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第四十三話 温かな食卓
「春雷 、早く飯にしよう。今日は何?」
「今日も煮込み料理です。毎日同じになってしまって面目ないですが……」
春雷が軽く肩を落とすと、光芒 はふわりと笑う。
「あなたが作る料理ならなんでも嬉しいよ。毎日同じでも、まずくても構わない。あなたが作ることに意味があるんだから」
「あらあら、相変わらずお上手ですね」
春雷はくすりと笑い、鍋の様子を見に台所へ戻った。
時雨 は蘭淫 を冷ややかな目で見下ろしたまま、黙って春雷の手伝いへ向かう。
残された蘭淫は、手を何度も握っては開き、鎖の感触を確かめた。
鎖は静まり返り、まとわりついていた嫌な重圧も消えている。
けれど、胸の内に芽生えた恐怖は、先ほどよりも遥かに大きく膨れ上がっていた。
(あの男は……一体、何者なんだ……)
消えた黒幕の視線。
そして、それを容易く断ち切ってみせた光芒の底知れぬ霊力。
蘭淫は震える手首をもう一度強く握りしめると、重い足取りで広間の温かな灯りの中へと足を踏み入れた。
◇
夕食が運ばれ、春雷が蘭淫にも膳と箸を渡すと、蘭淫は不思議そうに目をしばたたかせた。
「食べないのですか?」
「……我がここで食事をしても?」
「もちろんです」
蘭淫は少し迷ってから、そっと漆の箸を取った。
春雷の手料理を一口、口に運ぶ。
熱い出汁の旨味が広がると同時に、そのこわばっていた表情が、ふっと柔らかくなった。
「……美味しい」
春雷は嬉しそうに微笑んだ。
「お口にあってよかったです」
その瞬間、蘭淫の脳裏に、一人の少女の姿が鮮明に浮かんだ。
『兄さん、ちゃんと食べなきゃ駄目じゃない』
そう叱られながら、湯気の中での囲んだあたたかな食卓。
――一体いつから、自分たちの運命は狂ってしまったのだろう。
「侍従なら、ご自身でも料理をされるのですか?」
春雷の問いに、蘭淫はハッと我に返った。
「私の仕事ではありませんでしたから」
そして少し間を置き、遠くを見つめるように言葉を繋ぐ。
「……昔は、妹が作ってくれました」
「妹さんが?」
春雷が目を丸くすると、蘭淫は微かに目を細めた。
「ええ。私よりずっと上手でした」
部屋に緩やかな空気が流れる中、春雷は三人に現状わかっている事実を話し始めた。
穢獣が導士を喰らうことで力を得ていること。
なぜか、その狙いが春雷自身に向けられていること。
そして、木蓮桜花 が偽物にすり替わっており、本物はどこかに封印されていること。
春雷が一つひとつ説明する間、光芒は穏やかな表情で耳を傾け、時雨は黙って茶を啜っていた。
「とりあえず、木蓮桜花様の封印を解いて、結界を張り直していただいたらどうでしょうか」
解き方は蘭淫が知っている。
それが最短で、確実な方法に思えた。
しかし、三人の反応は芳しくなかった。
「まともな意見だが、それが一番厄介だ」
時雨が苦々しい顔をする。
蘭淫も諦めたように細い吐息を漏らした。
「……やはり、そうなりますか」
「木蓮桜花が封印から解かれたら、真っ先に結界を張り直すどころか――」
光芒が、困ったように春雷を見る。
「封印した本人を、再起不能にするだろうね」
「……そんなに、激情家なのですか」
「むしろ、今のまま封印されているほうが安全なくらいにね」
光芒は苦笑した。
けれど、その笑みはすぐに消える。
すっと、鋭い視線が蘭淫へと向けられた。
「……そうだろ? 蘭淫」
「…………」
蘭淫の肩が、びくりと跳ねた。
指先から滑り落ちた箸が、卓上にころんと小さな音を立てて転がる。
「蘭淫?」
春雷が身を屈め、床に落ちた箸を拾おうと手を伸ばした。
その瞬間だった。
蘭淫の手がすっと伸び、春雷の手首を力任せに掴んだ。
「――木蓮桜花様の封印を解く前に」
蘭淫は春雷をじっと見つめた。
その瞳からは、先ほどまでの冷静さが消え失せ、痛々しいほどの切迫感が宿っている。
「……救ってほしい命があります」
蘭淫は目の前の温かな夕食へ視線を落とすと、胸の奥から絞り出すように呟いた。
「始まりは……一本の芋でした。春雷、実は……」
春雷の虹色の瞳をじっと見つめ、蘭淫はふっと自嘲気味に笑った。
「幼少期、あなたに会ったことがあるのです」
春雷はハッとして、不知火との会話を思い出した。
「前に、麒麟一族 の子供と話したことがあるじゃろ。同じ歳くらいの子との交流があれば...と思っての」
「声をかけて頂いたのです。お二人は優しい子たちでしたから」
はるか昔、まだ春雷が八歳の頃のことだ。
「もしかして、あのときの...!」
蘭淫は目を細めて語り始めた。
自身の犯した罪とーー蔑まれた日々を。
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