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白熱する選挙戦に、この想いを込めて㊸
追う立場になると言いきった二階堂の言葉を思い出しながら、スタッフの返答を待つ。
「もしもし、葩御25800。元村42000……」
微妙すぎる得票差を聞いて、事務所にいるスタッフ全員が険しい表情になった。
「すごいね。俺に2万5千人も票を入れてくれた人がいるんだ」
暗く沈んだ雰囲気に包まれた事務所の中で、陵の弾んだ声が響き渡る。俺を含め、落ち込んでしまったスタッフを元気づけるために、気を遣って盛り上げただけかと思った。
「まだはじまったばかりですが、微妙に票が縮まっています。もしかしたらもしかするかもしれません」
陵のセリフに反応したのか、ホワイトボードを凝視した二階堂が、メガネを光らせながら大きな声を出した。普段は落ち着き払っている彼が興奮しながら告げたお蔭で、先ほどよりも事務所の雰囲気が活気に満ち溢れる。
開票結果を聞いたのはまだ2度目――先が見えないというのに、選挙プランナーの口からもしかするかもしれないという言葉が出たら、みんなが揃って期待するだろうに。
「二階堂……」
「秘書さん、何て顔してるんですか。貴方が一番、陵さんを信じなきゃいけないでしょう?」
「情けない話なんだが、開票結果を聞くたびに冷静になれないんだ。票差が縮まっていることを二階堂が指摘しなきゃ、まったく気がつかなかった」
肩を竦めながら吐露したら、陵がわざわざ俺のところにやって来て、左腕に自分の腕を絡めてきた。
「克巳さん、俺のことが信じられない?」
選挙戦の間は名字で呼んでいたのに、なぜだかいつものように名前を使って訊ねる。
何と言えば陵が納得するかを考えていたら、渋い表情の二階堂がやれやれと先に言葉を発した。
「僕としては最初からぶっちぎりの得票差で勝つよりも、今みたいにハラハラしながら追い上げていく選挙が好きです」
「はじめには聞いていないのに、どうして口を出してくるかな」
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