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白熱する選挙戦に、この想いを込めて――㊲

 真摯な態度を維持しつつ、両手の拳をぎゅっと握りしめて何かに耐える陵を目の当たりにして、俺は言葉を失った。  見覚えのあるこの顔は、陵が刺されて入院していた病院で俺が見た、自分を非難するワイドショーを見ているときの表情とまったく同じだった。  自分の犯した罪を全身全霊で受け止めながら、心の奥底に秘めている決意を温めているに違いない。  そんなことを考える俺の視線の先で、神妙な表情の陵が澄んだ声で有権者に向かって語りかけた。 「未成年とはいえ、有権者の皆さんに非難されることをした私の罪は許されません。しかもそれを隠したまま選挙戦に挑むことも、立場上いただけないことだと存じております。ですが――」  ここでいったん一呼吸をおいて、瞼を閉じながら胸に手を当てる。変なところで溜めを作る陵に、例の男だけじゃなく他の有権者からも怒号が飛び交った。 「陵、何を考えているんだ。このままじゃどう見たって、印象が悪く映ってしまうというのに」 「秘書さん、この演説はビデオ録画しているのでしょうか?」  俺の心配を他所に、二階堂が変なことを訊ねてきた。 「ああ。何かあったときのことを考えて演説するときは、必ずビデオカメラを回してる。そういう約束だっただろ」  首を傾げながら言うと、二階堂は意味深な笑みを唇に湛えた。 「僕の勘なんですけど、いい絵が撮れると思うんです。ですから今日のビデオを、各局の報道関係者に渡していただけないでしょうか」 「こんなに非難されている陵を、テレビで晒すというのか?」 「言ったでしょ、いい絵が撮れると思うって。陵さんの反撃が、このあと間違いなくはじまる気がするんです。まぁこれは選挙プランナーをしてきた、僕の勘ですけどね」  二階堂の小さな笑みが満面の笑みに変わった瞬間に、陵は印象的に映る瞳を大きく開いて、目の前にいる有権者に視線を飛ばした。  散々罵詈雑言を吐いたあとだっただけに、有権者からは誰も言葉を発するものがいなかった。

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