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第三十五話 白虎の誘い

その一言に、昴(すばる)の表情から一切の笑顔が消え去った。 「——君と薄明光(はくめいこうせん)を引き離すこと」 春雷(しゅんらい)が不審そうに怪訝な顔を深めると、昴は焦ったように言葉を付け足した。 「べつに、悪い話しじゃない。決まって善意だよ」 「そうではなくて……」 春雷は大きなため息をついた。 「私と薄明光線様は、まだニ回しかお会いしたことがありませんよ」  身に覚えのない過剰な疑いに、春雷はすっかり呆れてしまう。対する昴は口を大きく開けたまま、唖然として固まった。 「二回?」 「はい」 「……本当に?」 「ええ」 「でも君、薄明光線が就任したとき、彼に助けられただろう?」 「……?」 春雷は理解が追いつかず、首を傾げた。 「私が、ですか?」 「そうだよ。あのとき、彼は真っ先に君のところへ向かった」  春雷が理由が分からず黙り込んでしまうと、昴は痺れを切らしたように、鉄扇の先端で中庭に佇む木造の東屋(あずまや)を指し示した。 「待って待って!お互いに話を擦り合わせよう!そこの東屋でお茶をしないかい?」 「いいですね。ならば、私がお茶をいれます」 「君が?」 「……毒はいれませんよ?」 「そうじゃなくて、君は若公子(わかこうし)だろ?」  この言葉が昴なりの冗談だった、というのを春雷が知るのはのちの話である。  どこまでも噛み合わない会話のやり取り に、お互いにふうっと息をついた。  ◇  東屋へ移動すると、昴はすぐさま侍従を呼び寄せ、温かいお茶と色とりどりのお菓子を準備させて春雷をもてなした。 昴の侍従(じじゅう)たちは、学府では珍しく、ハクビシンである春雷に対しても分け隔てなく客人として丁寧にもてなしてくれる。嫌がる素振りひとつ見せず、手際よく茶器にお茶を注いだ。 「ありがとうございます」  春雷が深々とお礼を言うと侍従の一人は目元を緩めてにっこりと笑った。  その侍従の耳は丸く愛らしい形をしており、熊を思わせる。しかし鍛え上げられたいかつい体つきが、彼が力強い獣族であることを無言で物語っていた。 「とんでもない。ハクビシンをこの目で見られる日が来るとは思わなかったです。私たちは同じ獣族(じゅうぞく)ですので、我が領地にいらしてくれたら、歓迎しますよ」 「西霞白虎家(せいかびゃっこけ)は、今改革中でね。いろいろな獣族がいるんだ。白虎だけに固執する時代は終わり! 皆、平等でなくちゃ!」  鉄扇でパタパタと首元を仰ぎ、爽やかに笑い飛ばす昴の姿に、春雷の心もふっとほぐれ、思わず笑みがこぼれた。なんて明るく、胸のすくような気持ちにさせてくれる青年だろう。 「五神一族の中で、西霞白虎家の土地には、なぜか獣の霊獣が多く集まったんだ。統主の一族のみが白虎なんだけど、昔は白虎以外は奴隷って感じで、酷いものだったよ」  春雷の故郷である東嶺青龍家(とうれいせいりゅうけ)は、龍のみが尊ばれる一族だ。  鱗の色の違いこそあれど、他の霊獣の姿など見たことがなく、昴が語る他家の実情は春雷にとって何から何まで新鮮だった。 「——それを変えようと言い出したのが、俺の兄なんだ。聡明な頭脳で周りを説得して基盤を作った。俺はそんな兄が大好きさ」 「兄弟仲がよろしいんですね」 「なぜそう思う?」   昴は興味深そうに顔をぐっと近づけて尋ねてきた。春雷は照れくさそうに頬を掻きながら答える。   「とても楽しそうに話すので」 「半分正解! 昔は兄も俺を邪険にしていた。——でも、俺が物心ついた時から、優しくて尊敬できる兄になったんだ。そこから仲は良い」   お茶を一口含むと、昴はどこか幼げにはにかんで笑った。   「——今でも俺は信じてる」   その瞬間、控えていた昴の侍従たちがピタリと動きを止め、切なげに昴を憐れむような視線を向けた。  その尋常でない空気の変化に、春雷は戸惑いを隠せず、場を繋ぐように慌ててお茶に口をつけた。   「さて、俺の話はさておき、春雷の話に入ろう。俺が薄明光線と春雷の仲を疑ったのは、薄明光線が統主就任の日に助けに行ったからだ」

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