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第二十八話 魂を断つ剣
『天命 の書』を持ち、外に出るとすっかり日が落ちていた。
天機書庫 を後にするとき、蓮華玄人 はそっと言う。
「春雷 、お主さえよければまた来ておくれ」
春雷は静かに頷き、笑った。
「また近いうちに会いに行きます!」
力無く手を振る蓮華玄人を見ながら、扉が閉まる。
「天機書庫に住んでいるのでしょうか。万象書庫 とは違い、生活感でる場所でしたので……」
万象書庫は無機質な本棚ばかりだったが、天機書庫には簡単な調理ができる小さな台所や机が存在していた。
使い古された食器の光景を春雷は思い出す。
「出られないんだ」
光芒 が重く口を開いた。
「不知火 様が呪いで転生を繰り返して記憶を継承するように、蓮華玄人は天機書庫から一定の距離を離れることはできない」
「霊獣学府 の講義室にいらっしゃったのは、無理をしていたのでしょうか」
「そう。本当は春雷をすぐに天機書庫に呼びたかったけど、できなかった。僕があなたを呼びに行く必要があったのはそのせいだよ」
春雷はふむ、と納得をした。
それにしても、光芒の師匠が天煌麒麟家 の牡丹花王 であり、蓮華玄人とも親しいとは思わなかった。
「光芒は随分と天煌麒麟家に親しいのですね」
「唯一、僕に優しくしてくれたのが天煌麒麟家だっただけだよ。——きっとその時はすでに天命を理解していたのだろうけど」
春雷は横目に光芒の背中にさしてある天虹剣を見た。
「……あなたの天命は、天虹剣 を譲り受けることでしょうか?」
春雷の発言に、光芒は笑う。
「どちらかと言うと、天虹剣は厄介払いだよ」
光芒は目を細めた。その瞳から光が消える。
「天煌麒麟家が所有する中で、一番タチが悪いから」
「こんなに綺麗なのにですか?」
「うん。なぜなら——」
光芒は春雷に微笑む。春雷は光芒の顔を眩しそうに見た。
「霊獣の魂が巡るのを断ち切る剣だからね」
春雷には光芒の言うタチの悪さを理解できなかったが、昔に不知火が話していたことを思い出した。
確か——霊獣は死なない。魂が巡り、必ず青龍は青龍に転生する。ただし天煌麒麟家の剣で刺されない限り。
春雷の瞳には、天虹剣がそんなに恐ろしい剣には見えなかった。
◇
光春舎に帰ると、春雷はそそくさと台所へ行き、朝煮込んでいた汁物に火をかけて、早々に夕食の支度をした。
下男の生活が染み付いているせいで、どんなに疲れていようが、手は抜かない。
これが一人だったら手を抜くかもしれないが、光芒がいるおかげで春雷は規則正しい生活をしていた。
牛骨の汁物にご飯、漬物という簡単な食事だが、光芒が広間に運び、とりあえず食事にすることにした。
「今日はたくさん頭を使いました。はやく休みたいです」
「僕も同感だ」
天命の書を片時も離さず近くに置きながら、春雷はぼやいた。光芒も静かに頷く。
「でもその前に、話を整理したくて。できれば付き合ってほしいのですが……」
光芒は箸を置き、背筋を伸ばして春雷に向き直る。
「いいよ。なんでも聞いて」
春雷は、ふふっと笑い、ご飯を飲み込むと食事をしながら話した。
「まずは穢獣について、なのですが——」
——キィィィィンッ!!!
平穏な夕食風景を一瞬で引き裂き、背の天虹剣が鼓膜を刺すような金切り声をあげた。
剣身が鞘の中で激しく振動し、光芒の周囲の空気が一気に凍りつく。
一瞬で全身の毛髪が逆立ち、春雷は天命の書を急いで腕にかかえる。
「一体、何が……」
ドクンと心臓が跳ね、春雷は息を浅くした。
視界の端で光芒がすでに疾風のごとく柄へ手を伸ばし、目にも止まらぬ素早さで警戒体制をとる。
——ドドンッ!!!
家鳴りどころではない。見えない巨塊が叩きつけられたかのように光春舎の躯体全体が激しく揺れた。
一撃、二撃。凄まじい衝撃音が狂気を帯びて速度を増し、天井や壁の隙間から大量の塵が舞い落ちてくる。
光芒は躊躇なく天虹剣を床の木目を貫いて深々と刺し通した。
眩い光を放つ陣が足元に広がり、衝撃波を弾き返しながら、春雷の肩をぐっと強力に寄せ引き寄せる。
激しい叩きつける音がピタリと止んだ。
訪れた不気味な静寂の中、障子の隙間から黒い煙が滑り込み、ツンと鼻をつく焦燥臭が漂い始める。春雷はハッとして光芒を見た。
「火をかけられている!?——まさか、天命の書を燃やす気ですか?!」
外では赤い火の粉が爆ぜる音がし始め、慌てる春雷に光芒は、口角を上げた。
「大丈夫。火はすぐ止むよ」
「え?」
光芒は余裕を崩さぬまま、天虹剣から手を離さずに天上を指差した。
「あいつが来たから」
——ズドドドドドッ!!!!!
次の瞬間、天が割れたかのような地鳴りとともに、狂暴な水柱が屋根を、炎を、春光舎を取り巻く世界すべてを叩き潰した。
炎は一瞬でかき消され、猛烈な大雨と圧迫感が空間を押しつぶす。
これは——蒼天雨龍 だ。
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