39 / 66

18アノマレコード:006-F(お台場特区猛毒概念・細胞浸食壊脱災害記録/サイコーにイカレポンチ②

 ──と云う訳であれから1週間が経ち。 「普通は偽竜は殺処分なんだけどね」 「ぐ、」  国家管理の最高機密隔離特区でもある、宗像のおっちゃんの司令官室で冷たい視線と言葉から、俺の喉に何か大きなものが詰まったような呻きが漏れた。  大胸筋をホールドする特注ブラの締め付けが、急に息苦しく感じられる。 「でも驚いたね、偽竜が竜に成っている」 「──は?」 「ナオちゃん、凄いの拾って来たね。あの子、堕竜と人間のハーフだよ」  宗像のおっちゃんは両手を組んだ状態でそこに顎を乗せて、側のPCを一瞥した。  それからまた俺に視線を戻すと、気だるげな瞳で、椅子の背もたれをぎしぎしと鳴らしながら、指先を開いて閉じてを繰り返す。 「精密検査したけど、あの子からは堕竜の遺伝子と人間の遺伝子が見つかった」 「そ、そんな事ってあるのか……?」  堕竜と、人間の、ハーフ……????  俺は自分の声も、Tシャツに包まれた身体も微かに震えているのに気付いた。  おっちゃんは「ん~~」と額を指先で搔きながらこう答えた。 「俺もこんなの初めてだよ。堕竜って本来神から堕ちたるオメガなんだよ。竜の番が何らかの禁忌を犯して神の座からおろされた女王だ。でも今の堕竜に子宮はないからオメガじゃない。その失われた子宮がどこに行ったのかは分からないけど──まあそんなことは今は良いか。ザルヴァートルの研究がここまで来てたとはね……堕竜の血肉を精子に転換して人間に受胎させるなんてね──しかも制御不能で処分も出来ずに手に余るから捨てるなんて、やっぱり詰めが甘いよねぇ。しかも竜に転換するなんて──正に奇跡としか云いようがない。失われた8つ目の大罪『無知』の竜ね……」 「じゃ、じゃああいつは、テロアは……」 「まあ、竜になれるならこっちとしては大歓迎だよ。対堕竜討伐部隊『竜の心臓(コル・ドラコ)』として迎える。但し」 「え?」 「あの子、本来ならおじさんの所で引き取って然るべき研究所に引き渡すのが規則なんだけど、でもそしたらどういう風に扱われるかわからない。人間と堕竜のハーフだ、研究材料として解体するかも知れない。もしくは生きたまま色々な方法で苦痛を与えたりして実験するかも。貴重なハーフの生体だからねぇ」  おっちゃんの乾いた言葉の重みに、俺の全身の継ぎ接ぎ傷がピキリと強張った。 「そ、そんなぁ、たのんますよ社長~!!」 「な~んて、冗談だよ冗談!! アハハ、ナオちゃんってば面白い顔~」  椅子をひっくり返しそうになりながら、おっちゃんはいつもの適当な大人に戻ってケラケラと笑う。 「じゃあ、そっちの寄宿舎にテロアは移すんだよな? おっちゃん」 「うん。それとも一緒に住みたいの?」 「いや全然。俺、オンボロアパートのマゾン高円寺の六畳一間で暮らしてんのよ? 只でさえ狭くて限界スペースなんだけど」 「だ・よ・ね~!!」    ──直忠が司令官室から出ていくと、宗像司令官は、ふうとため息を吐いた。  首を鳴らして椅子の背もたれをぎしっと鳴らすと、八乙女司令官補佐が書類を整理しながら口を開く。 「概ね合っていますが──良いのですか? あのように……もし何かあれば、特務機関仕様の規約違反として、許可を出した貴方が全ての責任を取らなければならない。それに堕竜と人間のハーフなど、生物学的にまず有り得ない。それに──あの【毛玉】と云う生命体をアノマレコードのデータベースの最奥から抜き出すことが出来ませんでした……もしかしたら……」 「ああ、アレね。さあて、どうなることやら。それに俺はね、あの子を気に入ってるの。それに堕竜と人間の子を研究所に渡したら、まずまともな扱いは受けられない。最悪死ぬだろうね。少なくとも人の血を受け継いでいて、コル・ドラコの一族と大差ない。しかも本物の竜だ。とんだお宝が転がり込んだと思わない? なら──立派な戦力として育てたら、周りのエリート候補生たちも文句は云えない。頭の固い上層部もね。ザルヴァートルは馬鹿ばかりだと思ってたけど、たまには役に立つもんだねぇ。まあ、あいつら的には皮肉な結果だけど」  ふふふ、と宗像司令官が壊れた排気ガスのように笑うと、八乙女司令官補佐はやれやれと首を振った。 「な~~アニキぃ」 「喜べテロア。お前は今日からコル・ドラコって最高位のアルファの部隊の一員として迎えられたぞ~。これでもっと美味い飯、贅沢が出来るぜ~?」  マゾン高円寺に戻るなり、俺はテロアのオレンジ頭をパチンと弾いた。 「それより腹減った~なんか食わせてくれよ~」 「はぁ~? お前なぁ。寄宿舎に行けば、食堂でなんか頼めばなんでも食わせてくれるぞ」 「やだ!! アニキの飯が食いたい!!」  テロアはオレンジの癖毛を乱暴に揺らし、拾われたばかりの野犬のごときパッションで、俺の褐色肌に鼻先を擦り付けんばかりの勢いでシャツの裾をぎゅっと掴んだ。 「あ~~!! めんどくセェなぁ!! 分かったよ! 但し! いつでも食えると思うなよ!? お前はもう住むセクターが違うんだからな!?」 「いえ~い」 「このやろッ、調子に乗るな。拳骨制裁!」  俺はこの不条理な世の中を文字通り泥を舐めながら生き残ってきた奴の舐め腐った態度に、140キロの胸筋バルクから繰り出される拳骨を一発お見舞いしておいた。 「いてっ!」 「正義の生活指導だ」 「これって……噂に聞く、でぃーぶぃーってやつかぁ~~~!?」  テロアは頭からたんこぶを生成しながらも、嬉しそうにピースサインを作った。 「あ~~そうだなぁ~~」  深夜、妙な擦れる音がしてそちらに視線を向けると、テロアがキャスト用の枕を片手に仁王立ちしていた。 「……なにしてんだよ、夜中に」  俺がベッドの中から胡乱な視線を向けると、 「一緒に寝て……」  世界の概念を殴り壊す男から、予想外の気弱な返事が返って来た。 「ええ……」  テロアは俺の戸惑い等無視してずかずかと歩みより、俺の布団にもぞもぞと潜り込んだ。 (狭……っ、しかももう寝る速度が早すぎて秒で寝てるし……!)  翌朝、テロアの足が俺の最高造形の顔面に直撃した状態で魘されている俺を発見したノチェルオが、「うわ、わ、何だこれ~~ッッ!!」と部屋に響くような大声を上げた。  その声を聞いて慌てて隣室から飛び出した炉舞が、俺の部屋のハザードな光景を見て爆笑した声で、俺は最悪の目覚めを迎えた。  次の日の夜も同じで、またテロアが枕を持ってやって来た。  本来ならもう寄宿舎でエリートとしての生活を送っている筈だが、「アニキの隣がもう少しだけ良い!」と駄々を捏ねられたので、お人好しの重力に抗えず、仕方なしに泊めてやることにしたのだ。  俺は溜め息を吐きながら、布団を叩いて「おいで」と促すと、テロアはこくりと素直に頷きながら、布団にもぞもぞと入って来てそのままスースーと息を立てて寝てしまった。  それから漸くエンブリオへの正規の引き渡しが完了した。  テロアは驚くほどのスピードで一般常識から魔力制御の訓練まで、スポンジが水を吸うように吸収して行くと、今では立派に「普通の日常生活」を送れるまでになるわ、モルガナの対堕竜実戦シミュレートで最上位の数値を叩き出すまでになった。 ◆  ──『テロア、四時の方向に大型の堕竜を認識。竜になって即座に対応しろ』  候補生稼働外時間の終わりを告げるように、インカムの無機質な通信網から、ナハトの低くクールな声音が響いた。 「ああ!? 四時ってどっちだよ!!」  支給品の特別仕様隊服に身を包んだテロアは、語彙力のない口をへの字に曲げてがなった。 『お前ホント馬鹿やんな~。お母ちゃんの腹の中に知性を一文字残らず置いて来たんかぁ? お前から見て右斜め後ろ10m向こうや』  アンヘルの色気のある関西弁が、ヘラヘラとした仮面の裏から容赦のない会話のテンポで野次を飛ばす。 「ウルセエ!! チンカス!! ──お、見つけた見つけた見つけたアァア!!」  テロアの深緑の双眸が、不条理に泥臭いステップを踏む標的を捉えてギラついた。 「俺はやる俺はやる俺はやってやる──!!」  本能のままに叫ぶ野生児の声を遮り、オペレーターの冷徹なカウントダウンが木霊する。 「ブランシュ・ネージュ号、出撃まで──十、九、八──三、二、一、〇!!」 『ヒャーハハアァア!!』  閃光と共に顕現したブランシュ・ネージュは、世界の絶対概念を殴り壊す世紀末覇者の如く雄叫びを上げると、お台場の硬いアスファルトを強く蹴りあげて大きく跳躍した。  目標の大型の喰骸は、全長40mはゆうにあろうかと云う巨躯。  硬い堅殻に覆われた竜と虫をミキサーで捏ね繰り回したような、生理的嫌悪感を抱かせる異質な外見をしていた。  その血肉を抉る対決に向けて、ブランシュ・ネージュは数万トン同士の噛み付きを予感させるように大きく身体を反らし、勢い良く己の巨拳をぶちこんだ。  瞬間、静かな水面に水滴が落ちて波紋が広がるように、堕竜の身体が物理破壊の時間差で大きくへこみ広がると、撓んだアスファルトを陥没させ、パッッと火花を散らす様に弾けた。  水道管破裂の間欠泉のように飛び散る、高熱の血液と酸の肉片。  その不快な悪臭にまみれながらも、ブランシュ・ネージュは口笛を吹きながら堕竜の心臓を平然と抉り出して潰し、内臓を引き摺り出し、飛び散る肉片の生々しさを執拗に愉しむように引きちぎって喰いだした。 「ヒュ~。やるねェ。期待の凶暴な新人ちゃんじゃねェの」  江戸っ子風のヤンキー口調を響かせ、モルドレッドは口笛を吹きながら肩を竦めると、ギザギザの歯を覗かせてクックッと愉快気に笑った。  そこにジーヴァが冷ややかなオーラを纏って現れ、ローテンションに溜め息を吐くと、無表情のまま呟く。 「脳筋。戦い方が雑。生理的嫌悪感」 「あいつ、絶対脳ミソのネジが焼き切れてる馬鹿やな~」  アンヘルが顔をくしゃくしゃにして、ヘラヘラとベーッと舌を出しながらテロアを指差した。  それを聞いた、瞬時に人の姿へと戻ったテロアが、脳のブレーキがへし折れたようなキレ芸でアンヘルに向かって中指を立て、此方も舌を出して激しく威嚇する。 「ははっ、俺はそういう奔放な剥き出しのパッション、好きだな~。ああいう不条理なのが居ると、人間観察も退屈しないからね」  テオドアが、目の奥を笑わせないサイコパス的な笑顔のまま、やわやわとした雰囲気を纏って笑った。 「ふん、僅か一週間程度の基礎調整期間の訓練で、実戦タスクをここまでやり遂げたなら文句あるまい」  赤髪のロングヘアーを揺らし、唯我独尊の器を誇るミハイルが、眉根をひそめつつ相変わらず不機嫌な顔で偉そうに王者の風格で呟いた。 「モルドレッドもテオドアも、あのエラー個体に甘過ぎだろ……」  感情のメーターを戸惑いに振らせ、げんなりした表情のナハトは、冷めた視線でやれやれと云った風に肩を竦めた。  ──その次の瞬間だった。  テロアは突如、自傷精神腐食災害にでも襲われたように額に手をあてて唸ると、その場に泥のようにつまらなそうに踞ってしまった。 「なんだ、恐怖で糞でも漏らしたか」  ミハイルが腕を組みながら、他者を見下す暴君のトーンで、ふんと鼻を鳴らしてフハハと笑った。  その傍らでは、地面の蟻が通る道に小枝を突き立て、地味な進路阻害の嫌がらせで情緒の飛んだ遊びに興じるジーヴァが佇んでいる。 「こちら合同班、目標の討伐に成功。テロアの戦闘能力は間違い無く正規の戦力になると確認しました。指導官、可能であれば堕竜の死体の速やかな回収をお願いします──、おい、何だそれは」  ナハトはテロアの異変に気づくと、一瞬の瞳孔収縮と共に、慌てて彼に向かって駆け出した。  正気の揺らぎを瞳に宿し、信じられないと云った表情で、悶絶するテロアと周囲のコル・ドラコの面々を交互に見ながら眉を顰めて、 「おま、お前ら、こいつの傷口から溢れる血を見て、何とも思わないのか!」 「うんこやろ?」  腕を頭の後ろで気だるげに組みながら、アンヘルが「どしてぇ?」と関西弁の絶妙な間で首を傾げる。 「何か道に落ちてる焦げた有機物でも食ったんじゃねーか?」  野生児だしな、とつまらなそうな顔で、挑発的に小馬鹿にするような凄みを漂わせるアクシャラ。 「どう見たって脳ミソを直接抉られて苦しんでるだろうがッ! この……血も涙も無い執着バグの悪魔共めえええ──ッッ!!」  乾いた街の空間の中に、ナハトの狂おしい雄叫びが木霊した。  うううぅ、、と脂の爆ぜる音を響かせて唸っていたテロアが、ピタッと機械的に固まると、不意に顔を上げた。 「────!?!?!?」  そのテロアの姿を、ナハトは目を見開いて、口を半開きにした無機質な拒絶のトーンで呆然と見つめた。  血がベチャベチャと波打つように溢れる額から、肉を突き破って1本の立派な角が生え出していた。 「サイッッコーにごきげんな角ッッ!!」  テロアは額から高熱の血液を撒き散らしながら、野生のタフさで勢い良く立ち上がると、ゾンビ(ラット化)を誘発するかのようなピースサインをして、ふふんと自慢気に鼻を鳴らした。  ピシピシピシャッと、脂の爆ぜるような熱い血がナハトのクールな顔に掛かると、彼は脳細胞をチェンソーで引き裂かれたような表情でテロアを見た。 「おいなんだそれは」  自分と同じ支配者の証たる角が生えた事に、唯我独尊の器である己のアイデンティティーを奪われると危機を感じたミハイルが、あからさまに不機嫌な顔でテロアを見て、低音の威圧感で忌々し気に舌打ちした。 「おや、綺麗な角が生えたね~」  テオドアが、目の奥を笑わせない人間コントロールの微笑を纏いながら、底の知れない独占欲を孕んで笑った。 「男前になったやん、自分」  アンヘルが容赦のない容認の関西弁で豪快に笑うと、ナハトは「こいつらホント、脳のスイッチ切れてる馬鹿……」と云った顔で、震える指先でインカムを叩き、合同班の強制回収を頼んだのであった。  その刹那、何の不条理な因果の歪みか、無慈悲なエリアハザードの警報が街中に鳴り響いた──。 『堕竜警報!! 全方位に広域認識災害!! 直ちにコル・ドラコ全部隊長は、至急オペレーター室に出頭せよ!!』 「おう、テロアァ。お前の初陣、本物の大罪の出番だぜェ~! クハハッ」  モルドレッドが、世界を血の海に変える争いを予感して愉快そうに嗤った。 ◆  鉛色の雲が重苦しく垂れ込め、海水が焦げ付いた重油のように不気味な黒紫に変色していく、現代日本の最前線──東京湾お台場。  特務機関エンブリオの中枢オペレーションルームは、絶叫と認識災害の警報音が交錯する、乾いた地獄と化していた。  メインモニターに映し出される数値が、物理法則の完全な崩壊を告げて明滅を繰り返す。 「次元断層に極大の不条理な歪みを検出! 位相空間の隔離結界が内部から破綻します! ボス堕竜、地上への出現まで十、九、八──」  幾重にも重なるオペレーターたちの、脳ミソを錆びついたノコギリで抉られるような悲鳴の如き怒号。 オペレーションデスクの操作パネルを叩く指先が、致死性の恐怖で激しく震えている。 「全防衛ラインへ最大級の警告! 次元圧力が測定不能値へ突入! 三、二、一──現出ッッ!!」  ドバッ!!  と、空間の縫い目が最大質量物理で引き裂かれ、次元の亀裂から吐き出されたのは、あまりにも理不尽な悪意に満ちた肉塊の巨塔だった。  全長100メートルを超える圧倒的な破壊の衝動。  それは、天界から堕ちた神たる竜の美しさすら留めていない。  漆黒の濡れた鱗の隙間という隙間から、生理的嫌悪感を極限まで高める生々しい「人間の口」が無数にベチャベチャと生え揃い、不揃いな黄ばんだ歯を剥き出しにして、ネバつく黒液の粘液を撒き散らしている。 特異個体『UE-09』──のちに堕竜『毒果(ポイズン・アップル)』と呼称される、世界の歪みの顕現であった。 「前線部隊、ワイバーン部隊を展開せよ! 対竜魔力解放! 一斉射撃用意!!」 「対竜魔力収束、完了! 固定砲台、弾頭へ魔力充填率一二〇パーセント!!」  オペレーターの絶叫が響き渡り、指令室の緊張感は脳ハザード寸前まで跳ね上がる。  巨大な魔力充填砲が、ポイズン・アップルの不条理な巨躯へ狙いを定める。 「っテ──ッッ大射!!!!」  発射のショック波で、東京湾の海水が数百メートルにわたって円形に吹き飛び、アスファルト陥没の時間差を越えて空間が共振した。  山をも穿つ数千発の高純度魔導徹甲弾が、焦げた有機物の比喩のようにポイズン・アップルへとなだれ込む。  しかし──。 「──っ!? 魔法弾、ダメです!  全く物理破壊の効果がありません! 外皮の概念汚染による不条理 HAZARD により威力が完全に相殺……無効化されています!!」 「そんな……っ! 既存の戦術データにない、世界の歪みの波長です! 前線のワイバーン、魂のパスが逆流! 制御不能の精神侵食により、自らの爪で自傷行為を開始しました!!」  オペレーター室は、五感がバグるほど完全な大混乱に陥っていた。  ポイズン・アップルの全身にある無数の人間の口が一斉に開かれ、「ジュプ、ジュルリ」脂の爆ぜる音という不快極まりない咀嚼音と、低周波のアラームを共振させる異音の嵐を放つ。  その「音の毒」の精神攻撃を脳ミソに直接浴びた味方のドラゴンたちが、狂気により、自らの爪で自身の腹を割き、口の中に内臓の味が広がる中で生理的苦痛に悶絶し、内臓を引きずり出すという狂気の惨劇が広がっていく。  既存のデータベースは一切のゴミ箱行き。  絶望が支配する室内で、くたびれたスケベおっさんたる宗像司令官が、肘をついてモニターを見つめながら、煙草の灰をハイドロプレスの如く落として気だるげに呟いた。 「まあねぇ……あんな不条理なバケモノ相手に、お決まりの戦術データが通るわけないよねぇ」  冷めきった一言に、オペレーターたちが目耳からの出血を堪えて息を飲む。  宗像は錆びついた重油のような煙を天井へ吹き出し、鋭い眼光で命じた。 「通常のログじゃ埒が明かない。あの最高機密(アノマレコード)をぶち開けろ!」  システムが強制介入し、オペレーションルームの全画面が漆黒の警告画面へと切り替わる。 【アノマレコード 認識ログ:UE-09-S】 【対象識別:堕竜『毒果(ポイズン・アップル)』】 【固有属性:猛毒概念浸食・細胞壊死壊脱──全身の『口』から解き放たれる不協和音および不快な咀嚼液。これを浴びた対象は皮膚組織が瞬時にドロドロの腐敗粘液へと変質し、神経系への過負荷により致死性の全身激痛と肉体崩壊を誘発する絶対的拒絶反応を確認】 【警告:現在、部隊長テロア、固有コードネーム/ブランシュ・ネージュの肉体浸食率、毎秒一二パーセントで上昇中】 【緊急介入:個体名『直忠』、魂のパスを介し『ポイズン・アップル』の全腐食負荷および猛毒過負荷を完全インターセプト】 「ぐ、がっ……あぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!??? きっ、来たか……!!」  その瞬間、お台場の地上防衛ラインに待機していた直忠の視界が、一瞬で真っ赤な血の海へと染まった。  ドグッ! と音を立てて、魂のパスが直結した彼自身の全身の毛細血管が一斉に破裂する。  バイタル危機の心拍急上昇の中、目、鼻、耳、そして爪の隙間から、粘つきのある濃密な滑血が噴き出した。  ポイズン・アップルが撒き散らす「肉体を内側から溶かす概念毒」のすべてを、直忠のお人好しなメンタリティが、テロアの代わりに「肩代わり(中和)」して吸い取り、その肉体へと怒涛の勢いで流れ込んでいく。 「カハッ……つ、ガ……っ!!」  直忠の右腕の褐色肌の皮膚が瞬時に黒変し、熟した有機物の果実のように爛れてボロリとコンクリートへ落ちた。  骨が剥き出しになり、脳ミソを直接錆びたノコギリで抉られるような狂気と致死性の激痛。  味覚障害のペナルティが強制起動し、口内に焦げ付いたレバーと重油の排気ガスの味が広がり、右目の視界は感覚障害により完全に漆黒へと没した。  器官の一時的部位消失の地獄。 「まだだ……っ! この俺のムチムチの肉塊が、まだ死ねるかよ……っ! テロア……思い知らせてやれぇぇッ!!」  直忠が血反吐をぶちまけ、膝を折りながらも、笑顔の裏の絶望を隠して絶叫する。  その魂の絆の咆哮に応えるように、最終カウントダウンが響き渡る。 「位相空間の固定完了! ブランシュ・ネージュ号の出撃まであと十、九、八──」  歪む空間の歪み。 異次元の亀裂から溢れ出すのは、絶対的な概念を誇る純白の閃光。 「三、二、一──ブランシュ・ネージュ、現世へ解放ッ!!」 『ルアアアアアアアアアアッッッ!!!!』  五感のバグる超重低音の咆哮。 降臨したのは、美しくも絶望的な第8の大罪『無知』の白竜──ブランシュ・ネージュ。  その純白の体躯から解き放たれるのは、空間そのものを腐食させる「絶対零度の猛毒」。  世界の物理法則を『知らねえ!』という理由だけで無視し、触れた生命体の細胞膜を内側から破壊し、肉体を紫銀色の結晶へと変質させて崩落させる、無垢なる恐怖の属性。  大怪獣級の巨体が、お台場の地盤をビル圧壊の時間差を伴って叩き割りながら衝突する。  ポイズン・アップルの無数の「口」が噴き出す黒紫色の腐爛粘液と、ブランシュ・ネージュが口腔から放つ紫銀色の極寒毒煙が正面から激突した。  ドババババババッ!! とお台場の海面が瞬間的に沸騰し、次の瞬間には粘濁した氷塊へと変質する終末論的演出。  自由になったブランシュ・ネージュの巨大な顎が、ポイズン・アップルの肉塊の塔へ深く噛みついた。  バキグシャアッ!! と、数万トン同士の骨と肉が砕ける生々しい泥臭い損傷の音が、大気を圧縮する衝撃波となって揺らす。  ブランシュ・ネージュの猛毒が噛み傷からポイズン・アップルの体内へと注入され、巨塔の肉片が内側から急速に結晶化し、ドロドロの壊肉となって削り落ちていく。  だが、ポイズン・アップルもまた死に体で暴れ回り、その生々しい触手と不快な人間の口でブランシュ・ネージュの胸甲を削り取り、有毒の返り血を浴びせかける。 「ガハッ……! ギっ……あぁぁぁぁぁっ!!」  その損傷の反動の全てが、地上の血の海に伏せる直忠の肉体を、歪みとなって打ち叩く。  左足の感覚までもが消失し、内臓が裏返るような生理的苦痛が喉を塞ぐ。  それでも──直忠の概念毒ダメージと引き換えに、ブランシュ・ネージュの猛毒は止まらない。  ポイズン・アップルの巨躯は全身を紫銀色に侵食され、無数の「口」が断末魔の悲鳴を上げながら、グズグズの腐爛物質となって、終末論的演出と共に完全ロールバックを拒絶して崩壊していった。  敵撃破の瞬間、直忠の「中和」により、破壊されたお台場のビルや街並みは一瞬で時間を逆再生し、ピカピカに逆再生修復された。  だが、直忠の精神的ダメージだけは修復されず累積していく。修復ロールバックまで24時間──。  その地獄の歪みの中で、テロアはと云うと──。  巨大なブランシュ・ネージュの白竜の姿のまま、満身創痍でピクピクと痙攣している直忠を見下ろし、インカム越しにバカ丸出しの野生的なクズっぽさで、お色気ハザードの予兆を孕んで叫んでいた。 『アニキぃいいい──!!!! 特注ブラを汗で濡らして、血ゲロまみれになって悶絶してるアニキも……めちゃくちゃかわいいッッ、サイッコーにエッチで大好きだァアアア──!!!!』  魂の番の絆を前に、そいつは文字通り、ただの馬鹿丸出しであった。

ともだちにシェアしよう!