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7 扉枠の傷

 7 扉枠の傷  ——そのはじまりは、ユリアンの、ほんの思いつきだった。  シリウスを拾ってすぐの頃、書斎の扉のところで、ユリアンはふとシリウスを呼び止めた。 「そこに立て。背中を枠につけろ」  言われるまま立った頭の上に、彼はペーパーナイフを水平に当て、扉枠に浅く傷をつけた。 「……閣下、これは、一体」 「記録だ。医者が、おまえは相当に背が伸びると言っていた。本当かどうか見てやる」  そのときの傷は、ユリアンの目の高さよりだいぶ下にあった。頭ひとつ分。視線を落とせば、シリウスのつむじが見えていた。  一年後の同じ日、二本目の傷がついた。ユリアンは黙って自分の目の高さを確かめ、それから、もう一度確かめた。  ——同じだった。目の高さが、並んでいた。  視線を動かさずにそのまま前を見れば、そこにシリウスの目がある。あの獣の目が、まっすぐこちらを見ている。距離が、急に近く感じられた。 「……食いすぎだ」 「申し訳ありません」 「謝ることか」 「は……いいえ」  シリウスは少し考えて、言い直した。そもそも、シリウスに「もっと食え」と食事を与えているのはユリアンで、食って大きくなることも、護衛になるために必要なことだと考えた。  ユリアンは何も言わずに書斎へ入り、扉を閉めた。なんだか少し、感慨深かった。  更に一年が経った同じ日、三本目の傷は、ユリアンの目線より上にあった。  ペーパーナイフを水平に当てようとすると、少し爪先立たねばならなかった。それが屈辱的だったので、彼は椅子を持ってこさせた。  椅子の上に立って傷をつけながら、ユリアンは隣で待っているものの気配を感じていた。あんなに痩せぎすだったくせ、今のシリウスの身体付きは、もう完全に大人の男のそれだ。 「シリウス」 「はい」 「……いや、いい」  言いかけた言葉を、ユリアンは飲み込んだ。  ユリアンは、誰かを見下ろすことが多かった。同じ目線の者さえ稀だ。だから、成人してから、誰かを見上げたのは彼が初めてだった。  そんなことを、口に出せるわけがなかった。  もう一年が経ち、四本目の傷をつけようとしたとき、ユリアンは椅子の上でよろめいた。  背中を、大きな手が支えた。 「危ないです」 「……離せ」 「離したら落ちます」 「落ちん」 「落ちます」  シリウスは静かに言って、そのまま動かなかった。ユリアンの背中の、肩甲骨のあいだ。手のひら一枚ぶんの熱。  ユリアンはペーパーナイフを握ったまま、しばらく傷をつけられなかった。  結局その日、四本目は、シリウスが自分でつけた。ユリアンの手からナイフを受け取って、自分の頭の高さに、自分で。  扉枠には、四本の傷が並んだ。医者の見立ては、正しかった。  一本目から四本目までの距離は、大人の腕の、肘から指先ほどもあった。

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