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白熱する選挙戦に、この想いを込めて㊶

「陵の傍にいれば、いつかはチャンスが巡ってくる可能性だってある。違うか?」 「秘書さん、大丈夫ですか? 仰ってる意味を理解しているのでしょうか」 「もちろん。陵の秘書として、二階堂がいれば百人力だと考えた。デメリットは、愛しい人が自分よりもイケメンに狙われるということだが、何があっても平気だと思ってる」 (克巳さん、貴方って人は――)  心配になってふたりの会話に耳をそばだてる俺を尻目に、克巳さんは飄々とした態度を貫く。そんな彼を見て、二階堂が苦虫を噛み潰したような表情をした。 「ライバルに堂々とそんな宣言をされて、傍にいられるような図太い神経を、僕は持ち合わせていないですよ。秘書の話はお断りします」 「そうか、残念だな」 「秘書さんだけじゃなく、陵さんのガードも相当なものですから。押しても引いても、まったくびくともしなかった」  二階堂がパイプ椅子の背に、躰を預けたときだった。事務所にある電話が、けたたましい音を立てて鳴り響く。  電話の目の前にいたスタッフがすぐさま受話器を取り、相手からの要件をしっかりと聞きながらメモを取りはじめた。 「もしもし。はい、葩御(はなお)8100。元村16500」  もう一人のスタッフが電話の声に反応して、ホワイトボードに告げられた数字を書いていった。 「皆さん、落ち込んでいる場合じゃないですよ。開票は、まだはじまったばかりなんです。陵さんを信じて投票してくれた方が、絶対にたくさんいます。この差が縮まることを信じましょう!」  2倍の差をなきものにするような大きな声を張り上げたはじめに、すっかり気落ちしていた俺は笑うことができた。 「ありがとう、はじめ。このままもっと差がついたらどうしようって思ったらお先真っ暗になったけど、考え方ひとつで見え方が変わるものだね」  弾んだ声を聞いたスタッフたちは俺に気を遣ったのか、「これからですよ」「まだまだいけます」なんていう返事をしてくれた。このやり取りのお蔭で事務所の雰囲気が一気に変わり、それぞれ励まし合えたのが嬉しかった。  俺としては明るい雰囲気を維持できるような開票結果になると、このときは思っていたのに――。

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