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第三十七話 笑顔の裏側
そして後日、薄明光線 が春雷——一匹のハクビシンを救うべく黒南風 の領地へと急行し、見事に穢獣を打ち破ったという詳細な報告が昴のもとに上がってきたのだった。
昴は「ありがとう」と侍従に告げて、ふっと口元を緩める。
「で、どこから情報を得たの?」
侍従は偽りなく素直に白状した。
「薄明光線様が消えた後、跡をつけた者からの報告ですので、信憑性は高い情報です」
「うん、誰から聞いたんだい?」
「それは——」
語り終えた昴は、そっと着物の懐から一枚の折りたたまれた紙を取り出し、テーブル越しに春雷へと差し出した。
そこには、薄明光線の華々しい活躍ぶりと、対照的に哀れで醜悪なハクビシンが救われる様子を描いた風刺画が、これよとばかりに丁寧に描かれていた。
ハクビシンの姿に至っては、悪意を込めて異様なほど醜く歪められている。
紙の端にある報告者の欄には『木蓮桜花 の従者』と印字されており、その名を——。
「紫苑 」
春雷が低く読み上げると、昴は手にしていた鉄扇の影でくすりと笑った。
(……なるほど)
春雷は、昴がわざわざ自分をお茶に誘い出した本当の理由を完全に理解した。彼は単に、春雷と薄明光線の関係を探ろうとしていたわけではない。
ーそういうことか。
昴は、私にこの騒ぎの黒幕を探させようとしている。
さすがは西霞白虎家 を統べる男。
自らの手を決して汚すことなく、立場のないハクビシンの春雷を利用して、霊獣学府の内部で渦巻く厄介な騒ぎを解決させようと画策している。
例え調査の過程でハクビシンがどんな被害を受けようとも、昴自身には何の痛手もないのだから。
——やられた。
春雷は静かな怒りを込め、握りしめた紙をくしゃりと歪めた。
昴も、そしてあの親切そうだった従者たちも、心から友好的だったわけではない。
そう誤認させるように振る舞うことで、最も危険で泥臭い汚れ仕事をこちらに押し付けたのだ。
「昔は木蓮桜花もあんな性格じゃなかった。もっとわがままで短気で、よく笑い、よく泣く子だったんだ」
とどめを刺すように、昴はどこまでも爽やかに笑ってみせた。
「はやく、木蓮桜花も目が覚めるといいよね!」
◇
対談の余韻が残る廊下。静寂の中、春雷 はただ一人、茫然と立ち尽くしていた。
去り際の昴 の表情が、脳裏に焼きついて離れない。影のない爽やかな笑顔。胸の奥まで見透かすような、人懐っこい眼差し。
別れの挨拶はあまりにもあっけなかった。まるで、用済みになった道具をそっと脇へ置くような――そんな冷ややかな手応えだけが残されている。
「……何してるんだ?」
不意に声をかけられ、春雷は振り返った。そこには時雨 が立っている。
「時雨……私、やられました」
「は?」
春雷の指先が白く強張る。震える拳の中で、丹念に描かれた一枚の風刺画が、惨めなほど皺を寄せていく。
「口八丁なら、暴力よりも弁が立つと……不知火様から幼い頃より褒められていたのに。……負けました。完敗です。悔しい……っ」
悔しさに滲む春雷の瞳を見て、時雨は小さく眉をひそめた。
「確かに、お前が弁論で後手に回るのは珍しいな。相手は誰だ?」
「西霞白虎家 統主――昴宿流星 様です」
その名を聞いた瞬間、時雨の肩がわずかに跳ねた。やがて、呆れたような、どこか諦めにも似た吐息が漏れる。
「……それは敵わないだろうな」
「……さすがは統主様です。ぐうの音も出ません……」
「それだけじゃない」
力なく肩を落とす春雷の頭を、時雨はぽんと軽く小突いた。
「あいつは――『白耀宴 の惨劇』の、唯一の生き残りだ」
「……白耀宴?」
聞き慣れぬ言葉に春雷が首を傾げる。
時雨はそれ以上何も語らず、踵を返して書庫へ向かって歩き出した。その背中に促されるように、春雷も後を追う。
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