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第四話 突然の嫁入り
「なんのですか。私は下男の仕事があるのですよ」
「勉強でも剣技でもいい。お前のようなハクビシンは水龍より劣るところを見せてやる」
毎日突然やってきては、なにかと勝負したがる時雨に毎度呆れてしまう。
「……はいはい、私の負けでいいですよ。ハクビシンには敵いません」
「ふざけるな!」
殴りかかろうとした時雨の手を受け止め、そのまま背負い投げをすると、春雷は両手を叩いた。
「はい。あなたの負けです。まあ、受け身がとれたのはさすがですね」
何が起こったか理解ができない状態の時雨を春雷はわざと頭を撫でてみる。
「大丈夫ですかー?まさかハクビシンに投げられて泣いちゃいましたか?」
「……泣いてない! 次は勉強だ!」
まだ続くのかと、春雷は呆れたがこうなったら最後まで付き合ってあげた。
「東嶺青龍家 についての問題です」
時雨と一緒にきた菜種梅雨は、毎度問題を出す先生役をやってくれた。
「東嶺青龍家 に属する四種の龍の名前は?」
「これはわかる!水龍、火龍、天明金龍 ……」
時雨が勢いよく手を挙げると答えたが、どうしても最後まででてこない。結果時間切れとなり、すっと春雷が手を挙げて答えた。
「|賢者火龍、文官水龍、武官黒龍、統主天明金龍 です」
「春雷!お見事!すごいわ!」
「春雷はわしの教え子じゃからな。一般常識は熟知しておる」
「ずるじゃないか! 不細工のくせに生意気だ!」
春雷を指差して泣きわめく時雨に、不知火は容赦なくげんこつをした。
いろいろな勝負をした後は、三人で東屋に集まり、他愛のない会話を交わした。時雨が春雷に噛み付いては、倍の勢いで言い負かされて暴れ、それを菜種梅雨が何度も宥める。
――そんな微笑ましいやり取りが一ヶ月ほど続いた。
「こんなところで、何してるんだ?」
また勝負しろ、と言いに不知火の家に来た時雨を客間に案内すると、春雷はお茶を出してはそそくさと去ってしまった。どうやら今日は何やら用があるらしい。
不知火の部屋に入っていく春雷に訝しげに声をかけると、春雷は振り返りため息をついた。
「あなたも暇ですね。客間でゆっくりしてればいいのに」
「客人を放置するほうが無礼であろう。で、下男が主人の部屋には勝手に入っていいのか?」
「私は不知火様に掃除をするように頼まれているのです」
春雷は袖口から重々しい鍵をだすと、時雨の前に差し出す。
「よかったらお手伝いしてくれますか?」
「いいのか? 不知火様に怒られないか?」
時雨は辺りを見回して警戒をすると、春雷は思わず笑ってしまう。どうやら、ここ数日のげんこつは答えたらしい。
「もとより、不知火様はお見通しですよ。あなたが付いてきたら雑用に使え、と仰っていました」
「……水龍を雑用に使うとは、非常識だ」
「暇なのは事実でしょう。不知火様の家に毎日来るのであれば不知火様に貢献してください」
ふてくされる時雨を他所に、春雷は不知火の部屋を開けて、地下に繋がる扉の鍵を開けた。
「部屋に部屋があるのか?」
「不知火様が管理している部屋の地下に万象書庫 があります。今日はそこの整理です。あの方はすぐ散らかすので」
どうぞ、と手をこまねくと、時雨は本の数に圧倒される。
「すごい、こんなに本があるとは!これは全部不知火様が管理しているのか?」
「東嶺青龍家の賢者ですから。さて片付けますよ!」
床に散らばったままの本をさっさと集めると春雷は時雨に半分渡して、どの棚に仕舞えばいいか指示を出した。
時雨が渋々しまい始めると、本の隙間から金色の蛇がにゅるりと飛び出してきたので、時雨は「ぎゃあ」と悲鳴をあげた。
「なんだ! ヤマカガシか!」
春雷は蛇を見つけると、そっと引き寄せる。蛇は慣れたように春雷の腕に巻き付いた。
「……中庭で助けた蛇です。恩返しに来なさいと言ったら、時折こうして現れてはお手伝いしてくれるのです」
「すごい懐いてるな。毒蛇ではないのか……ん?」
時雨は蛇をまじまじと見ると、ただの蛇ではないことを見抜く。蛇にしては神々しい霊力を持っていた。
「こいつ、ただの蛇ではない。蛟 に近いなにかだ」
「蛟、ですか?」
「簡単に言うと青龍になりかけている霊獣だな。なんで中庭にいたんだろう。こいつは成長したら高位の青龍になるぞ」
春雷は腕に巻き付いている蛟を改めて見ると、イタズラに言う。
「……どうやら忌み嫌われてしまうのは私だけみたいだね。あなたも青龍になったら私に石を投げてくるのかな」
蛟は舌を出しては引っ込め、春雷の言葉に静かに首を横に振ると春雷は優しく笑った。
時雨は作業に戻り、この本はどこに戻すんだ、と聞いてくるので春雷も慌てて作業に戻った。
「この本はどの分類だ?」
「それは歴史書なので、左から2番目の棚にお願いします」
「これは?」
「それは兵法 についてなので右から3番目です」
あまりにも慣れた様子で話すので、時雨はじっと春雷を見つめた。
「まさか、全部の本を把握しているのか?」
「把握しなければ、整理はできません。内容を全て理解はしていませんが、私は全ての本を一度読んでいます」
「……すごいな」
あまりに素直に時雨が言うので、春雷は目を丸くする。
「なんだ」
「いえ、そういう素直なところもあるのだなって思いまして」
「失礼なやつだな。俺だってすごいやつは認めるさ」
ふん、と鼻を鳴らした後、時雨は床を見ながら春雷にぽつりぽつりと話し始める。
「水龍一族は代々文官が多く、皆生まれた時から頭の回転がはやい。俺だって水龍一族の中では優秀なほうだ。だけど、どんなに頑張っても両親は一度も俺を褒めてくれはしない」
春雷は片付けをしていた手を止めて、時雨のそばに寄ると、近くの窓に腰をかけて、ただただ時雨の話を真っ直ぐに聞いた。
「褒めてくれるのは姉上だけだ。だから勝ちたかった。姉上はお前を気に入っている様だから。姉上の前だけは、かっこ
つけたかったんだ」
「……菜種梅雨様が私を好きで気に入った訳ではありませんよ」
春雷は、蛟を膝に乗せながら口を開いた。
「……あなたが私の前では、ただの十一歳の子供になるからでしょうね。私に勝負を挑んだり、バカにしたりなど、そのような息の詰まる水龍一族の前ではしないでしょうから」
春雷は、まあ私もそうなんですが、と内心思った。
時雨といると、春雷は不知火の前とは違う自分になれる。
「それはそうだが……」
「あなたのことが心配で大切だから、一緒にいる私を気に入ったのです」
春雷はため息をついた。
「だから、そもそも前提が間違っています。私だから選んだのではない。あなたが大切だから私を選び気に入ったのです」
菜種梅雨からの愛情をどうして素直に受け取らないのか、春雷にはわからなかった。春雷のことを不知火が見つめるように、菜種梅雨も時雨を心配しているのだ。
「姉上は俺が大切なのか?」
「だったら、弟の友達を探しに、こんな辺境まで来ると思いますか?」
「お前よりもか!」
「ええ。例え私があなたより優秀でも、菜種梅雨様の一番はあなたですよ」
諭すように言うと、時雨の顔がぱあっと明るくなった。
「なので私もあなたを友として大切にします」
春雷の虹色の瞳が時雨をじっと見つめる。
時雨は春雷の言葉に答えるように笑った。
「……春雷は頭もよく武術も立つ。悔しいが優秀だ。俺の友に相応しいから認めてやろう」
「そこは、俺もだって言うとこですよ」
「うっるさい!」
「素直じゃありませんね」
こうして、時雨と春雷は菜種梅雨の願い通りに友達になったのだ。
掃除を終えて戻ると中庭に春雷は蛟を離し、別れを告げた。
蛟がいつか青龍になるというのならば、もうハクビシンと関わらない方がいい。
「あなたの恩返しは今日まででいい。あまり関わるのは得策ではないから、あなたはあなたの家に帰りなさい」
蛟はじっと春雷を見つめた。
「いつか青龍になり、私を軽蔑しようとも私は恨みはしない。安心して」
春雷は、そっと蛟を撫でた。
「あなたの未来が明るいことを祈ります。どうかお元気で」
蛟は名残り惜しいように春雷の手首に一度巻きつくと、そっと春雷の元を去るのであった。
蛟が去った後を春雷は見つめていると、いつの間にか金色の糸が手首にまきついている。
「これは?」
きっと彼からの感謝の印なのかもしれない。
春雷は糸を見つめながら、そっと微笑んだ。
そして、一ヶ月が経ったある日の夕刻のこと。
少し肌寒くなってきた中庭で、片付けをしながらいつものようにお茶会を終えようとした時、菜種梅雨が真っ直ぐに春雷を見つめ、静かに声をかけた。
「春雷。今日はね、大事なお話があるの」
その改まった雰囲気に、春雷も背筋を正した。
「春雷、わたしね――」
時雨は、隣に座る菜種梅雨の手を、痛いほどの力で握りしめたまま離そうとしなかった。
「――お嫁に行くことになったの」
「お嫁さんですか!」
幸せそうに微笑む菜種梅雨の顔を見て、その時の春雷は何一つ疑わなかった。
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