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白熱する選挙戦に、この想いを込めて――㉞
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生まれてはじめて囲み取材を受けたときに着ていたオーダーメイドの濃い目の色したスーツに合わせて、えんじ色のネクタイを締めた陵は、いつも演説している駅前のとある場所で、マイクを片手に握りしめたまま立っていた。
その表情はとても硬いもので、周囲に控えている仲のいいスタッフすら声をかけられず、それぞれ心配そうな面持ちで眺めている状態だった。
ピンと張り詰めた空気を身にまとっている陵の視線の先には、多くの有権者だけじゃなく、テレビカメラを抱えた取材陣がいい絵を撮ろうとごった返していた。
大盛況なその様子を、後方で二階堂と一緒に眺める。
「陵との打ち合わせはどうだったんだ?」
選挙プランナーの二階堂なら、どんなトラブルにも対応できるように、マニュアルくらい作成しているだろうと考えて訊ねてみた。
「……まったく話になりませんでした」
「何だって?」
「僕が提案しても、頑なに拒否されてしまったんです。『はじめが俺を守りたい気持ちは分かるけど、それじゃあ駄目なんだ』の一点張りで」
悔しそうな顔をした二階堂の背中を、一回だけ強く叩いてやった。
「わっ!」
かけていたメガネがずり落ち、驚きの表情をありありと浮かべる姿は、普段見る落ち着き払った彼とはかけ離れたものに見えた。きっと陵を思って、緊張していることが要因かもしれない。
「君が支える葩御 稜という男は、一筋縄ではいかない相手だってことだ。俺も手に負えなくて、かなり苦労させられてる」
くすくす笑いだしたら、二階堂の顔が何を言ってるんだという表情になる。
「秘書さんが苦労させられていることは、僕とは種類の違うものなんじゃないですか?」
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