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第五十六話 白花に秘めた想い

 西霞白虎家(せいかびゃっこけ)から光春舎(こうしゅんしゃ)に戻る際、頬に水滴を感じて、春雷は「あ」と声を漏らした。  手のひらを広げると、紫電(しでん)が共鳴する。   ——これは夕立だ。    戦いの前に雷を補充できるのはありがたい。  お腹も満たされていく。  たちまち激しい勢いに変わり、頭から土砂降りの雨を浴びてしまうが、春雷は思わず拳を握りしめた。  すると、誰かが近づいてくる気配がした。春雷が振り返ると、雨はいつの間にか雪の結晶へと変わっていく。  光と雪が舞う中、その存在は静かにそばに立っていた。   ——薄明光線(はくめいこうせん)。    美しい顔立ちに煌びやかな着物。  そして金色の髪と金色の瞳は、すべてが作り物のようだ。    背中には大剣を背負っている。  その大剣の名を、春雷は知っていた。   「……私、あなたに聞きたいことがあるんです」   優しく微笑む薄明光線に、春雷は尋ねた。   「なぜ、あなたは宴をほっといてまで私を助けたのですか?」   薄明光線は首を振るだけで、答えなかった。   「なぜ、あなたは穢獣(けじゅう)に執着されているのでしょう」   雪が強くなる。 春雷は相手に届くように声を張り上げた。   「なぜあなたは——」   届くことのない問いを、春雷は胸の中でつなげる。   (正体を隠すのでしょうか)    本当は、もう気づいている。  けれど、それを口にしてしまえば、この人は自分の前から消えてしまう気がした。  突然、冷たい雨が春雷の頬から逸れた。  顔を上げると、いつの間にか光芒(こうぼう)が立っている。   「……濡れている」   そう言って、光芒は春雷の濡れた髪にそっと触れた。   「光芒」   春雷がじっと見つめると、光芒はどこか気まずそうな顔をした。   「…木蓮桜花(もくれんおうか)様のことが終わったら、話したいことがあります」 「……いいよ。なんでも話して」    そう答える光芒の言葉に、春雷はどこかほっとする。  光芒が白い花を持っていることに気づき、春雷はくすり、と笑った。   「あなたは、いつも白い花を持っていますね」 「春雷に渡すためだよ。あなたは白が似合う」   そっと花を差し出され、春雷は苦笑した。   「私はそんなに、お綺麗ではありませんよ」    不浄者(ふじょうもの)、不細工、醜い。  容姿を貶める言葉は自分のためにあるのではないかと思えるほど、これまで浴びせられてきた。  不知火(しらぬい)でさえ、否定はしても容姿を褒めたことはない。 ある種の呪いのように、その言葉はべったりと染み付いている。   ——そして、一度根付いた価値観はなかなか拭えない。  光芒が綺麗だと言ってくれても、こうして美しい花に触れると「自分にはふさわしくない」と感じてしまう。   受け取る資格すら、自分にはないのではないかと。   「花言葉を調べたことはある?」   光芒の問いかけに、春雷ははっとして首を振った。   「いいえ……それは盲点でした」 「今度調べてみてよ」   光芒は優しく微笑んだ。   「僕の気持ちだから」   手のひらにある白い花——紅弁慶(くれないべんけい)。  小さな鐘のような花を見つめ、春雷は胸が詰まりそうになった。    光芒の正体を明かせば、自分はもうそばにいられない。  誰も彼もが、背負った立場から逃れることはできないのだ。    それでも春雷は、手の中の紅弁慶を握りしめた。  ——今だけは、この人がそばにいることを願った。 *紅弁慶の花言葉は「あなたを守る」  

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