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14君と僕と汚ねぇ花火①

 ──ある日、宗像のおっちゃんから「いいもんやるから来い」と呼び出され、俺は日本防衛特務機関エンブリオの司令室に足を運んでいた。   「いつも異端堕竜のダメージ肩代わりお疲れちゃ〜ん!」  部屋に入るなり、くたびれたスケベおやじ特有の軽薄なテンションで出迎えられ、俺は思わずずっこけそうになる。着慣れない黒レースブラのワイヤーが、俺の大胸筋をキツめにホールドして軋んだ。 「あのねおっちゃん、俺は自分の意志で聖人君子(ボランティア)やってるわけじゃないの。なんか身体が勝手に『ドラゴンを守れ!』って野生の母性を発揮して、あのグチャグチャに粉砕された街並みレベルの精神ダメージが俺の脳ミソにダイレクト転送されてくんのよ! ぶっちゃけそれなりの御給金くれないと割に合わないって!」  捲し立てると、宗像のおっちゃんは「あ、お金で良いんだ……」と、深海生物でも見るような目で俺を見てきた。当の本人が秒で銭ゲバの顔をしたもんだから、切実な悲鳴を期待していたおっちゃんは完全に肩透かしを食らったらしい。 「うんうん、いいよぉいくらでも払っちゃう。ナオちゃんが盾になってくれないと、うちの可愛い竜たち異常個体の前だと戦闘開始一コマで『肉の消しゴムのカス』になっちゃうからね〜」 「それと真宵君、極めて事務的かつ重大な話があるのですが」  おっちゃんの適当な返事に被せるように、いつの間にか背後に立っていた八乙女副司令官が、冷徹な手つきで眼鏡のブリッジを押し上げた。 「我々はあの異端の堕竜を『特異点』と呼んでいます。君はアノマレコードとリンクし、特異点の特殊攻撃をなぜか一手に引き受け、中和している。現在、東京に出現する異端、異常堕竜との戦闘破壊は、我が機関の『記録再生魔法』で一瞬にして逆再生・修復されていますが……なぜかその修復魔法が、真宵君、君の肉体にだけ一切効かないのです」 「へぇ〜〜。なんでだろうなぁ。俺の身体がダイナミック頑丈だから?」 「断言は出来ませんが、君自身が世界の理をバグらせる特異点だから──私はそう考えています。君の身体が異端、異常堕竜とのみの精神ダメージだけが魔法で逆再生されない以上、異端堕竜による精神汚染は蓄積し、深刻なシステムエラーが順次発動します」  八乙女副司令官は書類をトントンと机で整え、死刑宣告のような冷徹な瞳で俺を見た。 「まずペナルティ1『肢体・五体の一時的部位消失』。すでに君の左目は失明、味覚は『錆びついた鉄パーツと焦げたレバーの味』に変貌を経験しているはずです。これは君の驚異的な回復力によって早くて1日~数日でロールバックされますが、概念毒が蓄積され進行すれば物理的に腕や足が消えます」 「笑顔で隠してたのにサラッとバラさないで!?」 「次にペナルティ2『概念的飢餓/過剰摂取』。どれほど肉を貪り食おうと五感と思考が『焦げ付いた重油と排気ガスの匂い』に支配され、魂の空腹は満たされなくなります。これも数日でロールバックされますが……」 「広域認識災害が俺の肉体ごと出ちゃうってこと!?」 「最後がペナルティ3『強制中枢狂乱(特異ヒート)』。概念毒が限界を超えるとドラコ達を身体が激しく求めて我慢出来なくなる強制発情モードが発動します。解毒方法はただ一つ。君に脳を破壊され、運命の番を放置して異常執着しているコル・ドラコたちとベッドを共にし、その極上のフェロモンで泥のように絶頂を迎えることだけです」 「ええぇぇぇえええ!!!!??  世界システム俺に厳しすぎないぃぃいい!!!??」  ──全人類が逆再生で無傷 of 平和を享受する裏で、自分だけがドロドロの肉塊になったり特注ブラを血で濡らしたりするハメになると知り、俺が司令室で盛大に叫び散らかしたのは、言うまでもない。 ◆ 境内に立ち込める屋台のソースの匂いと、祭りの熱気に包まれながら、俺はダボダボの自堕落な浴衣の袖を軽く引っ張った。 ​ 薄い浴衣の生地の下では、不釣り合いな【特注メンズブラ】とガーターベルトがしっかりと肌を締め付けている。何百何千という人々が行き交うこんな明るい場所で、制服の代わりに隠された変態的な下着の感覚。自分のような地下闘技場上がりが、こんな風に真っ当な同世代の日常に混ざっていることが、どこか夢のように現実味を欠いていた。 ​「うわぁ……! ヨー君、見てよ! りんご飴に水風船、あっちには射的もあるよ!」 ​ 前を歩く斗真が、弾んだ声で俺を手繰り寄せるように振り返る。殺伐としたイシュタルの泥臭い仕事からはかけ離れた、可憐で純粋な笑顔。その眩しさに、俺の胸の奥が少しだけキュッと痛む。 ​「おい斗真、はしゃぎすぎて迷子になるんじゃねぇぞ。あとナオ、人混みで押されて転ぶなよ」 ​ すぐ後ろを歩く慶太が、口調こそ荒々しいものの、押し寄せる人波から俺たちを庇うように腕を回していた。相変わらずドライでキレ易いが、こういうところで根の常識人と面倒見の良さが出てしまうのが彼らしい。 ​「しかし、この人口密度と熱気……衛生面と雑踏警備の観点から言えば、非常に非効率的な催しだな」 ​「固ぇこと言うなよ炉舞。祭りはこういう雑多な雰囲気を楽しむもんだろ」 ​ 理路整然と理屈を並べる炉舞へ、慶太が呆れたようにツッコミを入れている。 ​「あのぉ……すみません……。焼き鳥の屋台、並び直すので七輪借りてもいいですかねぇ……?」 ​「だから祭りの屋台で自家製七輪出そうとすんじゃねぇよノチェルオ!!」 ​ どこからか取り出した七輪を大事そうに抱えるノチェルオに、間髪入れず慶太の怒声とツッコミが飛んだ。 ​ そんな賑やかでバカバカしいやり取りを耳にしながら、俺はひとり、自虐的なため息を殺す。俺なんかがこの温かい輪の中にいていいはずがないのに、彼らの雑な優しさがどうしても心地よくて、離れがたくなってしまう。 ​ パンッ、と下腹部に低音が響いた瞬間、夜空の闇を切り裂いて巨大な大輪の花火が弾けた。  頭上いっぱいに広がった光の粒子が、降るような美しさで境内を染め上げていく。周囲の歓声に包まれながら見上げたその輝きは、俺の歪んだ視界をどこまでも鮮やかに塗り潰していった。 「おい直忠! お前その浴衣、明らかにサイズ間違えてんだろ! 背中の縫い目がミシミシ鳴ってるぞ!」 「あ? うるせえな慶太! これしかリサイクルショップに売ってなかったんだよ! つーか、男は黙ってタイト&フィットだろ!」  うだるような熱帯夜の熱気と境内を埋め尽くす有象無象の汗腺から吹き出す酸っぱい悪臭のなかで、俺──真宵直忠は、コミンジ5のクソ野郎どもとメンチを切り合っていた。  ハッキリ言って、今の俺の状況はマジで笑えない。いや、笑ったらそのまま胃袋の中身が逆流して高円寺の阿波踊りロードを地獄絵図に変える自信がある。  まず、痛い。めちゃくちゃ痛い。この間の災害で、喰らったら戸籍から遺伝子まで赤ん坊にされるクソッタレな堕竜と殴り合った際、俺のクソッタレな固有能力がうっかりその概念毒を全部身代わりに引き受けちまった。  その結果、世界はエンブリオの冷徹なコピペ魔法でピッカピカに元通りになったが、俺の肉体にはきっちり「部位等価交換」のペナルティが残った。具体的に言うと、俺の左目は今、完全に電源の切れたブラウン管テレビみたいに真っ暗だ。どうやら概念毒が溜まり過ぎてるらしく、完全な回復までに時間が掛かっているようだ。最初は大丈夫だったんだが……なんと振り返したようだ。  おまけに味覚の神経細胞が完全に狂ってやがる。さっき武臣が「ほらよ直忠、お前の大好物の豚玉だ!」って買ってくれた屋台のお好み焼き。  一口噛み締めた瞬間、俺の脳内コンポが爆音で鳴らしたのは『極上のソースの風味』じゃねえ。『ドブ川から引き揚げた錆びた鉄パイプと、真夏のコンクリート上で三日間放置されたドブネズミの内臓をミキサーにかけ、そこに濃硫酸をふりかけたような最悪の生ゴミ臭』だった。 「……ッ、う、うめええええええええ!!」  俺は涙目で叫んだ。左目の視神経から走る激痛と、鼻腔に抜ける「完全に腐った臓物のフレーバー」を、屈強な精神力(ただのバカ)で強引にねじ伏せる。  ゲロを吐いたら負けだ。コミンジ5の奴らに「なんだよ直忠、せっかくの祭りで体調崩してんのか? ダセえな」なんて言われたら、俺の漢のプライドがチェルノブイリ並みに大爆発を起こす。 「やっぱ夏はテキ屋のソースだよなァ! おい武臣、このお好み焼き、肉のコクが……こう、内臓の奥深くにダイレクトに訴えかけてくるっていうか、血の味がして最高だわ!」 「お前どんだけハードボイルドな食レポしてんだよ! つーか顔が般若みてえになってんぞ! 怖いよ!」 必死に笑顔を作っているつもりだが、スカーフェイスの隙間から冷や汗がドバドバ流れて、完全にホラー映画の殺人鬼の形相になっているらしい。  だが、俺の本当の地獄は「味覚」じゃねえ。さらにその下、このクソきつい安物浴衣の『帯』の締め付けにあった。今日に限って、俺は毎朝欠かさず装着している『対・堕竜特殊衝撃吸収型・特注メンズブラ』をクローゼットに忘れてきていた。  俺の胸筋は、狂気のバルクを誇る脂肪たっぷりぷりんぷりんの世界最高造形、だが自己評価の低さゆえにただのムチムチの肉塊だと思いっている異常な双丘だ。メンズブラでホールドしていない大胸筋は、ただの「歩くお色気ハザード」でしかない。  それを安物の硬い浴衣地で無理やり包み、さらにアンダーバストに近い位置で帯をガンガンに締め上げちまったもんだから、さあ大変だ。一歩歩くたびに、浴衣のザラザラした麻の布地が、俺の未発達で敏感な乳頭を「ゴシッ、ゴシッ」と執拗に削りにくる。 「ひゃ、ふ、んっ……!?」 「ねぇナー君、今変な声出さなかった?」 「だ、出してねえよ斗真! お前耳にウジでも湧いてんじゃねえのか!?」  ヤバい。ストレスで心拍数が跳ね上がる。心拍数が跳ね上がると、オメガの身体ってのは最悪の防衛反応を起こす。そう、【強制中枢狂乱】一歩手前の、甘ったるい濃厚な発情の漏洩だ。  じっとりと浴衣の下でかいた汗が、夏の熱気と混ざり合い、周囲の空間にじわじわと揮発し始める。自分で匂いを嗅いでも、お好み焼き(腐った内臓味)の臭いを上書きするレベルで、ハチミツをドブにぶち撒けたような濃密なオメガの匂いが立ち込め始めたのが分かった。  ──その瞬間だった。  高円寺の賑やかなお囃子の音や花火が、まるで静止画みたいに、ピタリと脳内から消えた。いや、消えたんじゃない。周囲の空間の『気圧』が、物理的に数千ヘクトパスカルほど急降下し、大気がベキベキとガラスみたいに軋む音が聞こえたんだ。  周囲にいた一般の祭り客や、露店のオヤジたちが、「う、あ……」と白目を剥いてバタバタとアスファルトに頽れ、気絶し始めた。

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