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白熱する選挙戦に、この想いを込めて――㉓
「君に修正された書類を、改めてチェックしてみた。ああして指摘したくなるのは、当然だと思う。はじめて手がけることだからこそ、きちんとしなければならないのに……」
俺の発した言葉に、やっと視線を投げかけてくる。それは軽蔑するようなものではなく、戸惑いに似た感じが瞳から滲み出ていた。
「昨日現れてから事務所での仕切りを見て、二階堂はその若さでよくやっていると感心させられた。負けないように、見習わないといけないね」
「……褒めても、何もありませんよ」
目元を少しだけ赤くし、ぷいっと視線を逸らすところが彼らしくなくて、思わず微笑んでしまった。
「分かってるさ、そんなことくらい」
「僕を持ちあげても無駄です。稜さんを奪うためなら、絶対に妥協しませんからね」
「望むところだ」
稜をかけて、互いにやり合ったときだった。
「お前のような人間に、安心して政治を任せられるわけがないだろ。とっとと辞めちまえ」
ジャージ姿の年配と思しき男性が、大声で罵声を浴びせてきた。その声に稜は凍りつき、棒立ちになった途端に、握手を求めていた有権者も散り散りに去って行く。
「秘書さんは、稜さんの元に行ってください。僕はあの男を捕まえます」
手にしていたタブレットで年配の男性を手早く撮影し、笑いながら逃げる背中を追いかける二階堂。その行動力の早さに驚嘆しつつ、稜の傍に駆け寄った。
「大丈夫か? 稜……」
本当は抱きしめて落ち着かせたかったが、人目のあるところではいけないと考え、左手だけを握りしめてやる。
「かつ……いや相田さん。ちょっとだけビックリした。大丈夫だから」
(無理をして――冷えきった手が、心情を表しているというのに)
俺を見上げながら無理やり微笑んだときに、周りにいたスタッフが集まってきた。
彼らから労いの言葉が次々と出てきたお蔭で、稜本来の笑顔が自然と顔に表れる。
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