4 / 13

第三話 ツンデレ水龍との出会い

   ある日、不知火(しらぬい)と春雷(しゅんらい)は調味料を買いに街へ出ていた。    賑やかな通りを歩いていると、春雷と同じ年恰好の子供たちがはしゃぎ回っているのが目に入る。  追いかけっこをして楽しそうに笑う彼らを見つめ、不知火がふと、隣の春雷に問いかけた。   「春雷、お前は……友が欲しいと思ったことはあるか?」 「私は不知火様がいらっしゃれば十分ですよ」     「いや、そういうことではなくてだな……。前に、麒麟一族(きりんいちぞく)の子供と話したことがあるじゃろ。同じ歳くらいの子との交流があれば...と思っての」 「声をかけて頂いたのです。お二人は優しい子たちでしたから」  前に不知火と遠出をしたときのことを思い出す。角が一つしかない麒麟の少年、少女は、春雷に優しい言葉をかけてくれた。  しかし、皆が皆そうではない。    どうにも煮え切らない不知火の様子に、春雷はふう、と小さく息をついた。これは何か事情があるな、と察したのだ。   「何か事情があるのですね」   「……わしの山の麓に、水龍の一族が暮らしておってな。そこの文官の跡取り息子が、春雷の一つ上なんじゃ。その子の姉が、弟の友を熱心に探しておる」    春雷は自分で買い出しの品を書き留めた紙を見つめ、次に買う調味料の品定めをしながら、不知火の言葉に耳を傾けていた。   「私と友になりたいなど、その弟さんは思わないと考えますが……ご家族であるお姉様からのご紹介となると、少し理由がありそうですね」   「……少々、気性が荒いんじゃ」    冷や汗をかきながら告白する不知火に、春雷は細めた目を向けた。   「私はせっかくの機会をいただけるなら嬉しいですが……」    そっと指先で、先ほどまで走り回っていた子供たちを指し示す。   「あの子たちのような、普通の関係を築くのは厳しいかと思いますよ」    その時、春雷の指に気づいた子供の一人が、彼の姿がハクビシン(忌むべき獣)であると気づいた。子供の顔から笑みが消え、握りつぶしていた泥団子を容赦なく投げつけてくる。十歳にもなればそんな仕打ちには慣れっこだった春雷は、ひょいと首を傾げてそれを避けた。   「不浄の者が!」   「こっちを見るな!」    浴びせられる罵声を気にする風もなく、春雷は淡々と買い物を続ける。その後ろで、不知火は「どうしたものかのう……」と深く頭を抱えていた。    買い物を終えた二人が山へ戻ると、春雷は買ってきた品々を戸棚へ丁寧にしまい込んだ。    その日は雲一つない青空が広がっていたため、中庭の東屋で不知火とお茶を飲みながら勉強に励んでいたが――にわかに、日の光を残したまま雨がパラパラと降り始める。   「おや、お天気雨でしょうか」    春雷が立ち上がり、干していた洗濯物を取り込もうとしたその時、お茶を啜っていた不知火が静かに声をかけた。   「春雷。お茶をあと二つ、用意せよ」   「え?」   「来客じゃ」    不知火が立ち上がり、玄関へと向かう。春雷は急いで追加の茶道具の準備に取り掛かった。    現れた来客は、透き通るような青い髪をした、愛らしい十五歳ほどの少女と、同じく青い髪を一つに結った美丈夫の少年だった。    不知火の角は燃えるような赤だが、彼らの額にある角は涼やかな水色をしている。二人とも上等な青い龍の刺繍が入った衣服を纏い、立派な角を戴いていることから、春雷はすぐに彼らが上流階級の身分であることを見抜いた。   (もしや、先ほど不知火様がおっしゃっていた……)    客間へ案内し、用意した二つの茶を出した瞬間、その少年は春雷をひと睨みし、露骨に軽蔑の眼差しを向けた。   「なんだ、この醜い生き物は」    春雷を指さし、露骨な苛立ちを隠そうともせず、怒鳴り散らす。あまりに真っ直ぐな悪意の衝撃に、春雷は言葉を失って立ち尽くすしかなかった。   「ちょっと、時雨(しぐれ)」   「小僧、今なんといいおった」   「不細工だと言ったんだ!」    言い放った直後、不知火の重いゲンコツが時雨の脳天に容赦なく振り下ろされた。    頭を押さえて悶絶する時雨を見つめながら、春雷は呆然とするしかなかった。(だから言ったではありませんか)という言葉を、そっと胸の奥に飲み込みながら。    痛みに悶える弟の隣で、すっかり呆れ果てていた少女が、春雷と視線を合わせた。   「ごめんなさいね、驚かせてしまって。あなたが春雷くんね。わたしは菜種梅雨(なたねつゆ)。このおバカな時雨の姉です」   「お初にお目に掛かります。私は不知火様の下男、春雷と申します」   「小さいのに、なんてしっかりしたご挨拶ができるのかしら。ねえ、よかったら、中庭を案内してくれない?」    春雷はちらりと、まだ不知火から雷を落とされている時雨を見た。自分を醜いと揶揄した相手を敬いながら案内するのは、流石に気が引ける。そんな春雷の心を察したのか、菜種梅雨は悪戯っぽく微笑んだ。   「春雷、二人きりで抜け出しちゃいましょう」    ふわりと笑う彼女の姿は、まるで大輪の花が咲いたかのようだった。その美しい水色の瞳に見つめられ、春雷は「喜んで」と、彼女の柔らかな手を小さな手で引っ張った。   「菜種梅雨様、最近、不知火様が素敵なツツジを植えてくださったのです。ぜひ見ていってください!」    嬉しそうに先導する春雷の後ろ姿に、菜種梅雨は「あらあら」と声を立てて笑う。背後から「姉上!」と泣きべそをかいた時雨の声が追いかけてきたが、不知火ががっちりと彼を捕まえてお説教を再開するのを見て、春雷はどこか晴れやかな気持ちになった。    中庭の東屋に菜種梅雨が腰を下ろすと、春雷はその足元でツツジの花を摘み始めた。   「春雷はお花が好きなの?」   「はい、大好きです。甘くて美味しいので」   「……えっ、食用なの?」    大真面目に頷く春雷に、菜種梅雨は目を丸くした。てっきり観賞用として愛でているのだと思ったからだ。  春雷は花を手に持ったまま菜種梅雨の前に立ち、彼女の背丈と自分の小さな体を比べながら、ぽつりと言った。   「菜種梅雨様はおいくつですか?」   「わたしは十六歳よ。時雨とは十歳離れているの」   「私も、十六歳になったら菜種梅雨様のように大きくなれるでしょうか」    羨ましそうな春雷の視線。小柄な春雷と彼女とでは、まだ二十センチ以上の体格差があった。   「春雷は男の子だもの。きっともっと、立派に大きく育つわよ」   「いつか不知火様を持ち上げられるくらい大きくなるのが目標です!」    菜種梅雨は、不知火のあの岩のような筋肉質の巨体を思い浮かべ、春雷の細い体を見つめて苦笑した。   「ふふ、それは少し、難しいかもしれないわね」   「なんと。それは残念です……」    がっくりと視線を落としてしょげたその時、足元の岩の隙間に何かが挟まっているのが目に入った。それは、見たこともない金色に輝く蛇だった。まるで太陽の光を閉じ込めたかのように、神々しくきらめいている。   「菜種梅雨様、蛇が挟まっています!」   「あら! 大変!」    菜種梅雨が東屋から駆け寄る。確かにそこには、金色の蛇が岩と岩の間に体をきつく挟まれ、ぐったりと項垂れていた。   「ヤマカガシではなさそうね……。でも、珍しい蛇だし毒があるかもしれないわ。触らずに、とりあえずこのまま置いておきましょうか」    霊獣の血を引く者であれば、蛇に噛まれても苦しむだけで死にはしないが、警戒するに越したことはない。春雷は静かに頷き、その場から数歩下がった。   「姉上ぇー!」   「あ、時雨だわ」    遠くから時雨が泣きそうな声で呼ぶのが聞こえ、菜種梅雨は手を振りながらそちらへ駆け寄っていった。どうやら不知火のお説教からようやく解放されたらしい。    走り去っていく彼女の後ろ姿を見送ってから、春雷は再び岩の隙間の金色の蛇に目を落とした。    春雷には、この蛇が恐ろしい毒蛇にはどうしても見えなかった。むしろ、その瞳は太陽のように気高く輝き、不思議な神々しさを放っている。   「……不浄だと、忌み嫌われるのは私も同じだからね」    春雷はそっと、蛇の体を圧迫していた重い岩を退かしてやった。しかし、蛇はするりと地面に落ちたまま、ぴくりとも動かない。    衰弱しているというよりは、生きる気力をすべて失ってしまっているように見えた。その様子に、春雷は静かに語りかける。   「帰れる家があるなら、早く帰りなさい。ここにいては、毒蛇として処分されてしまうよ」    蛇はチロチロと細い舌を出し入れし、まるで春雷の言葉を理解しているかのように彼をじっと見つめた。それでも動こうとしない蛇に、春雷は小さなため息をつく。   「……ここでただ朽ち果てるくらいなら、いつか私に恩返しでもしに来てください」    遠くから、時雨を|宥める《なだめる》菜種梅雨の笑い声と、それを見守る不知火の温かい気配が伝わってくる。春雷は反射的に、その「家族」の光景を羨望の眼差しで見つめていた。   「――私にも、夢があります」    誰も聞いていないだろうと、春雷は胸の奥底に秘めていた切実な願いを吐露した。   「誰も彼もが私を醜いと、不浄だと罵るこの世界で……ただ一人、一生に一人だけでいい」    太陽の光を浴びて、春雷の虹色の瞳が一層鮮やかにきらめく。   「私を一目見て、『綺麗だ』と言ってほしい。その一言さえあれば、私はきっとこの先、いつか一人ぼっちになったとしても生きていけるから」    蛇の太陽のような瞳が、春雷の顔をじっと見つめる。何度か舌を揺らした後、金色の細い体は滑るように草むらの奥へと消え去っていった。 「春雷、お待たせ!」    時雨の手を引いて戻ってきた菜種梅雨は、東屋に三人で座ろうと提案し、自らお茶を淹れてくれた。それは下男である自分の仕事だと春雷が慌てて止めようとしたが、菜種梅雨は「わたしが言い出したことだからいいのよ」と優しく笑った。   「改めて、こちらが弟の時雨。口はとびきり悪いけれど、本当は根がいい子なのよ。ほら時雨、ちゃんとご挨拶して」   「誰がこんな不細工と仲良くするか!」   「時雨! まったく、どうしてそんな酷いことばかり言うの!」    必死に弟を窘める菜種梅雨の姿がどこか不憫で、春雷は腹を立てつつも、大人の対応で挨拶を返すことにした。   「私は春雷と申します。どうぞお見知り置きを。……それで、まともなご挨拶ひとつ満足にできない、時雨公子(しぐれこうし)殿?」   「なっ、……無礼だぞ!」   「無礼なのはどちらでしょう。あなたの言う『礼儀』とは、大切なお姉様を困らせ、初対面の相手に不細工と言い放つことなのですか?」    ピシャリと言い返され、時雨はバツが悪そうに口を噤んだ。菜種梅雨の顔をチラリと見てから、消え入りそうな声で名前を口にする。   「……時雨だ」   「それだけですか?」    春雷が容赦なく追い詰めると、時雨は耳まで真っ赤にして、蚊の鳴くような声で呟いた。   「……よろしく、頼む」   「ふふ、春雷くんの方が一枚上手ね」    菜種梅雨と春雷の目が合い、二人はたまらず同時に吹き出した。  それからの日々は、驚くほど賑やかだった。 「春雷、勝負しろ!」  

ともだちにシェアしよう!