついた新種の生き物は。  それを見ていた慶太達は、呆然とした表情で「なんだこいつは?」と、壊れた常識の盾を構えながら最高に胡乱な視線をその魔人に向けた。 「ロイ! お前なにしてんだよ!  それって完全に浮気じゃねーの!?」  ──浮気、ああ! つまりこいつは清守の運命の番か! と合点がいく。  背後から、案の定アホの清守奏が顔を真っ赤にしてキレ散らかしたが、その男──ロイとやらはどこ吹く風で、直射日光を浴びた車のボンネットみたいな軽い調子で笑った。 「まあまあ、そんなに焼きもち妬くなって奏。ちょっと可愛いフランケンをからかっただけだからさ」  ロイはそう言って、俺のムチムチのシックスパックを値踏みするように見つめる。 「エレンから聞いた話だと、愛想も可愛げの無い最悪なオメガって聞いてたけど……なんだよ、間近で見たら随分とそそるじゃん。なぁ、今夜、俺が特権で夜指名(本番)してやろうか?」 「ロイ!! ふざけんな!!」 「はいはい~、怒るなって」  清守奏の地鳴りのような怒号に、ロイはやれやれと肩を竦めて席から立ち上がった。そのまま、二人は焦げ付いた嫉妬のガソリンの匂いを残して、廊下の向こうへと消えていった。 「──……今の、一体なんだったわけ?」  慶太が引きつった顔で呟く。 「しらね~。ただのアホだろ」  俺はお気に入りの下着の位置を直しながら自堕落に応じた。 「ってかヨー君、『スカーフェイス』時代ってどんなだったの?」 「確かに、スカーフェイスって、兒玉さんもたまに可哀想そうな目で云ってたけど……」  やれやれ、どいつもこいつも人の顔を見ればスカーフェイスだのフランケンだのと、まるで解体屋のジャンクパーツみたいに呼びやがって。  今更隠す理由もメリットも無いしな、と俺は頭の後ろを自堕落に掻きながら、自分が幼い頃に地下闘技場でどんな凄惨な哲学(おっさんをベッドで鳴かせる技術や拷問)を叩き込まれて育ったのか、その凄惨な生い立ちをコンビニのレジ袋の解説をするくらいの軽さで軽く説明してやった。  本当にそれだけの内容だったのに、何故かコミンジ5の5人とも、唐突にその場にへたり込み、ボロ切れのように大号泣しだしたので俺はひどく困惑するのだった。 ◆ 「──はぁ……」  特大の、部屋の酸素がすべて二酸化炭素に裏返るかのようなクソデカ溜め息を吐き出して、ナハトはソファに深くその身体を沈めていた。両肘を膝に立て、そこにおでこを寄り掛かせ、完全に湿気たツラをしている。強欲の化身たる漆黒の竜のオーラはどこへやら、今の彼はただの傷心した男だ。  そこに通り掛かったハイエナの魔人、モルドレッドがひょいと様子を窺うように覗き込んできた。色欲のラットは、壊れたブリキのおもちゃでも見付けた様に、ギザギザの歯を剥き出しにしてケラケラと笑いながらブラックジャガーに声を掛けた。 「どうしたァ戦闘狂ゥ。錆びついたトタン板みたいな湿気たツラしてんなァ」 「……あっちへ行け人格破綻者。俺の脳内ニューロンにこれ以上パルスを流すな」 「へっ。相変わらず云うねェ」  まあまあ、お兄さんに人生の哲学ってやつを話してみなさいよと、何も云われて無いのにモルドレッドはナハトの隣の高級ソファにどっかりと肉塊を座らせた。 「ケケっ。で、マジでどうしたんだよォ? お前の強欲の胃袋が拒絶を起こすような事態か?」 「……気まずい……」 「はあ?? 何が」  モルドレッドが不思議そうに金を縁取る睫毛を揺らす。 「イシュタルのキャストから、毎回好みの相手を選んで指名をしろって、特務機関の上層部からどやされるだろ?」 「あァ、あのクソうるせェ定期報告なァ~」 「で、別に誰でも良かったんだけど、どうせならと……こないだ知り合った、継ぎ接ぎだらけのキャスト(直忠)を指名したんだ。そしたら、上層部の職員が『あのナハトが遂にオメガに興味を持った!』って狂喜乱舞して気合い入れやがって、継ぎ接ぎじゃなく、そこのクラブの売れっ子キャストを大量に部屋に呼ぶ大騒ぎにしちまって……」 「クカカカカ! そりゃあそうだろうよ! オメガへの免疫が皆無で、運命の番すらゴミ箱にポイ捨てした童貞のおめぇが、珍しくキャストの指名なんかしようもんなら、エンブリオの予算全部ぶち込む勢いで気合いも入るってもんよ」 「……童貞は捨てた」 「は、──マジかァ!!」  モルドレッドは金の目を限界まで真ん丸にして驚愕し、バンバン!!  と乾燥した高圧洗浄機のような勢いでナハトの背中を叩いた。 「やったなおめぇ!! 遂に強欲を満たしたか! で、相手は誰よ?  まさかあのツラが生意気な清守奏かァ??」 「それは死んでも有り得ねぇよ……」  ナハトは本気で嫌そうな顔をして、沸騰した濃厚な砂糖水の匂いを放つ。 「お前には絶対云わねぇ」 (──とか云いつつ見当はついてるけどなァ) 「なんだよ、つれねぇヤツ……これだから素人童貞上がりの強欲は……。で、何がそんなに気まずいんだよ?  ヤるもんヤったんだろ?」 「……その、流れで一回全力でヤってから、一度もイシュタルでアイツを指名してない……指名したら別のが大量に来たし」 「はあ~~────????」  モルドレッドのギザ歯の動きがピタリと止まった。 「お前……それはいくらなんでも、男としてエグいことすんなぁ。完全にヤリ逃げじゃねぇか」 「やっぱり流石のお前(人格破綻者)でもそう思うよな……!? 今更どの面下げて顔を合わせればいいのか気まずいし……。でも指名しないままだと、アイツに……ああ、クソ、俺の強欲の奥底から、かつてない不条理な罪悪感が~~ッ!」  ナハトが頭を両手で抱えて、本日何度目かの一番深いクソデカ溜め息を吐く。  なんてつまらない世俗的なことで頭を悩ませているのだろうか。そんな消耗品(Ω)など、使い捨ての消しゴムのカスのように放っておいても問題は無いだろうと、倫理観が完全に欠落したモルドレッドは、底冷えするような冷めた眼差しで頭を抱えるナハトを見やるのだった。 「ケケッ、そんなクソつまらねェことでいちいち気にすんなって。その継ぎ接ぎにバレっこねーよ! バレて怒るどころか、俺たちカーストの頂点たるドラコ様にだったらよォ、例え口の中に脱糞されたってアイツら泣いて喜ぶんだからよぉ!」  それを聞いたナハトは、強欲の化身たる顔をゆっくりと上げ、深海に沈んだ生ゴミを見るかのような軽蔑の眼差しでモルドレッドを一瞥した。そして、深い溜め息と共に吐き捨てた。 「……だからお前は、脳のニューロンが錆びついた油で融解してる人格破綻者なんだ……」 「……おい待てェ。誰も俺がスカトロ趣味(ハザード)をしてるなんて一言も云ってねェだろォが」 「なんだ貴様ら、揃いも揃ってその低俗な口から下品なパルスを撒き散らしおって」  そこに現れた新たな乱入者。傲慢の王ミハイルだ。どこか直忠のメンズブラのホールド力を思い出させる不穏な王気(オーラ)を纏っている。 「あーあ、またどこぞの王族の五月蝿いのが来た……」 「五月蝿く無いわ!! 偉大なるこの俺様に向かって何たる不敬!」  ナハトはうんざりした顔でミハイルを一瞥し、はあ、と本日100回目くらいの特大の溜め息を吐いた。 「ケケケ! ちょっと、この純潔な童貞君にはまだ早すぎる大人の話でしたかねぇ~」  モルドレッドはそう云ってギザ歯を剥き出しにしてゲラゲラ笑うと、自分のおでこをペシッと叩きながら、たはーっと間の抜けた息を吐いてミハイルを盛大に小馬鹿にした。 「フハハハハ!! 貴様みたいな品性の欠片もないヤリチンハイエナとこの俺を一緒にするな! 殺すぞ!! 俺様は、至高にして清い心の保持者である▲✕○※✕――ッ!!」 「……なんて??? 早口すぎて原型留めてねぇぞお前」  顔を合わせただけでこの狂乱の云い様、いくらなんでもあんまりではないか。  ミハイルは自分の胸板を誇らしげにドンと叩き、次いでモルドレッドを細い指先でぴしゃりと指差して断言しようとしたが、モルドレッドは耳の穴をほじりながら気怠げに欠伸をかいた。 「んん~、チェリーボーイが必死に何か云ってんなぁ~」  頭に血が上ったミハイルはずかずかとモルドレッドの前までやって来ると、その綺麗な頭部をバシッと叩き、こめかみ辺りに容赦なく拳をぐりぐりと捻子込んだ。 「イダダダダダ!! 脳みそがミキサーにかかる!! 何しやがる傲慢ライオン!!」 「煩い! 躾のなっていない駄犬を、この俺様が直々に平和的に躾けてやっているに決まっているだろう!!」  ルビーの瞳を狂気に満ちた愉悦に輝かせ、ミハイルはぐりぐりを絶対に止めない!! 「んな偏った躾なんかいらねぇつの! 痛い! ヤメロォ!」 「……それで、ナハトは何故そんなに不条理に暗くなっているのだ。いつものように、ウンコを棒に刺して楽しそうに草原を駆け回っているというのに」 「そんな奇天烈なこと死んでもしてねーよ……」  ナハトは己の強欲の尊厳を守る為に、魂の抜けた声で力無く否定した。 「ケケッ、ナハトの奴さ、指名したイシュタルのキャストの口に不条理な事したんだってよ」  それを聞いて、ミハイルの全身のネジ巻きが一瞬で固まった。流石の怪物の王でも、それがどれだけ天文学的に有り得ない正気ハザードであるかは理解しているつもりだ。 「はあ~~~~!? キッッッショ!!!! 貴様、ベッドの上で一体何を四肢から吹き出させているのだ!! モルドレッドと同じで、とうとう脳細胞がチェンソーでズタズタに切り刻まれて狂ってしまったか!?」 「ケケっ、云うねェ。ってお前、さらっと俺のことも最悪な比喩でディスってねぇかァ?」 「おい!! モルドレッド!! 話を勝手に180度誇張してとんでもねー改竄すんじゃねぇ!! もはや原型すら留めてねぇじゃねーか!! 俺がしたのは普通のセックス(童貞喪失)だ!!」  ナハトが顔を真っ赤にして絶叫する中、モルドレッドがまたケラケラと笑いながらミハイルに向かってグッと親指を立てた。  それから二人は、なぜか息ぴったりに掌をパチンと合わせ、パンパンと上下にリズミカルに叩いた後、舌をカッと鳴らして拳をコツンと軽く当てる複雑なストリート風の握手を交わした。ツッコミ不在の恐怖である。 「ん? ジーヴァじゃねぇか……」  モルドレッドが、談話室の重厚なドアを開けて入って来た人物の名を呟いた。  その不凍液の甘い毒の匂いを放つダウナーな名前を聞いた瞬間、ナハトはバッ!! と顔を上げて、強欲のニューロンを滾らせながら勢い良く立ち上がった。 「おい、ジーヴァ……! ちょうどいい、お前に訊きたい事がある……!」 「……? 何だナハト。そんな不条理に青褪めた顔をして。今にも崖から身投げしそうな陰気なオーラが出ているぞ」  不凍液の甘い毒の匂いを纏い、ジーヴァは相変わらずの氷の女王のような冷酷な態度で談話室に佇んでいた。  ジーヴァがフン、と鼻で笑って無視するのも構わず、ナハトは言葉を続けた。 「お前、イシュタルのキャストと寝たって、特務機関の上層部から漏れ聞いたけれど……」  その言葉を口にした瞬間、ジーヴァは至極嫌そうに薄い口元を歪ませ、眉間と鼻筋にこれでもかと深い皺を刻んだ。どうやら、その事実に対してよっぽど不満と不快な執着バグがあるようだ。 「はあ?? 誰で童貞捨てたって?  おいジーヴァ、いい加減白状しちまえよ。その胃袋に何を収容したんだ?」 (畜生、どいつもこいつも相変わらず強情だな。もう吐いちまえよ。どうせあのスカーフェイスだって察しはついてんだよ)  モルドレッドがギザ歯をギラつかせて身を乗り出すが、ジーヴァはそっぽを向いて冷淡に突き放した。 「……その手には乗らない。人格破綻者に話す道理は無い」  あのミハイルに負けず劣らずの高慢ちきで冷徹なジーヴァが、この間初めてキャストと一晩明かした(そして高速一人称パルスバグを発症した)という噂は、すでに宗像司令官の周辺からダダ漏れになっていた。  一体誰が相手なのかとまではモルドレッドは予想はついていたが、どうやら直忠のパルスをパースしていたナハトも、その正体(メンズブラのフランケン)を看破していたようだ。 「……寝たと云うか、誘惑されて襲われた……?」  ジーヴァが紫の瞳を虚無に揺らしながら、ボソリと呟いた。 「お前もかよ!?」  ナハトがバッと強欲の目を見開く。 「なんだ、お前もあの褐色シックスパックのハザードに遭ったのか……」 「一体何なんだ、あの不条理な格下は。オメガのくせに、恥じらいと云う概念を母親の母胎に置き忘れてきている」 「俺も、あのまま流されるみたいに……なんか、気づいたらチェンソーで脳を引き裂かれるみたいに踊らされて……」 「……まあ、夜の性能自体は、悪くは無かったが」  ついこの間までホカホカの純潔チェリーボーイだった男たちが、さも世界の真理を知ったような偉そうな口を叩き合う。  それから二人は、直忠という名の認識災害を共有した者同士、奇妙な精神的シナジーでも感じたのか、無言で深い視線を交わしてフッと意味深に笑った。  先ほどのモルドレッドとミハイルのように、お互いの掌をパチンと合わせてパンパンと上下にリズミカルに叩いた後、舌をカッと鳴らして拳をコツンと軽く当てる、謎のストリート風ハイタッチ握手を完璧に交わした。 「珍しく、お前とは高次元の波長が合ったな、ナハト」 「ははっ。そうだな、ジーヴァ」  何やら裏で恐ろしい謀反でも示し合わせたかのように、ニヤニヤと脳を破壊(ラット化)された笑みを浮かべるナハトとジーヴァは、そのまま二人で並んで談話室から出て行ってしまった。 「クカカッ! ナハトもジーヴァもミハイルも、ついこの間まで指先一つ触れられねぇクソ童貞だった癖によォ、一回中出しのバーゲンセールを経験しただけでいっちょ前になりやがってェ。あ~あ、クソおもんなァ」  モルドレッドが退屈そうにソファに寝そべり、耳をほじった。 「フン。貴様みたいな品性のないハイエナに、俺様の高貴な営みについて何か云われる筋合いは毛頭無いが?」  ミハイルはそう言ってフイと顔を背けた。  いじるべき玩具(ナハトたち)が全員いなくなってしまった。つまらなそうに、モルドレッドもミハイルも、どちらからともなく談話室を静かに出て行くのだった。

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