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17アノマレコード:005-E(東京湾特区言語汚染・自傷精神腐食災害記録/刹那、時々、毛根ごと①

 夏休みも明け、9月に突入した。  いつものようにリモートで授業を受けようと思っていた俺に、理不尽な通達が降って湧いた。  慶太達からによる「たまには教室に顔を出せ!!」攻撃である。いやん。  ──と、云うわけで腐れ縁の友人達からの叱責、無視するわけにもいかず。 (いや、しても良いのだが、きっと慶太達にリンチされる……)  で、久し振りモルガナへの登校と相成ったは良いが──。 「おい見ろよ、あれが噂の『海パンブラ・スカーフェイス』だぜ……」 「マジだ、ネットの動画のまんまじゃん。顔はヤクザなのに、夏休みに島で黒レースブラ着けて海水浴してたってマジなのかな……」  夏休み明けの登校1日目。  ファタモルガナの廊下は、教室へ向かう有象無象の候補生と生徒たちのヒソヒソ話と、スマホの画面を突き合わせてクスクス笑う不快な雑音で満ちていた。  俺は、顔面の傷跡を限界まで引き攣らせ、早々から怒髪天を衝いていた。 「……宗像の、あのクソ司令官野郎、マジでグラビア本ごと虚数空間にデリートしてやる……ッ!」  あのクソ悪魔が裏アカウントでSNSに投稿した、俺の『黒ブラ海水浴動画』と、離島から東京へ戻る船内でコミンジ5のバカどもに無理やり胸に蛍光グリーンの海パンを穿かされて暴れていた『海パンブラ動画』。  それが休暇の終わりにネットの海で大バズりを起こし、再生回数は優に150万回を突破。いまや俺はモルガナが誇る「最凶の強面にして最先端の変態露出狂オメガ」としてトレンドの頂点に君臨していた。 「よお、バズり系変態オメガの直忠じゃないか。休暇は随分と淫らな『夜遊び』を楽しんでいたみたいだなぁ?」  背後から、香水のキツい匂いとともに、これでもかと傲慢な勝ち組の足音が響いた。  振り返ると、そこにいたのはモルガナの絶対的アイドルにして、エリート気取りの対堕竜討伐部隊『竜の心臓』の別動隊──黄金(ノーブル・ドール)の第一席をはじめとする美形集団だった。  彼らは煌めく星々を散りばめた深い青と漆黒のグラデーションの隊服の、胸元に輝く金のエンブレムをこれみよがしに指で弾きながら、ネットに上がっている俺の海パンブラのスクリーンショットをスマホの画面に表示させて、クスクスと品性のない笑みを浮かべている。 「俺たちはな、あのダルジャンの狂犬・モルドレッドとも実戦で刃を交えた、誇り高き『竜の心臓』のエリートなんだぞ。そんな俺たちの神聖なモルガナに、胸に蛍光グリーンの海パンを巻き付けて『ひゃんっ!』なんてメスの声を上げて暴れる露出狂のドブネズミが存在するなんて、組織の品位がドロドロに融解してしまうだろう。なぁ、みんな?」  ドールの男どもが「本当だよな、汚らわしい」「オメガの生殖器(子宮)が発情して脳まで狂っちゃったのか?」と、ネチネチとウザ絡みを仕掛けてくる。  彼らはモルドレッド戦を生き延びた(と記憶を改竄しているが、ボス堕竜の精神汚染によって1度無様に全滅している)という過去の経験から、自分たちを「実戦を知る選ばれし竜」だと完全に過信し、俺が夏休みにくぐり抜けた「海を沸騰させる狂愛の地獄」や「本物の因習ホラー」の規模を一切知らないのだ。  確かにこいつらは通常の堕竜なら倒せる実力の持ち主達だ。しかし異常個体の前では形無しだと云うことをその崇高で矜持ある純真な脳味噌は綺麗さっぱり記憶からデリートしちまってるらしい。 「あァ!? テメェら金ピカの噛ませ犬どもが、朝っぱらからゴチャゴチャと囀ってんじゃねえぞ……ッ!!」  俺の怒りのボルテージが限界を突破し、顔面のスカーフェイスが般若のように激しく歪む。  怒りで心拍数が跳ね上がったせいで、メンズブラのホールドを突き抜けて、甘ったるい濃厚なオメガフェロモンが廊下にじわじわと漏れ出し始めた。  その迫力に、ドールどもが一瞬「っ……」と怯みかける。  だが、この一触即発の緊迫感を、背後から突撃してきた純度100%のクソバカどもが完璧に粉砕した。 「おい直忠ァァァ! ほら、今日の分の『替えの胸用海パン』持ってきてやったぜ!」  ドタドタと通路を走ってきたのは、慶太とノチェルオだった。その後ろには武臣、斗真、炉舞も、なぜかそれぞれのマイ海パンを片手に持ってドヤ顔で並んでいる。相変わらず俺を入れて6人なのに、慶太は「俺たち5人の友情の証だ!」と計算グリッドをドブに捨てたようなアホの笑顔を浮かべている。 「見てよ直忠、今日持ってきた僕の海パンは黒の競パンだ! この間の蛍光グリーンよりホールド力があるから、直忠の140キロの胸筋バルクもしっかり固定できるよ!」  斗真が真面目な顔で、黒いピチピチの競パンを俺の隊服の上から胸元に押し当ててくる。 「ば、バカ野郎お前ら!! 学園にそんなもん持ってきてんじゃねえよ!!」 「何言ってんだよ直忠! 俺たちはお前がまたドールの気取った奴らにいじめられないように、5人でスクラム組んで『海パン防御陣形』を張ってやろうと思ってよォ!」  武臣がガハハと笑いながら、俺の背後で炉舞やノチェルオと肩を組み、なぜか「コミンジ5(ファイブ)!!」とポーズを決めた。  それを見たドールのエレガントなリーダーであるエレンが、再び大爆笑しながらスマホのカメラを俺たちに向けてきた。 「傑作だ! 変態オメガの周りには、計算もできないドブネズミのバカしか集まらないのか! ほら、その黒い競パンも胸に巻いて、俺たちの前で『コミンジ6』のダンスでも踊って見せたらどうだ?」 「……おい、金ピカ野郎」  俺の脳内のニューロンが、物理的に「ブチブチブチッ!」と数本焼き切れる音がした。  服の中で大胸筋がピクピクと怒りで痙攣し、怒りのボルテージで100倍のドス黒い旨味へと変わる。 「お前ら、俺は知ってんだからな? モルドレッド戦で本当は役に立たずに全滅したことをなぁ……。次にそのクソウケる金のエンブレムをヘラヘラ光らせたら、お前らの自慢の美形な顔面ごと、そのスマホを縦に真っ二つに叩き割って、七輪の炭火で高級シロコロ(ハザード肉)にして貪り喰ってやるからなァァァァァッ!!」  俺の般若の絶叫と、コミンジ5の「え、俺たち本当は6人だったの!?」という今更すぎるアホのパニックが、新学期の静かな教室前の廊下に爆音で響き渡る。  ◆  9月の授業終了後は、焦げ付いた有機物の匂いと、逃げ場のない残暑の湿気で満ちていた。  モルガナの空き教室でノチェルオが涙目で鼻水をすすりながら、団扇を激しく煽いでいる。彼がどこからか調達してきた、出所不明の肉塊が、年季の入った七輪の炭火の上で、脂を跳ね散らせながら不気味に蠢いていた。 「教室で火を使うなと何度言えばわかるんだ、この食い意地野郎!」  常識の盾である炉舞が、座学書を武器のように構えて激怒している。  しかし、その怒号は、圧倒的お馬鹿である武臣の歓声にかき消された。 「肉だ! 肉が網の上で死線(ステップ)を踏んで踊ってるぜーッ!」 「武臣、お前は少し黙れ。それと直忠、お前は衣服の概念をもう一度国家義務管理プログラムからやり直してこい」  慶太が青筋を立てて俺を指差した。  俺、真宵直忠。  全身は地下闘技場仕込みの凄惨な継ぎ接ぎ傷だらけだ。だけど、俺自身は自分のことを、どこまでも能天気でお人好しな男だと思っている。  制服は前がはだけ、その隙間からは、国家予算数億円が投じられた『対・堕竜特殊衝撃吸収型・特注メンズブラ』(修理済み)が、ハイドロプレスのごとく俺の豊かな胸元を完璧にホールドしていた。  しかし、問題は背面だった。  肉体の躍動を強調するためだけに極限まで削ぎ落とされた、極細の変態적コードクロス仕様。お揃いの下着と共に、俺の褐色の肌へと淫らに食い込んでいるラインが、薄いシャツの裏から完全に透けているらしい。 「え? 動きやすくて最高だぞ?」  俺は無防備に笑いながら、焼き上がった肉を口に放り込んだ。 「美味い! ノチェルオ、お前天才だな!」  俺の舌には、かつて俺を苦しめていた『錆びついた鉄パーツと焦げたレバーの味』は一カケラも残っていない。完全にロールバックされた純粋な味覚。  俺が美味そうに肉を食う笑顔を、何故だか配属室の入り口から、数ミリの狂いもなく見つめる影があった。  高潔なる集団の頂点に君臨する怪物、テオドア。  彼の視線は、俺の背中に食い込む黒い紐に異常固定されていた。俺の味覚を救う代償として、すでにその脳細胞をチェーンソーで引き裂かれ、恋か分からぬ執着のバグを発症した獣の瞳には、昏い独占欲だけがギラついている。 「……おい、直忠。なんでそんな美味そうに食えるんじゃワレェ!!」  突如、アンヘルが俺の胸ぐらをつかむ勢いで叫び声を上げた。普段の関西弁のツッコミ役としての仮面が、一瞬で激情の情緒崩壊モードへと変貌する。  俺の左目の失明を治癒させる『完全なる決着』の生贄となった彼もまた、理性の堤防が決壊していた。俺の両目がしっかりと自分を捉えるたび、彼の脳内には、乾いた錆びた金属の比喩のような狂気が吹き荒れるらしい。 「まぁまぁ、アンヘルも食えよ。ほら、毛玉も食いたがるぞ」  俺の足元で、白いふわふわした謎の生物──毛玉が『ミ゛ィ』と不穏な鳴き声を上げ、虚数空間の気配を漂わせた。  日常の皮を被った、限界寸前の歪んだ人間関係。  そこに、決定的な引き鉄が引かれた。  慶太が頭を抱えながら、皿の山を数え始めた。 「おい、皿の数が足りねえぞ。そもそも俺たち、今この部屋に何人いるんだ?」  その一言が、世界の因果をグニャリとネジ曲げた。 「え? 1人、2人、3人……」  武臣が指を差しながら、虚空を見つめて硬直する。 「4、5、6……7? あれ? おかしい、計算が合わねえ。1人多い……いや、足りない? 誰だお前はァァァ──ッ!?」  武臣の鼓膜を破るような絶叫が響き渡った瞬間、空間の重力が変質した。  広域認識災害──概念怪異『妖怪プラスワン』の強制起動だった。 「うわあああッ!? 脳が、脳細胞が引き裂かれるぅぅぅ!!」  炉舞が頭を押さえて悶絶し、慶太の顔面が恐怖で引きつる。テオドアやいつの間にか居たアンヘルといった超エリートの面々すらも、この不条理な精神攻撃の前に、一瞬にして理性を奪われかけていた。  ベースは引き算。しかし、不可視の衝撃波は、俺たち全員の股間を冷酷に駆け抜けた。  ──サワサワ、ザワリ。  刹那の静寂。  次の瞬間、配属室にいた男子候補生や登録生全員のズボンの内側から、かつて経験したことのない『圧倒的な、未知の涼しさ』が突き抜けていった。 「ひっ……!?」  慶太が股間を押さえてへたり込む。 「な、無い……一根一葉も、残ってねえ……!!」  炉舞が涙目で己のズボンの中を覗き込み、絶望に打ちひしがれていた。  配属室の人数を数え間違えたという、ただそれだけのバグの代償として、全員の股間の陰毛が、一根一葉も残さず綺麗サッパリと虚数空間へ消滅させられてしまったのだ。  あまりの恐怖と混沌。  エリートとしてのプライドも、高潔さも、すべてがツルツルの静寂の中に埋没していく。  その混沌のド真ん中で、一人だけツルツルになっても能天気に笑っている褐色肌の青年──つまり俺がいた。  俺は、国家予算の胸当てをパツパツに軋ませながら、毛玉を抱き上げてのほほんと言い放った。 「なんか股間が涼しくなって最高だな! なぁ、毛玉?」 『ミ゛ィ』  毛玉の短い鳴き声が、世界の歪みを静かに肯定し、アパートの庭にはただ、七輪から立ち上る焦げ付いた肉の煙だけが虚しく響いていた。

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