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11 峠

 11 峠  いよいよ痺れを切らしたエーリヒが本気を出したのは、秋の終わりだった。  領地からの帰路、峠で馬車が止められた。八人。賊を装ってはいたが、靴が汚れていなかった。  シリウスが、外へ飛び出した。  そこから先のことを、ユリアンは断片でしか憶えていない。金属の鳴る音。短い悲鳴。血の匂い。馬が|嘶《いなな》き、車体が傾き、誰かが血と泥に倒れる。誰かが逃げ出し、その足音が遠ざかる前に途切れる。  そして、扉が開けられ、最後の一人になった男が刃を振り上げた瞬間、間に黒い背中が割り込んだ。  肉を裂く音は、ひどく鈍かった。  ◆  刃は左の肩から胸へ抜け、焼き印を斜めに裂いていた。  医者が縫い終えたのは明け方で、ユリアンは一晩じゅう寝台の脇の椅子から動かなかった。湯浴みをするどころか、上着すら替えなかった。袖口が、乾いた血で黒くなっていた。  ゲルハルトは三度、着替えと食事を勧めて、三度とも断られた。四度目に執事は、毛布だけ主人の膝に掛けて、何も言わずに下がった。  夜明け前の一番暗い時刻に、ユリアンは、寝台の上の手を取った。  大きな手だった。自分の手が、その中にすっぽり入ってしまう。四年前は、自分よりも小さかった手が。 「……起きろ」  返事はなかった。 「起きなければ、あの金は全部、地上の野良犬にでもくれてやる。おまえは、それでいいのか」  返事はなかった。  ユリアンは額をその手の甲に押し当て、声を押し殺して、静かに泣いた。  ◆  昼過ぎ、シリウスの目が開いた。  見つけた瞬間、その顔に浮かんだのは痛みではなかった。安堵だった。  彼は、自分が刺されたことより先に、ユリアンの無事を確かめた。  ユリアンの中で、何かが折れた。四年かけてゆっくり|罅《ひび》が入っていたものが、そこで、はっきりと音を立てて折れた。

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