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白熱する選挙戦に、この想いを込めて――㉟
「そんなことはないさ。俺が秘書という仕事している最中は、スケジュール通りに動くことがあまりない。陵のサービス精神が旺盛すぎて、気になったところにはすぐに寄り道するし、注意しても「相田さんなら何とかできるでしょ」なんて軽く言ってのけて、無理やり時間調整を頼む始末でね」
「確かに……。毎回じゃないけれど、時間が押していたときがありましたね」
「それに加えて、プライベートでは我儘放題。それが葩御 稜という男なんだ」
(俺が惹かれて止まない華のような君を、こんなふうに遠くから見つめることしかできないなんて――)
切なく思いながら陵を眺めたとき、遠くを見るように首を伸ばしながら顔をしっかりと上げて、俺に視線を合わせてきた。ほんの僅かな時間、強い光を帯びる眼差しとしっかり絡む。
黙ったまま首を縦に振ると、三度瞬きをしたあとに口の端をちょっとだけ綻ばせた。
俺が決意の色をその表情で悟った瞬間、腰を屈めるなり左手に持っていたマイクを足元に置く。目の前で行われる陵の奇行に、ギャラリーがざわつきはじめた。
そんなことを気にせずに姿勢を正してから、数秒間きちんと頭を下げて、ふたたび顔を上げる。
盛大に息を吸った形のいい唇が、吸いとった空気を全部吐き出すように大きく動いた。俺の目には、それらの行動がスローモーションのように見えてしまったのは、どうしてだろう。
「革新党公認候補の葩御 稜です」
張りのあるテノールが、大勢がざわつく声を一瞬でかき消した。芸能人のときに行っていたボイストレーニングの効果が、未だに有効なことを思い知らされる。
「陵さん、いったい何を言うつもりなんでしょうか。もしかして今回の選挙を、辞退するなんてことを……」
「それはありえない。これまで一緒に戦ってきたスタッフの苦労を無にしないようにと、どんなことがあっても歯を食いしばりながら、そこに立ち続ける男だから」
二階堂との話を中断するように、陵が話し出した。
「投票日まで残り3日となりました。こうやって皆さんの前に立たせていただくのも、もしかしたら今日が最後かもしれません」
(今日が最後って、それって二階堂の考えていたことが現実化するのか!?)
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