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白熱する選挙戦に、この想いを込めて――⑮

***  克巳さんと別れて、二階堂とこれからの打ち合わせを終えて帰宅したのが、午前0時前のことだった。  鍵を刺し込み家の中に入ると、リビングの明かりが目に入る。 (もしかして、あの後まっすぐに俺の家に来てくれたのか?)  慌てて靴を脱ぎ捨て、リビングに続く扉を、勢いよく開け放った。 「お帰り。遅くまでご苦労様」  ソファに座っていた克巳さんが腰を上げ、ゆっくりと立ち上がる。迷うことなくその躰に、ぎゅっと抱きついてしまった。 「稜、事務所でのこと、なんだけど……」 「なに?」 「俺が女性と喋っているのを、あまり快く思っていなかっただろうなって。彼女は二階堂の元彼女で、いろいろ教えてもらっていただけなんだ」 「はじめの元彼女?」  克巳さんの口から告げられた事実に驚いてしまい、それ以上の言葉が続かない。 「そう。俺も驚いてしまってね。しかも書類のこととか先制攻撃をされたんで、何ていうか……ショックを受けてしまって」 「俺は克巳さんが考えてくれた案、自分で考えたものよりも、良かったと思ったから採用したのに」  ショックを受けたと言った彼を何とかしたくて、終わってしまったことを蒸し返すように告げてしまった。でもこれは、俺の中では本当に良かったと思ったものなんだ。 「選挙のプロである、二階堂が却下したんだ。稜が良いと思っても、駄目なものは駄目。仕方ないさ」 「でも……」 「ヤツとの話し合いで、いいキャッチコピーが出来た? 聞かせてくれないか?」 「それよりも先に――」  言いながら、克巳さんの頬を両手で包み込む。 「どうした?」 「キス、してほしい」  俺の言葉に引き寄せられるように顔を寄せ、優しいくちづけをしてくれた。  いつもならもっと濃厚なのを要求するところなんだけど、選挙が終わるまでは我慢しようと約束したから。  お互いに好きなものを絶って、絶対に勝つと決めたから―― 「んっ……稜、これくらいの感じなら大丈夫?」 「それなりに大丈夫かも。克巳さんの気持ちが、しっかりと伝わってきたよ」  さっきまで波打っていた心が、ゆっくりと鎮まっていく。こういうところで、好きな人の存在の大きさを思い知る。克巳さんは俺にとって、なくてはならない人だ。

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