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第三十話 花散る夜に雪は降る
テスト 気配を感じて咄嗟に振り返る。
稲妻の光の中に浮かび上がったのは、華奢な身体を揺らし、血のように赤い瞳で歪んだ笑みを浮かべる一人の少女の姿だった。
春雷 は紫電 を構えようとするが、到底追いつかない。
目の前で、時雨 が焦燥に満ちた蒼白な顔で手を伸ばしてくる――。
その絶望の淵で、世界が一変した。
キィィィン
「天雪無境 」
静まり返った夜空に、凛として透き通った声が溶ける。
視界のすべてを、チラチラと舞い散る純白の雪が埋め尽くした。
溢れんばかりの雪は美しい結晶となり、春雷の周りを柔らかく包み込む。
少女から放たれた凶悪な殺気も重圧も、その雪に触れたそばからすべて儚い結晶へと姿を変えて消え去っていく。
春雷は思わず両手を差し出し、降り注ぐ雪を受け止めた。
(……なんて綺麗なんだろう)
冷たく、けれどどこか温かい光を纏う雪。
その儚い輝きに、猛烈な既視感が脳裏を走る。
――どこかで、見た気がする。
「残念。逃げられた」
春雷の後ろで、光芒 が少しだけ不満そうに口を尖らせて呟いた。
「なんだ、今のは!? 敵はどこに行った!」
時雨は頭や肩にうっすら積もった雪を慌ただしく払い落としている。
あまりにも滑稽で必死なその姿に、春雷の張り詰めていた緊張がふっと解け、くすりと小さく笑みが漏れた。
時雨の肩にそっと積もった白い雪を、優しく払い落としてやる。
あらゆる攻撃を美しき雪に変える、奇跡のような絶対の強さを誇る――天虹剣 の技。
「光芒、助けてくださりありがとうございます」
春雷が振返ってそう言うと、光芒はふっと笑った。
「なんてことはない」
天虹剣を静かに背中に戻し、かるく腕を組む。
「戻ろう。今報告しても、明日の朝報告してもさして変わらない」
「……ですが、骨だけはどうにかしたいです。野晒しなのはちょっと」
春雷が悲しげにそう言うと、光芒は夜空を見上げたまま静かに口を開いた。
「――天煌麒麟家 は、花の名前をつけられる。理由はただ一つ」
湿った冷たい風が、さっと吹き抜けた。
春雷は乱れる髪を手で押さえる。
その目の前を、夜の闇に溶け込むように色とりどりの花びらが舞っていく。
「魂が巡るとき、彼らは花に還るからだ」
夜空に優しく舞い散る花びらを静かに眺めながら、春雷は胸の前でそっと両手を合わせた。
――どうか、安らかに。
時雨は濡れた和傘を深く差し、光芒はじっと夜風に舞う花びらを眺めている。
「それに、犯人もしばらく襲ってこないよ」
「……いつの間に?」
時雨が呆れたように低く呟く。
「天雪無境をまともに受けたんだ。しばらく動けないだろうね」
光芒は何でもない平然とした態度で言った。
「春雷を傷つける霊獣に、容赦する理由はない」
春雷が不思議そうに光芒の横顔を見つめる。
けれど光芒は、それ以上何も言わなかった。
ただ、暗闇の中で全てを見透かしたような笑みをいっそう深めるだけだった。
静まり返った誰もいない暗闇の中、少女の姿をした禍獣は、凍てつくように傷ついた右腕を力強く押さえて佇んでいた。
光芒の雪の刃に苛まれ、肉体がボロボロと歪んでいく。
「……また、君だったの」
少女の口から、歪んだ二重の嘲笑が漏れる。
「あのひとは、いつも君を救う」
絞り出すようなその声には、狂おしいほどの憧れと――穢獣 特有の深い憎しみが混じり合っていた。
「……どうして、君なの」
穢獣は、誰もいない果てしない夜に向かって、幼く切ない少女の声で静かに歌い始め
る。
「あのひとはわたしの光――」
◇
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