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白熱する選挙戦に、この想いを込めて――㉚

***  投票日まで残りあと4日になった。  遊説で出かけるときには必ずビデオカメラを持参し、稜を囲む有権者に気を配っていたが、あれ以来元村陣営からは妙な妨害もなく、肩透かしを食らった感じで日々が過ぎていった。  二階堂が今日の夕方撮影した駅前での映像をテレビに繋いで、嬉しそうにほほ笑んで眺める。  そこにはマイクを使わずに歌いあげる稜の姿が綺麗に映っていて、その音声が事務所に響いた。 『膨らんだ感情を押し付けるように私の中へと深く沈みこんで キツく抱きしめて離さないでいて欲しい 心も身体も蕩けるようにアナタを愛したいから♪』 「ハリのある澄んだ声のテノールが聞こえたお蔭で、たくさんの有権者の足を止めることに成功しましたね」  レイザップのCMとタイアップした稜のセカンドシングル【アナタをアイシテル】のサビの部分は、俺との行為の最中にいきなりメモを取って作詞したものだったりする。 「やめてよ二階堂、大音量で映像を流さないでって」  駅前では堂々と歌った稜が慌てふためいて、二階堂からリモコンを奪取しようと手を伸ばしながら俺をチラ見した。 『これを歌うときは、いつも克巳さんを思い出しながら歌ってるんだ。心を込めて歌う俺の気持ちを、きっちり受け取ってほしいんだけど』  そう言われて唇を塞がれたのは、いつのことだったろうか――  稜からの視線に口元を緩ませたら、くすぐったそうに微笑み返して顔を背ける。久しぶりに見る稜の照れた表情を見ることができて、仕事中だというのに不謹慎な気持ちになってしまった。  この場に誰もいなければ間違いなく、歌詞の願いを叶えてあげようと稜を抱きしめていただろう。 「相田さーん、お電話です。文藝春冬の記者だっていう方だそうで……」  その呼びかけに事務所がしんと静まり返り、テレビで流れている稜の演説だけが虚しく流れた。 「秘書さん、文春にすっぱ抜かれる記事でもあるんじゃ……」  接客用に設置されたソファから腰を上げて二階堂が声をかけてきたが、すぐには答えられなかった。だって―― 「ありえない。芸能活動していたときのスキャンダルについては、本人からすべて報告を受けているし、問題も解決したものばかりだ。今更何が出ても大丈夫なはずなのに」  事務所にいる者全員が俺に注目する中で、保留中になっている電話をとった。

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