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14君と僕と汚ねぇ花火②
「おいおいおいおい! 何なんだよコレ! 広域認識災害が出現したのか!? つーか周りの奴ら倒れてんだけど!?」
慶太たちが腰を抜かして叫ぶ。そこに現れたのは堕竜信仰のカルト集団ザルヴァートルだった。奴らは精神汚染ハザードを撒き散らし、周囲の一般人を巻き込んでいく。
「あァ!? お前ら、せっかくの祭りに何ヤクザみたいなオーラ放ってんだよ! 営業妨害で警察にチクんぞ!」
俺は器の特権をフル稼働させ、彼らの放つ精神汚染ハザードを筋肉の弾力(概念中和)でベチャッと押し潰す。だが、その拍子に俺の胸筋が「ピクッ」と強く収縮した。
──ブチッ。
嫌な音が響いた。浴衣の帯が、俺の大胸筋の膨張に耐えかねて、ついに千切れ飛んだのだ。
フロントの布地がガラ空きになり、はだけた浴衣の間から、メンズブラを着けていない、汗でギラギラと輝く俺の、傷だらけで屈強なマッスル胸筋が、夜店の提灯の光の中にドォォォンと露出した。
「あ、……ブラ着けてねえのにぃッ……!!」
「おい直忠! ザルヴァートル達、完全に目がイッてるって! っていうかお前、浴衣の下に何も着てねえじゃねえか! どんな露出狂だ!」
「うるせぇ!! そもそも男は上半身に何も着けねぇだろ普通はよ!!」
慶太のクソ真っ当なツッコミが響くなか、俺ははだけた胸元を真っ赤になって両手で隠しながら、左目の激痛と、口の中に残る鉄パイプの味に耐え、全力で叫んだ。
「だってなんだよその雄っぱいは! ぷるんぷるんしてるぞ!! はーい先生、これはセクハラです! センシティブです!!」
「ち、違うわバカ!! これはファッションだ! おいお前ら、ザルヴァートルの分際で俺のパーフェクト・バルクに気安く触んじゃねええええええ!!」
エンブリオの自動修復システムが、激しすぎるザルヴァートルたちの熱量で歪んだ高円寺の重力を無機質に処理し始めるなか、俺の最高に最悪な夏祭りの夜は、まだ始まったばかりだった。
◆
「おい待て……。おかしい。絶対に何かがおかしいぞ……ッ!」
高円寺の裏路地、廃墟となった元・特務機関エンブリオ関連施設の物置。
反射魔力がゴミ溜めのように淀んで発生した、悪夢一歩手前の空間ハザード。そのカビ臭くて粘り気のある闇の中で、コミンジ5の慶太が唐突に足を止め、ガタガタと膝を震わせながら懐中電灯の光を往復させた。
「何がだよ慶太。ビビってケツの穴でも縮んでんのか?」
俺──相変わらず左目が真っ暗で、味覚がバグって口の中が『錆びついた鉄パーツと焦げたレバーの味』で満たされている真宵直忠は、めんどくさそうに頭を掻いた。浴衣の帯は夏祭りで千切れたので、今はガムテープで無理やり留めている状態だ。
「違うんだよ直忠! 数だよ、数の問題だ! ……いいか、この部屋に入る前、俺たちは確かに全員揃ってた。だけどよ……今、ライトで照らしたら、この狭い部屋の中に『6人』いるんだよォ!!」
慶太の悲鳴が、湿ったコンクリートの壁に反響する。その言葉を聞いた瞬間、武臣も、斗真も、炉舞も、ノチェルオも、全員が「ひっ……!」と短い悲鳴を上げて互いに距離を取った。
じっとりとした恐怖が空間を支配する。
(いや、どう考えたって6人じゃねぇか。そもそも前から思ってたけど武臣が唐突に思い付いたコミンジ5ってどういう意味なんだよ。俺たちのチーム名ってコミンジ5なのかよ)
本来、この広域認識災害のルールはこうだ。『部屋に入った瞬間、認識の隙間に“存在しない7人目”が紛れ込み、精神をじわじわと狂わせていく』──。だが、我が同期の登録生どもの脳細胞は、エンブリオのバックアップシステムすらバグらせるほどの、純度100%のクソバカだった。
「ろ、6人だとぉ!? ギャーッ!! 妖怪だ! 広域認識災害“妖怪プラスワン”が出たぞ!!」
武臣が頭を抱えて叫ぶ。
「待て待て落ち着いて! 誰だ、誰が妖怪なの!? 炉舞、君なの!? さっきから妙に影が薄いよ!」
「ふざけんな斗真! 俺は最初からここにいるわ! つーかお前こそ、さっきから顔色悪くて妖怪っぽいだろ!」
「バカ野郎お前ら! 落ち着いて数えろ!」
慶太が必死に懐中電灯の光でメンバーを指差していく。
「いいか!? 俺(1)、武臣(2)、斗真(3)、炉舞(4)、ノチェルオ(5)……そして直忠(6)だ! ほら見ろ! 6人いるじゃんか!!」
俺はガムテープで固定された胸筋をピクつかせながら、虚無の目で慶太を睨みつけた。
「……おい慶太。お前ら、普段から自分たちのグループをなんて名乗ってる?」
「あ? 何言ってんだよ、『コミンジ5』に決まってんだろ!」
俺を除いた全員が声を揃えて自信満々に答える。
「だよな。じゃあ、コミンジ『5』ってことは、お前らのメンバーは何人だ?」
「5人に決まってんだろ! ナメんなよ直忠、俺たち引き算くらいできるわ!」
武臣が胸を張る。
「じゃあもう一回聞くぞ。今、ここにいるのは何人だ?」
慶太がもう一度、ライトで全員の顔を照らす。
「俺、武臣、斗真、炉舞、ノチェルオ、直忠。……1、2、3、4、5、6。……あ、あれ!? 6人いる!! ギャーッ!! やっぱり1人多い!! 妖怪だァァァ!!」
「だから誰が妖怪なんだよ! 誰だよ偽物は! 名乗り出ろ!」
ノチェルオが恐怖のあまり、その辺に落ちていた錆びた点滴スタンドを武器のように構えて暴れ出す。
「おい、待てよ……」
斗真がゴクリと唾を飲み込み、血走った目で俺を見た。
「直忠……お前、もしかして……最初から俺たちのメンバーじゃなかったんじゃ……」
「ハァ!? テメェ、先週の夏祭りでお好み焼き一緒に食っただろバカ野郎!!」
「いや分かんねえ! 妖怪が俺たちの脳をハッキングして、昔からの同期だったと思い込ませてる認知ハザードかもしれないだろ! 確かに直忠の顔面、スカーフェイスで怖いし!!」
「あァ!? ぶっ殺すぞ斗真ァ!!」
俺の怒りが頂点に達した瞬間、俺の固有能力【器】が、彼らの『恐怖心』と、この部屋に満ちていた『本物の怪異の魔力』を同時にインターセプトした。
──ゴキッ、ベキベキベキッ!!
「ひゃ、ふ、んっ……!!」
俺の体内で、怪異のルールハザードが強引に中和され、凄まじい衝撃波となって俺の広背筋と内臓を駆け抜ける。口の中からドロリと新鮮な血反吐が溢れ出したが、俺はそれを強引に飲み込んで、般若の顔で一歩踏み出した。
怪異の本体(天井の隅で『え? こいつら最初から6人なのに、なんで5人って言い張って自滅してんの……?』と困惑していた霊体)が、俺の概念中和に巻き込まれ、俺の頭に乗っかっていた毛玉によって「ブチャッ」というトマトが潰れるような汚い音を立てて、ただの赤いシミとなって壁に弾け散った。
空間の歪みが完全に解除され、専用宿舎のバックアップにより、部屋はただの埃っぽい物置へとロールバックされる。だが、怪異が消滅しても、コミンジ5の脳内パニックは終わらない。
「うわあああ! 直忠が口から血を吐いた! 妖怪の正体を現しやがったなァ!!」
「違うわバカ!! 俺は人間だ!! お前らが!! 毎回!! 俺を含めて全員でカウントしてるのに!! グループ名が『5』のままだから!! 計算が合わねえだけだろォォォォオオ!!」
「え? ……あ、そっか。俺たち、直忠入れて6人だな」
慶太がポカンとした顔で指を折る。
「なんだよ、紛らわしいな直忠! 妖怪じゃねえなら先に言えよ! 脅かしやがって!」
武臣がケラケラと笑いながら俺の背中をドツく。
「誰が紛らわしいんだよ!! 最初から気付けクソバカどもがァァァ!!」
闇の中に、俺の魂の叫びが虚しく響き渡るのだった。
◆
「ヒハハハハ! 穢れたオメガの器め! 我らが神に捧げる聖なる苗床となるがいい!」
夏の終わりが見え始めた8月下旬の夕暮れ。高円寺のうらぶれた河川敷。
突如として空間を裂いて現れたのは、狂信的カルト宗教『ザルヴァートル』の暗殺者どもだった。血生臭いローブを纏った狂人どもが掲げた漆黒の儀式用器の中から、ベチョベチョと音を立てて這い出てきたのは、禍々しい紫色の粘液を撒き散らす『生体肉寄生体』という国家規模のバイオ災害オブジェクトだった。
「おい見ろよ直忠! なんかカルトの奴らが、すげえ美味そうな『極上の極厚牛ホルモン』差し入れに持ってきてくれたぞ!」
七輪の炭火を団扇で煽いでいた武臣が、目を輝かせて叫んだ。
「マジじゃん! ほら見てよこの脂の乗り! 完全に厚木のシロコロホルモンじゃん~!!」
トングを両手に持った斗真が、ヨダレを垂らしながら身を乗り出す。
俺──相変わらず左目は真っ暗で、世界が半分しか見えていない真宵直忠は、這い寄ってくる紫色のグロテスクな肉塊をじっと見つめた。ガムテープ留めの浴衣はとっくに限界を迎えたので、今は赤ジャージという出で立ちだ。
俺の味覚神経は完全に狂っている。だが、このカルトが放った触手がピクピク動いている狂気の寄生体を見た瞬間、俺の固有能力【器】が、その致死性の概念ハザードを強引にインターセプト(中和)しちまった。
その結果、俺のバグった脳内システムに奇跡の反転現象が起きた。世界を滅ぼす禁粋の肉塊が、俺の認知のフィルターを通した瞬間、『最高級のA5ランク、脂身がトロットロに詰まった極上のシロコロホルモン』という概念に180度ねじ曲がったのだ。
「……ッ、うおおおおお! 網だ! 斗真、早く網に乗せろ!!」
「はいよ!」
斗真が、ピクピクと身悶えしながら「シャアアア!」と威嚇の声を上げる寄生体をトングでガシッと掴み、真っ赤に熾った七輪の網の上にドォォォンと叩きつけた。
ジュ────ッ!!!!
「ギチチチチチシィィィィ──ッ!?」
網の上で、寄生体が断末魔の悲鳴を上げて激しくのたうち回る。紫色の体液が沸騰し、周囲にモクモクと禍々しい油煙が立ち込める。普通の人間の鼻なら嗅いだ瞬間に急性パニックを引き起こす精神汚染臭だ。
だが、概念を中和する俺の鼻と、ただのバカであるコミンジ5の鼻には、それが「ニンニク醤油と高級牛脂が焦げる、全人類の胃袋を直撃する最強の香り」にしか知覚されなかった。
「おいおいおい、この肉、焼くとめちゃくちゃ鳴くじゃねえか! 新鮮すぎるだろ!」
炉舞がパチパチと爆ぜる紫色の肉汁を避けながら、興奮気味に白米のドカ盛り茶碗を構える。
「これがホントの『踊り焼き』ってやつだね! えへへ、カルトのオッサンら、サンキューです!」
ノチェルオが、呆然と立ち尽くしているローブ姿の暗殺者たちに向かって親指を立てた。
「な、何が起きている……!? 我らが神の眷属が、ただのB級グルメのように消費されていく……だと……!? ひっ、ひいいい、悪魔だ! こいつらの方がよっぽど悪魔だァァァ!!」
暗殺者のリーダーが、恐怖のあまり失禁しながら後ずさりする。その背後で、俺の同居人である白いふわふわの毛玉が、「ミ゛ィ」と気の抜けた声を上げながら、暗殺者たちの足元の空間を丸ごと虚数空間へと静かに消去(デリート)していたが、肉に夢中な俺たちは誰も気づかない。
「よし、直忠! 完全に火が通ったぞ! 鳴き声も止んだ!」
武臣が、黄金色(視覚的にはドス黒い紫色)に焼き上がった肉塊を俺の皿に放り込んだ。
「いただきま──す!!」
俺は漢の覚悟を決めて、そのハザード肉を口の中に放り込み、屈強な顎で一気に噛み締めた。
ブチィッ……!!
口の中で細胞核が弾けるグロテスクな感触。だが、中和された肉汁が舌の上に広がった瞬間、俺の全身に激しい電流が走った。
「──ッ!!! う、ううう、美味ええええええええええええええ!!!」
涙がボロボロと溢れ出た。鉄の味しかしなかった俺の口内に、今、濃厚でクリーミーな甘い脂の旨味が大洪水となって押し寄せている! 脳のシナプスが美味さの過剰摂取で焼き切れそうだ!
「マジかよ! 俺も!」
「僕も食う!」
斗真と武臣が、網の上で蠢く肉の争奪戦を始める。
「うおっ! 口の中で肉がまだ俺の舌に吸い付いてくるぜ! 弾力がパねえ!」
「美味すぎて脳みそ溶けそう! なんだこれ、無限に白米がいける!!」
コミンジ5の奴らが笑顔でハザード物質をムシャムシャと貪り喰う、地獄の黙示録みたいな絵面。エンブリオのバックアップ魔法が、河川敷の異常なバイオ濃厚煙を「近所の微笑ましいバーベキューの煙」として処理し、大気の平穏を保っているのが本当にシュールだった。
「ぷはぁーっ! 食った食った! カルトの高級ホルモン、マジで最高だったな!」
ジャージの腹を叩きながら、満足感に浸る俺。だが、完全にハザード物質を胃袋に入れたせいで、俺の体内の【器】が、溜まりに溜まった概念毒のデトックスサインを感知し始めていた。
ドクン……! と、心臓が不穏な音を立てる。
(……あ、あれ? なんか急に、身体の芯がすげえ熱くなって……汗が、めちゃくちゃ甘い匂いに……)
「おい直忠、お前なんかまた淫らな匂い撒き散らしてんぞ? つーか、川の向こうから、なんかもの凄い数のラグジュアリーなクルーザーが、水しぶき上げてこっちに向かって爆走してきてるんだけど……」
慶太が遠くの多摩川のサーフェイスを指差した。
夕闇の向こう、俺の発情フェロモン【全方位脳破壊・究極熱情波動】を感知した、アルファやベータの乗った豪華客船の艦隊が、狂愛の眼光を赤く光らせながら、時速100キロを超えて河川敷へと突っ込んできているのが見えた──。
「ち、違うわバカ!! 戻れどこの馬の骨ともわからんアホども!! 俺はただホルモンを食っただけだァァァァ!!」
俺の絶叫が、夏の終わりの夜空に虚しく響き渡るのだった。
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