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第三十三話 疑惑の紫電
静まり返る廊下に、導士の朗々とした声が響いていた。壁を隔てた講義室からの声に、春雷は静かに耳を澄ませる。
「統主の中でも優れていたのは——先代牡丹花王 である」
牡丹花王——木蓮桜花の父親であり、光芒の師匠。元天虹剣 の持ち主であり、結界術はもちろん剣技にも優れていた。
「牡丹花王の剣技は花を出すことができ、多くの霊獣を喜ばせ、天柱に選ばれました」
講義室から聞こえる霊獣学生たちの歓声。「素晴らしい」「さすがだ」と口々に称賛する声の渦中で、春雷は一人、木蓮桜花の心中を思い描いていた。
短命な家族、身近な親を失い統主としての役目を果たさねばならない——それがわずか十の子に。春雷は十五だが、不知火を失うのはやはり恐ろしい。
——相手の弱みにつけこめばいい。
光芒の冷徹な言葉が、脳裏を過ぎる。
もし、もしもだ。木蓮桜花はもう誰かに弱みをつけ込まれているとしたら。
思考を深めたその瞬間、耳を裂くような爆発音が轟いた。手にしていた筆が衝撃で弾け飛び、宙を舞う。飛んでいった書物をとっさに上手いこと受け止め、視線を低く落とすと、そこには四本足で地に這いつくばる不気味な穢獣が姿を現していた。
春雷は静かに呼吸を整え、手のひらに紫電を走らせると、穢獣のお腹に素早く手を当てた。体に走る手応えから察するに、昨日戦った穢獣より弱く、動きも鈍い。
「紫電招来 」
低くそうつぶやくと、閃光とともに穢獣は瞬く間に離散し、ただの骨へと変姿した。
残された骨をそっと指先で掴むと、それははらりと儚い花びらに変わった。
——これはもう意図的にやっている。
わざとと言っても過言ではない。
しかも、これは挑発に近い。
春雷は、静かに風に攫われていく花びらを見つめながら、意図を確信する。
狙いは天命の書ではなく——私だ。
しかし、一体なぜ。
春雷が深妙な面持ちで顎に手を当てていると、先ほどまで講義をしていた導士が、おそるおそる声をかけてきた。
「だ、だいじょうぶか?」
「あ、ええ。問題ありません」
「何か、電気が走らなかったか?」
「私も見ました」
ざわつく周囲に対し、春雷は完璧な作り笑いを浮かべて答えた。
「気のせいです!結界で弱ってたみたいですよ!」
まだ、五神の儀のときの紫電の犯人は捕まっていない。うっかり術を出してしまったが、ここは強引に誤魔化すことにした。
「……そうだな!さすがは木蓮桜花様だ!」
「ええ。さすがです~」
その後、うっかりハクビシンと口を聞いてしまったことを誤魔化すように、導士と霊獣生は声を張り上げて悪態をついた。
だが、その言葉は春雷の耳には届かない。あぶない、あぶない、と胸を撫で下ろすのに精一杯だったからだ。
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