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白熱する選挙戦に、この想いを込めて――㊱
表情を一切変えずに淡々と喋る陵から、どうしても視線が外せなかった。
「昨日販売された週刊誌に掲載された私事について、この場にて釈明いたします。今から十数年前、当時の私は未成年でありながら、お酒を飲んだという記事が出ました」
とてもよく澄んだ声が、耳だけじゃなく心にも突き刺さる感じで聞こえてくる。陵の後方に控えている女性スタッフの数人は、両手で顔を押さえながらすすり泣いていた。
大勢の人がいる中でみんな揃って静まり返っているので、女性スタッフの嗚咽する声が妙に響く。
複雑な感情を抱えた陵の声を聞くだけで、得も言われぬ衝撃を受けているのが自分だけじゃないことが、目に映るスタッフたちの表情で分かった。
「掲載されているものすべてが事実ではございませんが、私がお酒を飲んだことについては認めます。大変申し訳ございませんでした」
「ほぉら、言わんこっちゃない! 芸能人だからって、何をしてもいいと思ってるんだろ!!」
深く頭を下げた陵に向かってヤジを飛ばした声は、聞き覚えのあるものだった。それは駅前で初めての遊説をしたときに罵倒した、元村陣営の息のかかった者によく似ていた。
これ以上のなじる言葉を告げさせないように、男のもとへ向かおうとした俺の肩を、二階堂が掴んで引き留める。
「行かせてくれないか」
「ダメです。秘書さんが行ったところで、火に油を注ぐことになるんです。それこそ元村陣営の思う壺なんですよ。行かないことが、陵さんのためになるんですから」
二階堂と押し問答している間にも、陵に聞かせたくない野次が方々から飛び交った。
「行かせてくれ、二階堂っ!」
「秘書さんは陵さんのことを、信用できないのでしょうか?」
「信用……?」
「選挙プランナーである僕の意見を、陵さんはすべて否定しました。そのときに、あの目をされたんです。そのせいで、無難な案は彼には無用なものだと分かりました」
微苦笑する二階堂の視線の先を追った。
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