35 / 65

第三十四話 鉄扇の統主

講義が終わり、重い腰を上げて立ち上がった春雷の背に、爽やかな声が届く。 「こんにちは。ハクビシンさん」  春雷が声をされた方へ顔を向けると、そこには紺色の衣に力強い白虎の刺繍を纏った、気品溢れる昴宿流星(すばるぼしりゅうせい)が立っていた。  手に持った鉄扇の奥で優雅に笑い、銀色の髪から覗く豊かな耳が揺れている。 一見すると親しげだが、どこかとってつけたような笑顔に、春雷は警戒の糸を鋭く張り巡らせた。 「いいですよ。どちらへ参りましょうか」  「おや、今日は逃げないんだね」  「外野がいないので。それに——どうやら逃す気はないようですよ」 「へ?」 ——刹那。 空気を引き裂き、昴宿と春雷の間に鋭い爪痕のような攻撃が激しく撃ち込まれた。  春雷は身を翻してあっさりと避けたが、昴宿流星は開いた鉄扇で慌てて刃を受け止める。 「これは、導士!?」 「はい。中身は違うようですが」 「なぜ、講義室に!?」  猛然と繰り出される攻撃を躱しながら会話を交わし、春雷は心底苛立ったように答えた。 「そんなの知りませんよ!」 春雷は再び手のひらに紫電を走らせると、今度は周囲に悟られぬよう静かに穢獣のお腹へ雷を流し込んだ。激しい電撃に穢獣は数度痙攣し、やがて動かなくなった。  「なかなか、君は危険な目にあってるんだね」 事もなげに、あっけらかんと昴宿流星は言った。あまりにも屈託のない人懐っこい顔で笑うので、春雷も毒気を抜かれ、思わず笑みがこぼれてしまった。 「君と話したいと思っていたんだ。なんて呼べばいい?」 静まり返った廊下を歩きながら、昴宿流星は春雷に爽やかな笑みを向けた。 「私は春雷と申します」 「では春雷。俺のことは知っていると思うけれど、昴宿流星だ。長いから、昴(すばる)でいいよ」 「……では昴様。質問をしてもよろしいでしょうか?」  重厚な鉄扇を軽々と扱いながら、昴は快く笑って頷く。  「もちろん。ただし、この後の俺の質問に答えてくれるなら」   西霞白虎家(せいかびゃっこけ)の統主——昴宿流星(すばるぼしりゅうせい)。 驚異的な身体強化能力を持ち、彼が率いる白虎一族は武術において群を抜いている。  彼が何気なく手にしている鉄扇も実に十五キロの重量があり、あれでひとたび打ち据えられれば骨ごと砕かれるだろう。  日々の鍛錬の賜物なのか、彼は基本的に鉄扇を肌身離さない。  ——これは答えたくないと言ったら頭を叩きわれるかも。 背筋を冷や汗が伝うのを感じつつ、春雷は平静を装った。 「いいでしょう。私からの質問は、ただ一つ」 春雷の虹色の瞳が、鋭く光を放つ。  「何が目的ですか?」

ともだちにシェアしよう!