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act:毒占欲の果てに③

「――警察の事情聴取、克巳さんは終わったの?」  ベッドのそばにある椅子に腰かけ、ぼんやりと考え事をしていた俺に、唐突に投げられる質問。俯いていた顔をあげ、稜に向き合うようにしっかりと座り直した。 「ああ……大したことは聞かれなかったけどね」  男と揉み合ったときに怪我をしたので被害者扱いとなり、三回ほど警察署に顔を出して、昨日終えたばかりだった。   「俺もここで、事情を聞かれたんだけど。ひとつだけ腑に落ちないことがあって」 「何だろうか?」 「……俺の持ち物さ、一個だけなくなってるんだ。克巳さんそれの行方、知ってるだろ?」  稜の言葉に息を飲み、すっと視線を伏せるしかない。 「あのバタバタした状況で、俺の物を持ち出せるのはアナタだけだ。アレをどこにやったのさ?」  直視するようにじっと見つめられ、それが自分を責めているように感じて切なくなった。俺としては、彼のためにやったこと。勝手な行動だけど…… 「君が治療中に売店で雑誌を買って、それに包んで捨てたよ。だってもう、必要のない物だろ」 「そんなの、見つかっても良かったのに。そしたらリコちゃんと同じ、犯罪者になれたのにさ」 「稜っ、何を言ってるんだ!?」  あの現場で傷つき、横たわる彼のポケットからスタンガンを見つけたときに、すべてを悟ってしまった。きっとこれで、理子さんを襲うつもりだったんだろうって。 『先日、この場所で芸能人でモデルの葩御 稜さんが、暴漢に襲われました。縺れまくった男女関係を、ここで整理してみましょう』  俺たちの話を遮るように、芝居がかった口調でテレビが情報を流す。これを見てまた君が、もっと傷ついていくんだ。  辛い内容を聞いてはいられないので、叩くようにテレビの電源を切り、稜の躰をぎゅっと抱きしめてしまった。 「こんな風に報道される俺みたいな人間、死んじゃえばよかったのに。どうして助けたのさ、克巳さん」 「俺は……どうしても、君に死んでほしくなかった。稜が生きて、辛い思いをすることは分かってはいたけど。それでも俺が君を、ずっと支えていこうって決めたから。それで――」  以前よりも細くなった躰を、これでもかと抱きしめてやる。彼が生きてる証拠の温もりが、自分の躰にじわりと伝わってきた。 「それこそ自分勝手だね。克巳さんの独占欲を振りかざしても、俺は手に入らないよ」 「分かってる、それでもいい。君の傍にいられるのなら」 「大概にしてよ。毎日こうやって顔を付き合わせる、俺の気持ちを考えてほしい……毎日、こうやって――?」  稜は俺の躰をみじろぎして押し返し、じっと顔を見つめる。さっきまで死んだ魚のような目をしていたのに、何かを思いついたのか、瞳が震えるように動いていた。 「克巳さんアナタ、仕事はどうしたんだ? かすり傷程度で一週間も休みをとるなんて、実際おかしいだろ」  刺すような視線が辛くなり、思わず下を向く。真実を知ったら君は、自分を責めるのが目に見えるから。 「……上から自宅謹慎を命じられた。今、勤めている本店からどこか遠くに、出向させるらしい。どこに飛ばされるか決まるまで、ずっと休みなんだ」  俺の言葉に、ひゅっと喉を鳴らし、息を止めた稜。やがて―― 「克巳さん、じゃんけんしよう!」  妙に明るい声で告げられた、この場にそぐわない台詞に、首を傾げるしかない。 「ほらほら、そんなアホ面しないで♪ じゃんけんぽんっ!」  言われるままに勢いでグーを出した俺に対し、稜はパーを出した。負けたと思った瞬間、その手で左頬を強く叩かれる。  パシーン!!  いい音が病室内に鳴り響いた。叩かれた頬が、痛みでじりじりと熱を持つ。 「どうしてっ……どうして何も、言ってくれないんだよ。今出してるその拳で、俺を殴ってくれって。お願いだから!!」  叩かれた反動で横を向いた俺の顔を、優しく両手で包み込み、瞳を涙で濡らしながら必死に訴えかけてきた。 「稜――?」 「俺に関わったせいで、克巳さんが不幸になっちゃったじゃないか。思いっきり責めてよ、お願いだから。お前のせいで全部、滅茶苦茶になったって、たくさん殴り倒してよ」  キレイな顔を歪ませ、ぽろぽろと涙を流し肩を振るわせる。引っ叩かれた俺よりも、君の方が何倍も辛そうだ。 「俺は、君を殴ったりしない。責めたりもしない。愛してるから」 「っ……」 「また笑ってくれるまで、嫌だと言っても傍にいる。これが俺の復讐の仕方だ。君の仕掛けた毒占欲に対抗するために、俺も独占欲を振りかざしてあげるよ」  大輪の華が咲くならば、俺の愛情という名の水を君にあげよう。稜の笑顔が見たいから――  流れた涙を拭うべく頬に両手をやり、ごしごし撫でてやった。 「ちょっ、何その拭い方っ。涙を拭うなら、もっと優しくやるものでしょ。克巳さんってそういうところが、意外と雑だよね」  俺の動作に文句を言いながら、何故か嬉しそうな面持ちの稜。 「やっ、悪かった。その……普段やり慣れないことだったし」 「これでも俺は芸能人なんだ。顔が命なんだよ、もう! これのせいで顔が歪んで仕事が来なくなったら、どうしてくれるのさ」  頬に添えていた両手を、包むように上から握りしめてきた――愛おしい人の手が、すぐ傍にある幸せ。そのぬくもりを感じ、顔を綻ばせながら安堵のため息をつく。 「……芸能人……ゲイ能人。ん、響きとしては最高だね。決めたっ!」 「突然どうしたんだ、わっ!?」  掴んでいた手を唐突に引き寄せられ、俺の躰をこれでもかと強く抱きしめてきた。 「克巳さん俺はこれから、ゲイ能人としてやっていくことに決めた。だから――」  先ほどまでの声色とは違う、力強い響きがそこにあった。 「それを傍で、克巳さんに見ていてほしい。こんな俺だからきっと、アナタを苦労させるかもしれないけれど、それでも」 「分かってる、分かってるから全部。頼りないこんな俺だけど、君を傍で支えてあげる……」  抱きしめてくる細い稜の躰をぎゅっと抱きしめ返し、その背中をいたわるように撫でてやる。  さっきの台詞、稜はどんな表情で言ったのだろう。綺麗な君と顔を突き合わせて、その姿を見たかったな―― 「克巳さんの優しさに、甘えさせてもらうよ。とりあえず仕事を終わらせてから」 「仕事?」  俺の躰から飛びのくように離れると、すぐ傍にある備え付けの電話に手を伸ばした。手早くボタンを押し、どこかにコールしながら口元を綻ばせる姿は、俺のあこがれた葩御 稜そのものの微笑みだった。 「あ、マネージャー。おはようございます、お疲れ様。突然で悪いんだけど、頼まれてくれないかな? 例の件に巻き込まれてしまって、職場を追われそうな人がいるんだ。○×銀行って言えば分かるでしょ♪ そうそう、その人。俺のこれからの、パートナーになる人だからね。どうしても守ってやりたくて」  受話器を持ちながら、こっちを見る視線。魅惑的な瞳を細め、俺をじっと見つめる稜――その眼差しに惹かれて、受話器を持っていない手を握りしめてから、手首に唇を押し当ててみた。 (君に教えられた、これの意味することは……)  俺が顔を上げると耳まで赤くして、慌てて手を引っ込めながら、思いっきり戸惑う表情を見せる。その姿を拝むことが出来ただけで、自然と笑みが零れてしまった。  まるで大輪の華に新しい蕾が出来、大きな花びらを開かせて、俺を誘っているように感じてしまう。  ――間違いなく唐紅(からくれない)の綺麗な華だろう。 「悪いけどちょっとばかり銀行にさ、圧力をかけることって出来る? 確か、取引があったように記憶してるんだけど。うんうん……よろしくお願いしまーす♪」  照れる姿を誤魔化すように、はしゃぎながら言い放つと、俺に睨みを利かせてため息をつき、ゆっくりと受話器を元に戻した。 「いきなり、何してくれちゃってんだよ。こっちは、電話中だっていうのに!」  文句を言いつつ俺が手首に付けた痕を、嬉しそうな目でじっと見つめる。その視線はどこか懐かしそうであり、切なげで目が離せない。 「俺の職場のこと、わざわざ手を回さなくてもいいのに」 「何、言ってんのさ。本来なら俺に向かって、文句を言ってほしかったよ。お前のせいで人生がダメになった、どうしてくれるんだって……」  言いながら、またしてもぽろぽろと涙を零す。  自分のことのように心を痛める、彼の姿をどうにかしたくて無理矢理、躰を引き寄せてみた。そして涙に濡れる顔を、胸元に押し付けてやる。 「文句なんて言わない。君のことを、勝手に好きになっただけなんだから」 「俺は……自分のことしか見えてなくてっ……自分だけが不幸だって思いこんでた。毎日面白可笑しくテレビに流れる自分の姿に、ほとほと愛想が尽きてしまったんだ。大好きだったリコちゃんも、結局手に入らなかったしさ……ボロボロの俺にどうして克巳さんは、優しくしてくれるんだ?」  俺の背中をぎゅっと掴み、悲痛な叫び声をあげる。柔らかい黒髪を、いたわるように撫でてあげた。 「……それでも君は君だから。今は傷ついてボロボロだろうけど、君ならきっと、立ち直ることが出来るって信じている。稜の笑顔を、一番間近で見たいと思っているんだ。俺に向かって、笑ってくれるだろ?」  その言葉に何かを感じたのか、ゆっくりと顔を上げて窺うように黙視してから、ゆっくりと口を開いた。 「今の俺、空っぽだけど、立ち上がることが出来るかな?」 「じゃあお腹いっぱいになるまで、俺の愛情で満たしてあげるよ。君にとってのメリットは、何もないかもしれないけどね」 「メリットなんて……そんなの関係ない。はじめからアナタは俺に、まっすぐな気持ちをぶつけてくれたから。貪るように奪ってるのに、どこか優しいのが分かってた。そんなアナタだから、俺は――」  ……無条件に甘えてしまう――  押し殺した声で呟くと俺の躰を強く抱きしめて、ひとしきり涙を流した。まるで今までの想いを洗い流すような涙になす術がなく、ただ抱きしめ返すしか出来なくて。  そんな無力な自分が、本当に情けなかった。 「……克巳さんに、今すぐ抱いてほしい――」  泣きじゃくりながら無理なことを言い出す彼に、困惑の表情を浮かべるしかない。 「こればっかりは、お願いをきけないよ。ちゃんと傷が治ってからじゃないと、ダメだから」 「だって……すごく克巳さんが欲しいって思っちゃったんだもん。しょうがないじゃないか」 「困ったコだね、君は。そんな煽るような目をして言わないでくれ。自制が利かなくなるだろ」  涙に濡れた瞳は、いつも以上に俺のことを煽ってくる。心を解放して強請られているのが伝わるからこそ、手を出さずにはいられない。 「だって欲しいんだ、アナタのすべてが。ねぇ、ちょうだぃ……」  掠れた声に誘われて両手で頬を包み込み、稜の唇に自分の唇を思いきり重ねてしまった。 「ン、ンっ……もっと――っ」  俺の舌に、ぎゅっと自分の舌を絡ませて、逃げられないようにしてるクセに、まだ求めてくる。顔の角度を変えて、稜の口内を責めるように、舌を上顎に向かってぬるりと滑らせてやった。 「っ……あぁん、克巳さ……」  ついでに薄い病衣の上から背筋を下から上になぞってやると、ビクビクッと躰を振るわせた。甘い吐息を吐く稜の耳元に、そっと唇を寄せる。 「一応君は病人なんだ、大人しくしないとダメだよ」  そんなことを言いつつもイジワルな俺は、背筋に這わせていた指を、上から下へとなぞっていった。背中から腰へ、そしてその下にも―― 「ああぁっ……耳元で喋るの、やめっ……んっ、感じちゃ……うっ」  ただ指を上下に往復させているだけなのに、息を乱して体温を上げていく稜。 「そんな変な声を出していると、看護師さんが来ちゃうかもね。ちゃんと我慢しないと」  笑いながら形のいい稜の耳を唇で食んでやると、左手を振りかぶって、いきなり頭を殴りつけてきた。 「はぁはぁ……克巳さんのバカ! スケベ! もう知らないっ!」  俺の躰をどんと突き飛ばし、真っ赤な顔をして布団に潜り込む。そんな彼を見て、声をたてて笑ってしまった。  さっきの態度とは一変、元気な様子が嬉しくて堪らない。それに―― (欲しいクセに、一生懸命にガマンするなんて) 「今の稜の姿、何だか下着の中で猛ってる、君の分身の姿に思えてならないよ」 「なっ、何でそんな表現するかな//// それって酷くない?」  ちょっとだけ怒った声が、布団の中からくぐもって発せられた。俺は感じたままを、素直に言葉にしただけなのに。 「だって、そうだろ。ほら――」  布団の形状から稜の体勢を予想し両腕を突っ込んで、その躰を優しくまさぐってやる。 「ちょっ、いきなり触る、なんて……」 「ずっと触って欲しかったでしょ? うん?」  難なくヒットした手を迷うことなく、上下に扱いてみた。優しくゆっくりと――だけどしっかり握りしめて、強く刺激することを忘れない。 「あぁあっ、はぁん……も、何やって!」 「何って、マッサージ。そんなに腰を動かすと、せっかく塞がりかけた傷口が開くかもよ?」  布団の中で喘ぎ声をあげているので、外には漏れないだろう。そんな計算を冷静にしつつ、視線は扉に釘付け。いつ人が入ってくるか、分からないところだから。  なのにも関わらず、布団の中で思いきり乱れる稜の姿が見えないのが、ちょっとだけ残念だな。まったく、君って人は―― 「らってぇ……あんっ、克巳さんの手がすっごく、っ、んんっ……気持ち良すぎて、止まんない、ん……らもん」  ――いつも可愛いことを言ってくれる、困ったな。  目を閉じて、頭の中に想像してしまう――淫靡な稜を今すぐにベッドに張りつけにし、強く抱きしめてやる。俺の全部を使って感じさせてから跨って、ひとつに繋がる姿を思い描くんだ。  空っぽだと言った君に俺の愛情を注ぐように、何度も打ちつけてやりたい。知らしめてやりたい。 「っ……も、ああぁ、ンン……出ちゃうっ」  布団の上からぎゅっと稜を抱きしめ、そっと囁いてあげた。 「いいよ、受け止めてあげるから」 「克巳さんっ……はぁあぁっ、くっ!」  俺は君の全部を、受け止めてあげるから――  稜がイったのを確認出来たので、傍にあるボックスティッシュを使って、互いにそれぞれの汚れを落とす。 「もう……こんなトコでヤっちゃうなんて。ホント容赦ないよね、克巳さんってば」  もぞもぞしながら、布団から顔を出した稜。恥じらいながらも、美麗な笑顔を覗かせる。その笑みに応えるように、俺も微笑みかけた。 「君の笑う顔が見られるのなら、どんな場所だろうが、どんなことだってしてあげるよ」  綺麗な大輪の華が咲くのを、間近で見ていたい。だから―― 「俺は君の傍にいるから。安心して笑っていて欲しい」  どんなことがあっても、けして離れることはない――そんな風に、強く思ったのだった。

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