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第十九話 光に結ぶ約束

 光芒(こうぼう)と時雨(しぐれ)の言い合いを何度春雷(しゅんらい)が仲裁しようとも止まらないため、早々に諦めて春雷は夕食の支度をした。  春雷は腕によりを掛けて、自身を気遣ってくれる二人のために、包丁の音を心地よく響かせながら料理を始めた。   「手伝うよ」    完成した料理を平屋の広間に運んでいると、縁側から顔をだした光芒が言う。   「話し合いは満足しましたか?」   「ちっとも。やつは頭が硬い」   「なっ! 無礼だぞ!」    春雷はふふっと笑い、怒っている時雨を嗜めた。   「はいはい。夕食にしますから、席についてください。時雨もぜひ食べて下さい」   「もうそんな時間か」   「色々お気遣いありがとう。あなたが優しいのは私が一番知っていますから。これからも頼りにしています」   「だ、黙れ!」    時雨が顔を赤くして照れてそう言うと、春雷は「はいはい」と温かく流しながら彼を席に座らせ、三人で賑やかに夕食を楽しむ。    夕食を終えると時雨は自身の宿舎に戻ることにした。 時雨の宿舎は歩いてすぐの場所にあった。 青龍家の使用地に割り当てられているらしい。 ――冷遇される自分たちへの、そこだけは配慮してくれたのだろう。   「あいつは帰らないのか?」    時雨が不満そうに顎で光芒を指すと、光芒はくすりと嘲笑う。   「一緒に住むよ。羨ましい?」   「はぁぁあ!? ……春雷、あとで詳しく聞かせろよ!」    捨て台詞を残して立ち去る時雨を見送ると、宿舎にはしんと静けさが戻った。  光芒は春雷と顔を合わせ、ふっと息を漏らす。   「今日は疲れた。体を拭いてさっさと休もう」   「同感です。お湯を準備しましょう」   「じゃあ、僕は寝室に布団を敷いてくるよ」    春雷と光芒はそれぞれ身体を休める準備をすると、とこに着いた。  行灯の柔らかな光の中、寝る準備をするため、結っていた髪をほどく光芒の背中を見つめながら、春雷は決心したように口を開いた。   「光芒、私たち話をしませんか?」   「いいよ。何が聞きたい?」    光芒は手を止めると、真っ直ぐな瞳で春雷をまっすぐ見た。   「荷車で私の話をしたでしょう? 今度はあなたの物語が聞きたい」   「……自分の話をするのは苦手だ。でもそうだね、何から聞きたい?」   「ずっと引っかかってるのです。あなたほど美しく強い方がなぜ、私を助けてくれるのですか?」    光芒は自嘲するように笑い、己の滑らかな額へすっと指先を添えた。   「……境遇があなたと似ていたんだ」    どこか遠い目をして少しだけ目を伏せてから、ぽつりと続ける。   「ほら、僕には角がないでしょ」    青龍の角は霊力に比例する。 そのため、生まれつき大きく立派な角があればもてはやされて優遇され、逆に小さければ容赦なく淘汰される。 そして皮肉なことに、角は体の成長と共に育ちはしない。    不知火(しらぬい)も時雨も、息をのむほど立派な角をしていた。   「生まれつき角がなく、一族からは非難されて生きてきた。祝いの言葉よりこの世の罵詈雑言を覚える方が早かったくらいだ——そんな時、あなたの存在を知った」    光芒の視線が、春雷の手首にある金色の糸をじっと見た。   「同じ境遇にありながら、あなたは純粋で優しかった。その姿が支えだったんだ。わかるかな……」    自身の哀れさを隠すように下を向いていい言葉を探そうとする光芒の顔を、春雷は温かい両手でそっと包み込んだ。 「同じ苦しみを知っているのに、あなたは誰かを憎まず、私を助けてくださった。それがどれほど難しいことか、私は知っています」    突然顔を掴まれた光芒は、驚いたように目を大きく見開いた。   「私、あなたに会えて幸せですよ。同じ境遇だなんて、とんでもない。私はずっと恵まれていました。不知火様と時雨がいて、私は私でいられました」    励ます側の春雷の目から、ボロボロと大粒の涙が流れる。  光芒の孤独な姿に、春雷の胸の中で幼い頃の自分が重なった。誰にも存在を認めてもらえなかった幼い日の痛みが、強く胸を締め付ける。   (私の何が悪いと言うのか。私にはどうすることもできないのに)  誰も彼もが春雷を仇(かたき)のようにみていた。  つまずいてこけても、愚かだと皆笑うだけだ。   誰にも抱きしめてもらえなかった幼い自分。 あの頃の自分を救うことはできない。 だから今度は、自分と同じ痛みを抱えた人がいたら、迷わず抱きしめようと決めていた。 「辛かったはずです。ハクビシンの私でさえ辛かったのですす。角がないあなたは、もっとずっと……」    滲む視界の中で、光芒は「うん」と春雷の言葉を噛み締めるように、深く深く頷いた。   「光芒、よく頑張りましたね」   光芒は唇を噛み締めた。 喉が震え、何度も言葉を飲み込む。 それでも小さく笑って、   「……もっと言って」    光芒は目を真っ赤にして、春雷にねだった。  まるで、ずっと甘えることを許されなかった子供のように。   「よく頑張りました!」    そっと大粒の涙を拭い、光芒はどこか切なさを含ませて笑う。   「ねえ、お願いがある」   「なんでしょう?」   「この先、僕が立派だと思ったら褒めて」 「もちろんです!これからは、私が何度でも伝えます」    溢れる涙が止まらない春雷の背中を、光芒は震える手でそっと抱きしめた。どちらが話を聞いてもらっていたのか、もう分からない。 「約束だよ」   「約束です」    光芒は春雷の小指へ自分の小指を絡めた。  光芒は心から嬉しそうに目を細めて笑い、春雷の肩口へそっと顔を埋めた。そのまま静かな時が流れていく。    ——すっかり泣き疲れた春雷が、静かな寝息を立て始めるのに時間はかからなかった。  光芒は春雷が心地よい眠りについたのを見届けると、身体を起こし、崩れた布団をそっと掛け直す。 まさかこれほど泣かせてしまうとは思っておらず、胸の奥で小さく反省した。  行灯の淡い灯りの下、幸せそうな寝顔を見せる春雷を愛おしそうに横目で見つめながら、光芒は静かに身支度を整え始める。    すっと立ち上がり、気配を殺して寝床をあとにすると、懐から一枚穢獣(けじゅう)防止の霊符を取り出し、木枠の扉へ静かに貼り付けた。    明日は五神の儀(ごしんのぎ)のがある。  それを目前にして、あの穢獣が騒ぎを起こすような真似はしないはずだ。  やるなら、当日だろう。  光芒は脳裏によぎる穢獣を嘲笑った。     「天虹剣(てんこうけん)」    光芒が静かに右手を差し出すと、夜の闇を割って空から美しく光り輝く剣が降ってきた。吸い寄せられるようにその柄を受け取ると、光芒は素早く背中へと差し込む。    静まり返った屋敷を一度だけ振り返り、光芒は未練を断ち切るように小さく頭を振って、夜の闇へと歩き始める 凛とした彼の後ろ姿を追うように、夜空からはひんやりとした雪の結晶が、静かに舞い落ちていた。

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