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第十一話 天命の邂逅
掴まれた腕を、春雷 は狂おしく叫びながら力任せに振り払った。
「紫電招来 ッ!!」
籠の隙間から凄まじい雷光が爆ぜ、全体に電流が荒れ狂う。まとわりついていた穢獣 たちが、肉の焦げる不快な音を立てて一気に弾け飛んだ。
――これで、ほんの僅かだが時間は稼げた。
春雷は激しく上下する肩を必死に抑え、浅い呼吸を繰り返しながら思考を巡らせる。
予想を超えて膨れ上がった穢獣の群れ。
浄化した先から、すぐさま再穢染 されていく警備兵たち。
そして――。
春雷は、自身の腕に巻き付いた金色の糸を見つめた。
(まさか、この糸が……全てを引き寄せているのか……?)
惑う暇もなく、籠の隙間からドロドロとした穢獣の不気味な指先が這い入ってくる。春雷は歯を食いしばり、至近距離から容赦なく紫電を放ってそれを焼き切った。
――単発の紫電なら、あと三回が限界。
――周囲を一掃する大技『紫電招来』にいたっては、あと一回使えば完全に霊力が底を突く。
まともな戦力を持たないハクビシンの身にとって、それは文字通りの死線を意味していた。
じわり、と掌に嫌な汗がにじむ。春雷は拳を強く握り締め、覚悟を決めて息を呑んだ。
(――やるしかない)
中途半端に撃てば、すぐに数に押し潰される。
狙うは、籠が完全に穢獣の群れに埋め尽くされる、最悪の一瞬。極限まで敵を引きつけ、最後の一撃である紫電招来を全方位に炸裂させる。
春雷は深く息を吸い込み、邪魔な笠をかなぐり捨てた。
視界を捨て、むき出しになった耳をピクリと動かし、籠の外から迫る無数の這いずる音、ねっとりとした呼吸音だけに神経を研ぎ澄ます。
すぐそこまで、死が迫っている。
三。
二。
一――今だ……!
「紫電しょ――」
まさに、その刹那。
春雷の視界が、文字通り「真っ白」に染まった。
「天雪無境 」
そう囁いた声が聞こえた気がする。
夜の闇をあとかたもなく塗り潰す、眩いばかりの光の濁流。
(次は、何が来る……っ!?)
反射的に腕で顔を覆い、籠の隙間から恐る恐る外を伺う。
――そこに、あれほど群がっていた穢獣の姿はなかった。影ひとつすら、残されていない。
ただ、圧倒的な静寂だけが戦場を支配していた。
一体、何が起きたというのか。
恐る恐る籠を出ると、先ほどまでの惨劇が嘘のように静まり返っていた。
ふと、頬にふれた冷たさに目を細める。チラチラと光を弾きながら舞い降りるそれを受け止め、なぞった。
――雪の結晶?
なぜ、突然に?
舞い散る雪を呆然と見上げていた春雷は、ふと人の気配を感じた。近づいてくる足音に慌て、先刻投げ捨てた笠を拾おうとする。
その時、不意に頭上から影が差し、誰かがそっと笠を被せてくれた。丁寧に顎の紐が結ばれていく。
「あ、ありがとうございます……」
思わず口をついた感謝に、目の前の人物がふわりと笑った。
笠の陰から覗いたのは、絹糸のように艶やかな金色の髪。白い衣装には、黄金の龍が眩しく打ち出されている。その気品に、息をのんだ。
この人が、自分を救ってくれたのだろうか。
青年は春雷の手を優しく引き、付いておいでと言わんばかりに歩き出した。
どこへ向かうのかも分からない。けれど春雷は、不思議と警戒を抱かなかった。差し伸べられた手に宿るのは一片の敵意もなく、ただただ穏やかな善意だけだったからだ。
春雷は思わず振り返った。
穢獣が埋め尽くしていたはずの大地は、まるで最初から何もなかったかのように静まり返っている。
降り積もる雪の中、二人の足音だけが夜に溶けていく。
(……夢、なのだろうか)
春雷を助けてくれる者など、不知火 や時雨 、黒南風 といった限られた者しかいない。不吉の象徴である不浄なハクビシンに関わろうとする者など、本来いるはずがなかった。
それなのに、この人は助けに来てくれたのだ。
誰だか分からないけれど、自分は救われた。
その事実を理解した瞬間、張り詰めていたものが音を立てて崩れる。
「……っ」
鼻の奥が熱くなる。気づけば涙が頬を伝い、春雷は何度も何度も袖で拭った。
その様子を察したように人物は一度足を止めたが、春雷が大きく呼吸を整えると、再びゆっくりと歩みを進めてくれた。
相手は春雷より頭ふたつ分ほど背が高く、龍特有の角は見当たらない。
透ける布越しに見える横顔は、どこか愛おしそうに微笑んでいるようだった。繋がれた手から伝わる体温が心地よく、闇深い夜道だというのに、彼の足取りには一切の迷いがなかった。
その時、空からひとすじの剣が舞い降りてくる。青年の掲げた手に吸い寄せられるように収まったそれを、彼はそっと背中の鞘へ滑り込ませた。
あの剣で、一瞬のうちに穢獣を滅ぼしたのだろうか。春雷の虹色の瞳には、その剣が一層輝いて見えた。鞘に納まる刹那、舞い散る雪の結晶がキラキラと光を増す。
ふと春雷の脳裏に、かつて不知火に叱られた『天命の書 』の一節が蘇る。
あれは確か、万象書庫 に眠っていた「春の章」――
星の哭く 夜
花は雷を宿し
龍は天を捨つ
二つの命が交わる時
楔 は軋み始める
「……なぜ、私を助けてくださったのですか?」
春雷が問うと、青年は一瞬驚いたように身体をこわばらせ、すぐに愛おしげな笑みを深めた。
返答の代わりに彼が指差したのは、春雷の手首に結ばれた金色の糸。
「糸が、何か……?」
首を傾げる春雷に、青年はくるりと振り返る。そしてゆっくりと繋いでいた手を解くと、春雷の両手を包み込むように重ね合わせた。
「何を――」
笠越しに顔を上げた瞬間。
そこに居たはずの青年の姿は、幻のように消え去っていた。
残されたのは、降りしきる雪と――重ねた春雷の両手に残された、幾重もの白い花。
「白い、手毬灌木 ……?」
紫陽花のように丸く、純白の花弁を寄せ合った可憐な花々。春雷は思わず言葉を失った。
「……どういう、意味でしょう?」
ハハ、と乾いた笑いを漏らした瞬間。視界が急速にひらけ、いつの間にか目の前には黒南風の屋城が佇んでいた。
※手鞠灌木
花言葉 誓い、約束、私は誓います。
花嫁が持つブーケに使用されることがあります。
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