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第二十一話 穢獣の襲撃

大気を引き裂く重低音の咆哮が、庭園全体を激しく震わせた。 月光に映えていた彩り豊かな花々は、泥と生臭い血に惨めにも踏み荒らされていく。 漆黒の雪崩と化した穢獣(けじゅう)の群れが、圧倒的な濁流となって押し寄せていた。 「逃げろ!」 「なぜだ、なぜこんなところに穢獣が!?」 「結界班(けっかいはん)は何をしている! 機能していないのか!?」 庭園を埋め尽くすけ穢獣を前に、導士たちが一斉に霊符(れいふ)を構えた。 交錯する怒号と悲鳴が夜空へ重く立ち込める。 「結界班は生徒の避難誘導! 戦闘班は前へ出ろ!」 夜空を青白い霊術の光が何本も交差し、凄絶な火花を散らした。 その頭上——春雷は木の枝の隙間で小さな身体を極限まで縮め、息を殺して息詰まる戦況を見つめていた。 (……早く機を見て、上手に戻らなきゃ……!) パニックに陥った:霊獣学生(れいじゅうがくせい》たちが悲鳴を上げて逃げ惑う惨状の中——ただ五神貴族(ごしんきぞく)の面々だけが、異質とも言える静寂と余裕を 纏(まと)っていた。 「やはり、来たか」 木蓮桜花(もくれんおうか)は古風な錫杖(しゃくじょう)を構えたまま、静かに目を細める。 「——天瑞結界(てんずいけっかい)」 重厚な響きとともに、錫杖の先端から澄み渡る静謐な光が解き放たれた。  光は波紋となって戦場全体へと瞬時に波及し、圧倒的な結界領域を構築していく。 結界領域は、木の上に潜む春雷までもが丸ごと呑み込まれていた。 「行くぞ!」 真っ先に疾走したのは昴宿流星(すばるぼしりゅうせい)だった。 「『翠天風牙(すいてんふうが)』!」 鉄扇(てっせん)が一閃されるや、真空の暴風が唸りを上げて吹き荒れ、押し寄せる穢獣の群れをまとめて空へと吹き飛ばす。 だが、その暴風すら切り裂くように地を蹴り、数頭の穢獣が真正面から飛び込んできた。 「甘いわ」 翡翠輝石(ひすいきせき)が弓を引き絞る。指線から放たれるのは、狂おしいほどの霊力。 「『紅蓮凰矢(ぐれんおうや)』」  放たれた火矢は、宙に浮く穢獣の群れへと吸い込まれるように飛び込み——爆発的な轟音とともに、穢獣の群れを空中で粉砕した。 爆炎が夜空を鮮血のように赤く染め上げ、焦げ付いた黒い影が次々と地に落ちていく。 「お見事」 昴宿流星がニィと不敵に笑った、まさにその直後。 猛火を力任せに突き破り、一頭の巨大な穢獣が身を躍らせて学生へ跳びかかった。 「危ない!」  ドォォン!! 山陽(さんよう)が地響きとともに巨大な重盾を叩きつける。 「玄武・護城(げんぶ・ごじょう)!」 無骨な大地から幾重もの亀甲模様(きっこうもよう)を刻んだ強固な防壁が隆起し、穢獣の凶悪な爪を正面から受け止めた。 「そこ」 山陰(さんいん)が防壁の影から滑るように疾走する。 「玄武・断流(げんぶ・だんりゅう)」 水気を纏った薙刀(なぎなた)が流麗な弧を描き、体勢を崩した穢獣の巨躯を一刀のもとに両断した。 寸分の狂いもない二人の完璧な連撃。 木の上で見守る春雷は、その一連の美技に思わず息をのんだ。 「……ちょっと、あなたも戦いなさいよ!」 炎の矢を絶え間なく番えながら、翡翠輝石が苛立ちの視線を向けたのは、少し離れた場所にたたずむ薄明光線(はくめいこうせん)だった。 「必要ない」 返ってきたのは、熱量を一切持ち合わせない淡々とした一言。 「相変わらずね……」 昴宿流星が肩をすくめて苦笑いを浮かべる。 「俺たちがこうして汗を流して戦ってるっていうのに、一人だけ高みの見物とは、羨ましいよ」 すると、薙刀を収めた山陰が静かに呟いた。 「……無駄よ」 山陽も黙って重々しく頷く。 「え……まさか、そんな。嘘でしょう!?」  翡翠輝石がハッと息をのむ。  悲鳴に近い声を上げた彼女の視線の先——薄明光線の顔は血の気が完全に失せ、奇妙なほどに白く、一切の表情が存在しなかった。 まるで、精巧に作られた人形のように。  ◇ 五神貴族(ごしんきぞく)の圧倒的な武力によって、惨禍をもたらすはずだった穢獣の群れは完全に押し戻されていく。 被害が最小限に抑えられたのを見届け、春雷は「今のうちに」と、静かに木の上から地上へ跳び降りた——その瞬間。  頭のてっぺんが凍りつくような、凶暴な殺気が背後を刺した。  手首に巻きつく金色の糸が、鋭く揺れる。 「あ……」  背後に回り込んでいた残党の穢獣が、獰猛な爪を振りかざし、春雷の頭部を鷲掴みにせんと迫っていた。  死の恐怖が全身を駆け巡り、春雷の本能が制御を振り切って跳ね上がる。  限界まで抑え込んでいた体内の電気が、一瞬で弾け飛んだ。 (だめ……! 抑えないと……っ!) 直後——。 ゴォォォォンッ!!!! 暗雲を突き破り、強烈な紫の雷光が爆ぜた。  庭園の空気を根底から揺るがす絶大な雷鳴が響き渡る。 「今の雷は誰だ!?」 「あっちから音がしたぞ!」  重厚な静寂を破る大音響に、導士たちが一斉に振り返る。  春雷は顔を青ざめさせ、なりふり構わず走り出した。一瞬でも立ち止まれば捕まり、正体を暴かれ、最悪退学だ。  懐から結界の霊符を急いで取り出すと、滑り込むように結界の外へと逃れ出た。 しかし——結界を越えた瞬間、体内の紫電(しでん)を無理に放出した反動で術が解け、ハクビシンの姿から人型へと戻ってしまった。 (そんな……こうなったら、狭い隙間に隠れられない……!) 「新たな穢獣か!?」 「おい、あそこに誰かいるぞ!」 「待て! 捕まえるんだ!」 後ろから大地を蹴る激しい足音が迫る導士たちが殺気立って追いかけてくる。 春雷は振り返る余裕もなく、ただひたすらに疾走した。 一方、混乱の残る庭園に取り残された薄明光線は、はるか遠くで弾けた雷をじっと見つめると、ボソリと呟く。 「……後は任せた」 次の瞬間。 彼の姿は、夜風に舞う霧のように、ふっと空気に溶けて消え去った。 あまりの出来事に、五神貴族たちが一斉に振り返り、呆れと驚きが混ざり合った表情を浮かべる。 「消えた……!?」 「あー! やっぱりおかしいと思ったのよ! でも普通、五神の議(ごしんのぎ)に『分身(ぶんしん)』で来るやつがいる!?」  翡翠輝石がそう叫ぶと、呆れた様子で山陰は言った。 「むしろ、今の今まで気づかなかったほうに驚きだわ……」  頷きながら、山陽は同意する。 「……背中に『天虹剣(てんこうけん)』を差していなかったからね」 頭を抱え、翡翠輝石が夜空に向かって絶叫した。 「じゃあ本体は今、一体どこにいるのよー!?」

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