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蔑まれたハクビシンは、運命の青年に溺愛される〜光芒の庭に春雷は咲く〜 第二十三話 雨夜に咲く白薔薇 | 谷地やちるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
蔑まれたハクビシンは、運命...
第二十三話 雨夜に咲く白薔薇
作者:
谷地やちる
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第二十三話 雨夜に咲く白薔薇
天虹剣
(
てんこうけん
)
の蒼い残光を引きながら、二人の足取りが光春舎のしじまへと降り立つ。
春雷
(
しゅんらい
)
の草履がしっとりと濡れた土を踏みしめた、まさにその瞬間――頬を穿つような大粒の雨が落ちてきた。 春雷は反射的に目を閉じる。 「うわっ……!」 その声が途切れるより早く、
光芒
(
こうぼう
)
の素早い動作が割り込む。 彼が肩から滑らせた上着が、翻る布音とともに春雷の頭から肩へと被せられた。微かな体温が、雨の冷気を遮る。 「濡れるよ」 「ありがとうございます」 春雷は礼を言うと、今度は光芒の背に深く差された天虹剣へ視線を滑らせた。冷たい雨滴が、美しく研ぎ澄まされた鞘を濡らしている。 「光芒も濡れますよ」 「僕は大丈夫」 「駄目です」 春雷は肩の上着を引き寄せると、光芒の背中へ手を伸ばし、天虹剣ごと包み込むようにして彼の身体へと被せ直した。 重なり合うふたつの影。二人は息を押し殺すように身を寄せ合い、叩きつける激しい雨を凌いだ。 この雨の正体を、春雷は知っている。 濡れた土の匂いと、暗雲の奥から漂う独特の霊気。やがて、漆黒の闇の向こうから地鳴りのような低い声が響いた。 「――随分と遅かったな」 「……!」 雨幕を割ってぬっと現れた人影に、春雷はひっと息を呑む。 深々と差した傘の陰で、仁王立ちのまま二人を待ち構えていたのは――
時雨
(
しぐれ
)
だった。 その背後には、まるで怒りの般若の面が過熱した空気となって浮かんでいるかのような、凄まじい怒気が渦巻いている。 「時雨……えーっと、どうしてここにいらっしゃるのですか?」 「なんでだろうな」 時雨は眉根を寄せるばかりで笑み一つ浮かべず、凍てつく眼光で春雷を見据えた。 「今日の
五神の儀
(
ごしんのぎ
)
で
穢獣
(
けじゅう
)
が現れた。
紫電
(
しでん
)
が爆ぜたと思ったら、騒ぎを起こした奴が逃げた。――そいつに会いに来たんだが、心当たりはあるか?」 「そんな騒ぎを起こした方はいったいどなたでしょうね」 「俺の知り合いで、
東嶺青龍家
(
とうれいせいりゅうけ
)
で紫電を使えるのはただ一人なんだが」 時雨の眉がぴくりと動く。苛立ちを孕んだ問いが突き刺さる。 「知ってるか?」 「あはは……すいませんでした」 春雷は亀のように首をすくめ、小さくなって頭を下げた。 その真横で、光芒が感情の失せた不機嫌そうな声で口を開く。 「そんなことより、早く雨を止ませてくれ。鬱陶しくて仕方がない」 「なんだと!」 時雨の鋭い視線が、刃のように光芒を睨みつけた。 「……というより、貴様は何をしていたんだ」 「敵と戦っていた」 「敵?」 「だが、話す義理はない」 「はあ?」 (……ほんと、この二人は仲が悪いですよね) 一触即発の火花が散るのを察し、春雷は慌てて二人の間に割って入った。 「と、とりあえず中に入りましょう! 話はそれからです!」 「黙れ、元凶が」 「はい……」 時雨は春雷の腕を強引に掴むと、濡れた畳を踏みしめるようにしてそのまま
光春舎
(
こうしゅんしゃ
)
の中へ連行していった。 居間に足を踏み入れるなり、春雷は畳の上に正座させられた。 そして――そこから、時雨の怒涛の説教が始まった。 「お前は危機感がなさすぎる!」 「はい……」 「紫電を使うとは何事だ!」 「……はい」 「ここは
不知火
(
しらぬい
)
様の土地とは違うんだぞ!」 「……反省しています……」 小さく丸くなった肩を揺らし、春雷は幾度となく頷いた。 隣には光芒も膝を折って座っているものの、その瞳は空洞のように静かで、どうやら説教に付き合う気は毛頭ないらしい。 やがて、ひと通り吐き捨てた時雨がふっと口を閉じた。重苦しい沈黙の中、短く問う。 「……それで?」 春雷はゆっくりと顔を上げる。 「はい?」 「敵と戦ったとは、何の話だ?」 春雷は隣に座る光芒を横目で確認した。静かな頷きを感じ取り、口を開く。 穢獣の突如たる襲撃。 迫り来る牙に対し、反射的に紫電を放ってしまったこと。 それを引き金に、導士たちの追手が押し寄せてきたこと。 そして、逃げ惑ううちに気づけばあらかじめ張られていた陣へ誘い込まれていたこと――それらを、記憶をを手繰り寄せながら順を追って説明した。 話を聞き進めるにつれ、先ほどまで怒りで赤かった時雨の顔から、みるみる血の気が引いていく。 「……引っかかる点は二つあります」 春雷は静かに、だがはっきりと告げた。 「狙いが、何故私だったのか」 時雨は唇を噛み締め、黙って春雷を見る。 「そして――」 春雷の脳裏に、あの妖しく揺らめいていた霊符の影が蘇る。指先をすり抜け、灰となって消えた、あの不気味な霊符。 「捕縛が目的であったこと、です」 「……!」 時雨が息を呑んだ。 ――その瞬間。 シャラン。 鼓膜の奥で、見えない金属が擦れ合うような時雨の首輪が硬く響いた。 光芒の黄金の瞳が瞬時に鋭利な光を宿す。 次の瞬間、光芒は躊躇なく春雷の肩を引き寄せ、己の背後へと庇った。 「この話は終わりだ。自分の宿舎へ帰れ」 「なにを偉そうに!」 時雨が身を乗り出して食ってかかる。 「さっきも言ったはずだ」 光芒は時雨を――正しくは、彼の首元に複雑に絡みつく、常人には見えぬ暗い首輪を冷たく睨みつけた。 「話す義理はない、と」 黄金の瞳が闇を裂くように鋭く光る。その圧倒的な圧に、時雨は一瞬身を引いてたじろいだ。 「……っ」 時雨は悔しそうに歯を食いしばると、それ以上は何も言わず、荒々しい動作で早々に立ち上がった。 春雷も急いで立ち上がると、なおも警戒を解かない光芒の手をやんわりとほどいた。 「大丈夫ですよ、光芒」 「……」 光芒は不満を隠そうともせず、小さく眉を寄せた。 時雨は濡れた傘を握り直し、玄関の土間へ向かう。 遠ざかるその背中に、春雷が凛とした声をかけた。 「時雨」 「……なんだ」 「心配してくれて、ありがとうございます」 「べ、別に……」 時雨は露骨に顔を背けた。 「ただ、気になっただけだ」 その不器用な横顔に、春雷はくすりと笑みを漏らす。 けれど時雨は、ふと真面目な顔になると足を止め、振り返った。 「春雷」 「はい?」 「今回のことで、はっきりした」 時雨の瞳は、これまでのどんな時よりも重く、険しかった。 「あいつは――とんでもないものを相手にしようとしている」 シャラン。 時雨の首を縛る見えない首輪が、警告するように再び小さく鳴った。 「……巻き込まれるなよ」 絞り出すようなその言葉に、春雷は揺るぎない笑みを返した。 「時雨」 「……」 「私は、歪められた道理を正し、誰一人置き去りにしたくありません」 夜の静寂を満たすように、庇を叩く雨音が静かに響いている。 「――それが、私の覚悟です」 時雨は言葉を失い、しばらくの間、春雷の瞳の奥を凝視していた。 やがて、すべてを諦めたように、ふん、と鼻で笑う。 「じゃあ――」 時雨は自分が差していた傘を持ち手から返し、春雷の胸元へ静かに差し出した。 「俺の覚悟は覚えてるか」 「……?」 春雷は不思議そうに、まだ熱の残る傘の柄を受け取る。 時雨はそれ以上、何も言わなかった。雨の匂いを孕んだ風がふたりの間を吹き抜ける。 「お前は、いつも人のことばかりだな」 「え?」 「心配が尽きないわけだ」 「子供扱いしないでください」 春雷がむっと頬を膨らませると、時雨は影を落とした顔で小さく笑った。 「……明日から授業が始まる。寝坊するなよ」 背を向け、時雨は再び激しくなり始めた雨の中へ、迷いなく歩き出した。 春雷はその小さくなっていく背中に向かって叫ぶ。 「しませんよ!!」 威勢の良い返答は返ってこなかった。 ただ、遠ざかっていく激しい雨音の向こうで――かすかに、時雨の吹き出すような笑い声が交じっていた。 ◇ 光春舎の庭へ戻ると、光芒は雨の上がった夜空を仰ぎ、独り深く沈思黙考しているようだった。 彼の背に収まった天虹剣が、雲間から射し込む月光を反射し、蒼白く美しい光芒を放っている。 「……あなたの剣、素敵ですね。名前は自分でつけたのですか?」 「……師匠から譲り受けたんだ。その時、好きに名前をつけていいと言われた。せっかくだから、この世で一番綺麗な名前をつけたんだ」 光芒は迷いのない所作でそっと鞘から剣を抜くと、濡れた刃を夜空に浮かぶ月へ向けた。静寂を切り裂くような美しさ。 「天にも等しい虹色の君――長いから、天虹剣」 月の光を受け、七色の微光を纏って輝く天虹剣。それを見つめながら、どこか切なげに語る光芒の横顔に、春雷は言葉を失った。 この青年は、これまでどのような孤独と壮絶な生き方を重ねてきたのだろう。 あれほどの過酷な強さを手に入れるために、どれほどのものを代償として削ぎ落としてきたのだろうか。 「さっき話を終わらせた理由は、危険だったからだ」 「え?」 「聞きたそうな顔をしている」 ふわり、と風が揺れるように光芒が微笑んだ。 「彼の首についているのは、監視の首輪だ。しかも、かなり強い。常に彼の霊力を吸い取り、あなたや
不知火
(
しらぬい
)
様を監視している」 「何故――」と春雷が問いかけようとした、まさにその瞬間。 光芒はまるで手品のように懐から一輪の白い薔薇を取り出すと、春雷の手元へ優しく差し出した。 「彼の前で、あれこれ話すのはやめた方がいい。本人も気づいたから、去ったんだ」 手のひらに残る薔薇の静かな香りに、春雷は小さく、けれど深く頷いた。 「……わかりました。光芒、一つだけあなたにお願いがあります」 春雷は光芒の黄金の瞳をまっすぐに見つめた。 「どうか、一人で抱え込まないでください」 溢れ出す思いを抑えきれず、春雷は光芒の至近距離へ一歩、身を乗り出す。 「私たちは、もう友ではないですか!」 まっすぐな眼差しと突飛な言葉に、光芒は呆れたような、けれどあたたかい苦笑を漏らした。 「確かにそうだね」 雨が上がったばかりの澄んだ夜。 可憐な白い薔薇を抱く春雷の傍らで、天虹剣が月光を受けて静かに、強く輝いていた。 ※白薔薇の花言葉 「私はあなたにふさわしい」「約束を守る」
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谷地やちる
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