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第三十八話 西霞白虎家の悲劇

 講義室の並びにある薄暗い書庫。めったに人が足を踏み入れないその場所には、冷えた空気と古紙の匂いが満ちていた。  並ぶ書棚には、静まり返った時間を示すように薄く埃が積もっている。 「不知火(しらぬい)様の領域は、良くも悪くも浮世離れしているからな。他の五神貴族(ごしんきぞく)が抱える血塗られた裏歴史まで、流れてはこないだろう」  時雨(しぐれ)は指先で埃を払い、棚から重厚な一冊の古書を引き抜くと、春雷へ差し出した。 「西霞白虎家(せいかびゃっこけ)は十年前、一族の根を断たれている。……主犯は、昴宿流星(すばるぼしりゅうせい)様の兄君(あにぎみ)だ」 「え……?」  春雷(しゅんらい)の思考が瞬時に止まった。  脳裏を掠めたのは、つい先ほど、兄の思い出を心底愛おしそうに語っていた昴(すばる)の横顔だった。 『今でも、信じてる』  あの眼差しに嘘はなかったはずだ。そう確信できるほど、彼の言葉には温かな熱が宿っていた。  春雷は息を呑み、渡された本を開いた。  黄ばんだ紙面に刻まれていたのは、十年前の冬、白銀の世界を朱に染めた凄惨な記録だった。  ――天柱(てんちゅう)に選ばれし西霞白虎家は、一族の繁栄と栄光を祈り、極秘の宴を開いた。  参加を許されたのは、血統を継ぐ白虎の者のみ。宴は静かに、誇らしげに進んでいたという。  ……あの男の刃が、閃くまでは。  昴宿の兄――北辰天狼(ほくしんてんろう)。  男は突如として背の大剣を抜き放ち、狂気のまま一族へ斬りかかった。  分家や庶子に至るまで次々と斬り伏せられ、宴席は瞬く間に血に染まった。  狂った刃は止まることを知らず、ただひたすらに命を奪い続けた。  そして――一族を根絶やしにした後。  北辰天狼は大剣の血を拭いもせず、何事もなかったかのように静かに天柱へ向かって去ったという。  何が狂気を呼び覚ましたのか。  どのような積年の情念があったのか。  真実を知る者は、もうこの世に誰もいない。  ただ一つ確かなのは、その日、奇跡的に宴の席を外れていた幼き『昴』だけが生き残ったということ。  そして昴は、自分を絶望の淵へ突き落とした兄の名を、今度は自らの肩に背負うことになった。 『昴宿流星(すばるぼしりゅうせい)』――。  統主たる者に与えられる、その四文字の名を。 「……本当の名前は……『昴(すばる)』だけだったの?」  かすれた春雷の呟きに、時雨は影のある顔で静かに頷いた。 「ああ。後から無理やり継ぎ足された名だ。統主たる者、四文字の名を戴かねばならないという掟ゆえにな」  春雷の胸に、冷たい痛みが走る。  あのお茶会でのやり取りが、まったく異なる色彩を帯びて脳裏に蘇った。  ――最初から、すべてが偽りだったわけではないのかもしれない。  あの眩しい笑顔も。兄を語るときの切ない眼差しも。  少なくとも、彼自身の孤独な世界の中では、間違いなく本物だったのだ。 (……まあ、私に厄介事を押しつけてきたという事実は、何一つ変わりませんけれど)  春雷はぱたんと本を閉じ、胸のすくような溜め息を一つ吐き出した

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