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第三十一話 薄明光線

春雷が翌朝目を覚ますと、光芒はまたしても姿を消していた。  光芒はいつも朝方になると何か用事があるのか、そっと小さな書き置きを残し、一緒に朝を迎えることはない。  春雷は机の上の書き置きを読むと、簡単な朝食を済ませて霊獣学府(れいじゅうがくふ)へ向かった。  書き置きには、淡い字でこう記されていた。 『用事ができた。しばらくは戻らない』  いろいろと相談したかったのに――。  春雷は胸の奥で少し残念に思った。  光春舎の外へ出ると、昨夜の惨劇があったからか、時雨がすでに外で佇んで待っていた。 「随分と遅いな」 「私が遅いのではありません。時雨が早いのです!」 ぴしゃりと間髪入れずに言い返すと、時雨は春雷の顔を覗き込み、心配そうに眉をひそめた。  「よく眠れたか?」 「……そりゃあ、ぐっすりと寝ました」 「さすが神経が図太い。俺は眠れなかった」 「あなたが繊細なのでは?」  いつものように「なんだと」と噛みついてくると思った。  だが、時雨は唇を噛み締め、顔を蒼白にさせるばかりだった。 「よく平気だな。俺は昨夜の穢獣の話で気分が悪い」 春雷は表情を曇らせ、静かに頷いた。 「確かに、衝撃でしたね」 「――実際、何がどうして、あんなことができるんだ」  春雷は、昨夜耳の奥にへばりついた不気味な歌を鮮明に思い出した。  あの歌に込められていたのは、あまりにもドロリとした激しい嫉妬だった。  霊獣学府に着き、重い石造りの門をくぐって足を踏み入れたところで、春雷の耳にシャランと涼やかな錫杖(しゃくじょう)の音が届いた。  思わず顔を上げる。  そこには、冷ややかな水色の瞳でどこか怯えたように春雷を見下ろす|木蓮桜花《もくれんおうか》と――そのすぐ傍らに背筋を伸ばして控える、側近の男の姿があった。  慌てて春雷と時雨が深く頭を下げる。 「ら、蘭淫(らんいん)、やれ」    その瞬間、春雷の無防備な頭部へ向け、側近こと蘭淫の手にする武器が容赦なく振るい下ろされようとした。  ――ガキィン!  鈍い衝撃音とともに、眩い火花が宙に散る。  春雷は咄嗟に突き出された刃へ荒々しい紫電を走らせ、虹色の瞳を鋭く光らせて蘭淫を押し返した。 「こんにちは。木蓮桜花様」  春雷が何事もなかったかのようにすまし顔で挨拶すると、木蓮桜花は周囲に響き渡る声高らかな声で宣言した。 「春雷。あなたは多くの穢獣に、我が一族の導士を食べさせたという。よ、よって、処罰を与えよう」  揺れる錫杖の金属音がシャランと鳴る。  春雷は、ぱちぱちと軽く皮肉めいた拍手をしてから、すっと凛とした態度で立ち上がった。 「素晴らしい。勘違いもいいところです。なぜ私がそんなことを?」  時雨は、相手の威光に一切怯む様子のない春雷の横顔を見て、自らも気圧されずに立ち上がった。 「私が穢獣に導士を食べさせて、何の利点がありますでしょうか」 「それは……」  木蓮桜花の澄んだ水色の瞳が一瞬、ぐらりと動揺に揺れる。  春雷は、その一瞬の隙を見逃さなかった。 「それに、なぜそのことをご存じなのですか?」  あの惨劇の場にいたのは、春雷、光芒、時雨だけだ。  この件を外部で詳しく説明できる人間は――残るは、真犯人だけだろう。 「それは……」  木蓮桜花が、戸惑うようにちらりと隣に立つ側近の蘭淫へ視線を向けた。  春雷は、その視線の泳ぎを見逃さなかった。 「憶測や感情で決めつけるなんて、馬鹿のすることだ」  その場を支配するような、低く圧倒的な威圧感のある声が空気を震わせた。  あまりの存在感と迫力に、その場にいた全員が息を呑み、声の主へ一斉に目を奪われる。  迷いのない堂々とした足取り。  さらさらと揺れる綺麗な絹糸のような金色の髪。  纏う白い衣装には、黄金の龍――天から舞い降りる降り龍の見事な刺繍が施され、朝の光を受けて眩い威光を放っている。 「正当性もないのに処罰をするなんて、随分と偉くなったものだな。木蓮桜花」 そう言って口元で冷たく嘲笑すると、木蓮桜花はあからさまに肩をすくませて萎縮した。 その一方で、側近である蘭淫はその人物の前へ滑り込むように静かに膝をついて頭を垂れる。 同時に、周囲を取り囲んでいた無数の霊獣学生たちも大きくざわめき、その尊称を口々に呼んだ。 「――薄明光線(はくめいこうせん)様」  春雷も胸の奥を突き動かされ、その名を小さく呟いた。  すると、薄明光線はふわりと優しく微笑んだ。  その黄金の瞳が、ほんの一瞬だけ春雷の細い手首へ向けられる。  そこに結ばれた、繊細な金色の糸へ。  けれど、春雷がその視線の意味に気づくより早く、薄明光線は何事もなかったかのように視線を元の場所へ戻した。

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