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act:驕傲 【キョウゴウ】③
克巳さんが怒って俺の家に来たのは、その日の夜遅くだった。
「稜、君は一体、何をしたんだっ!?」
開口一番そう言った彼を苦笑いしながら、家に入れてやる。どんな言いワケ、リコちゃんにしたんだろうな♪
三日前のアリバイは当然、ないに等しいんだからね。だって俺とセックスしてたんだもん。そんなこと大事な彼女に、口が裂けても言えないさ。
「何って、何もしてないよ。たまたま通りかかった道すがら、克巳さんが女の人と仲睦まじく歩いてる姿を見つけたから、偶然激写しただけ」
「あれは俺の目の前でヒールが折れて、転んでしまった女性を助けていただけだ。誤解を招くような写真を撮って、理子さんに見せるなよ!」
「ええ~っ、そうだったの!? てっきりあの人と、仲良く浮気してるもんだと思っていたよ。だってあの道はホテル街に続いてるトコだし何より、リコちゃんと俺を平気で二股かけてる克巳さんなら、三股もアリかなって♪」
ズバリと核心を突いてみせたら、悔しそうな表情を浮かべ黙り込む。
アリバイのない彼を陥れるために、モデル仲間の可愛い女の子に頼んで、克巳さんの目の前で演技してもらったのだ。あの絶妙なタイミングで、上手い具合にヒールを折るなんて、なかなか出来るものじゃないと思うよ。
運命の出逢いのようなシチュエーションを作ってくれた彼女には、主演女優賞をあげるべく報酬として、イケメンモデルの紹介をしてあげた。
「それでリコちゃんには、何て言って説明したの?」
込み上げてくる笑いを何とか噛み殺して、神妙な顔をしてる克巳さんに訊ねてみる。
「君に説明したままだ。納得していない感じだった……」
よっしゃ~! 不仲に拍車がかかったね。
「そのまま、別れちゃえば良かったのにぃ」
「……悪いが今は、そのタイミングじゃない。もう少し時間をかけて、距離をとってからの方が、彼女の傷が浅いだろうし」
はぁ!? 何、寝ぼけたことを言ってくれちゃってんだか。リコちゃんのキズなら俺が優しく、癒してあげるっちゅーの。
「へえ。そうしてズルズルと、俺と二股かけ続けるつもりなんだ」
苛立ちながら舌打ちして、克巳さんの横を通り過ぎ、音を立ててソファに座った。目の前のテーブルに置いてあるドラマの台本を、渋々手に取る。
「克巳さん俺はね、アナタに二股かけられるような安い男じゃないの。悪いけど帰ってくれない? こう見えて、すっげぇ忙しいんだからさ」
バツの悪そうな顔した彼に告げた瞬間、傍に置いていたスマホが、軽やかなメロディを鳴らした。
――この音は森さんからだ。
「はいはーい♪ お疲れ様です」
呆然と立ち尽くす克巳さんに背中を向けて、目の前で楽しそうに電話をしてやる。マジで邪魔だな、とっとと帰ればいいのに。
「明日の予定ですか? 一日ドラマの撮影が入ってますけど。はい、はい……でも撮影が押したら、何時になるか――」
頭の中に入っているスケジュールを考え、俯いて喋ったら突然スマホを奪われた。
「なっ!?」
「もしもし……アンタ、稜の何なんですか?」
「ちょっと克巳さん、返してよ!」
ヤバイよ、森さんからの電話なのにっ――
「あ? 俺ですか、俺は稜の恋人です」
その言葉に、青ざめるしかない。
何度目だろう、この光景を目の当たりにしたのは――俺と寝た男たちは、決まって争いだしてしまう。それこそ独占欲を振りかざし、それぞれが稜は俺のものだと言うのだけれど。
(俺は誰のものでもないし、誰のものにもならない)
心の中で、コッソリ告げてやる。
「稜は、アンタのトコには行かせませんから。しつこく付きまとうの、やめて下さいっ!」
目を吊り上げながら一方的に怒鳴って、通話を切ってしまった。
「ちょっと、何してくれたのさっ。その人は仕事上の、大事なパートナーなんだよ。これから仕事が回ってこなくなるだろ!」
苛立ち任せに克巳さんに掴みかかると、いきなり躰を抱きしめられ、床に組み敷かれてしまう。
「ちょっ、何す――」
「君は躰を売ってまで、どうして仕事をしているんだ?」
「そんなの決まってるだろ! 有名になって、リコちゃんを迎えに行くためさ」
「……有名になって迎えに行ったとしても、彼女は君を受け入れない」
吐き捨てるようにして言い切った、俺の言葉を否定するためなのか、切なげな表情を浮かべ、苦しそうに告げた克巳さん。
「なんでだよ!?」
「理子さんの記憶には君との思い出は、ほとんどないに等しかった。アルバムにも一枚しか、写真が残っていなかったしね」
「そ、んな……」
「もしかしたら記憶があったのかもしれないが、どこか辛そうな顔していたよ。ただ一言、稜くんに出逢わなければ良かったって言ってた」
リコちゃんが、俺のことを――
「だからもう躰を売ってまで、仕事をすることなんてない。どんなに頑張っても、無駄なんだからね」
「っ……、ぅそ。嘘だ……」
「俺は君のことが好きだから、絶対に嘘はつかない。約束する!」
そう言った克巳さんの顔が、じわりと歪んで見えた。頬に伝っていく熱い涙が、ひっきりなしに流れ落ちていく。
「可哀想に、そんな顔をしないで。俺が愛してあげるから」
キズついた俺を癒すように、克巳さんが優しく口付ける。その唇からあたたかさを感じたけれど、一度凍り付いてしまった心までは届かずに、ぬくもりは表面上だけだった。
抵抗する気の失せた俺はその後ベッドに運ばれ、されるがままでいた。まるで心と躰が金縛りにあったみたいで。
もう何も考えられない――大好きなリコちゃんが手に入らないなんて、信じたくはない……
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