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第五十七話 再集結、天空庭園へ
静まり返る夜の光春舎 。
時雨 が姿を現したすぐ後、かすかな足音とともに、木蓮桜花 を連れた昴 が暗がりから現れた。
「蘭 兄さん!」
「紫苑 !」
思いがけない再会に、二人は駆け寄り、固く抱き合った。
けれど、次の瞬間——ハッとしたように弾かれた動作で身体を離す。
互いの背中に回した手だったが、目の前にいるのは紫苑の姿ではなく、紛れもない木蓮桜花の容姿なのだ。
一方、古びた光春舎の佇まいを興味深そうに見回していた昴は、近くに立つ春雷 へ軽快な声をかけた。
「へえ、ここが春雷の根城なんだね。なかなかに立派じゃないか」
「……なぜでしょう。昴様が仰ると、どうしても嫌味に聞こえます」
「君、俺に対して警戒心が強すぎないかい?」
「……ご理解いただけて恐縮です」
ジト目を向ける春雷に、昴は「やれやれ」と悪びれもせず笑って受け流した。
ふと、昴の足元が幻影のように揺れて見えたかと思うと、春雷は目を擦ったが、また目を開くと立派な足がそこにはあった。
「気のせいでしたか」
「なかなかに鋭いじゃないか。やはり虹色の瞳は伊達じゃないね」
春雷の呟きに昴は悪戯に笑った。
「で、どこでやるつもりだ?」
時雨が切っ先のような鋭い声を投げかける。
その場の静寂を切り裂き、周囲の視線が一斉に春雷へ集まった。
春雷はニヤリと口角を上げると、夜空の彼方へすっと指をさす。
「天空庭園 へ向かいましょう!」
「天空庭園!?」
思いもよらぬ提案に、その場の全員の声が重なった。
「ここからかなりの距離があるぞ。この人数でどうやって移動する気だ?」
時雨に畳みかけられ、春雷は思わず頭を抱える。
「……それは……盲点でした」
困り果てて固まる春雷を見かね、蘭淫 が静かに口を開いた。
「我に策がある」
一行の夜間移動は、目撃者の誤解を招く恐れがある。
そこで蘭淫が転移の陣を描き、空間を繋いで一気に遠方へ飛ぶことになった。
ただし、その術には膨大な霊力を要する。
「通常なら我 と紫苑で賄 えるが……天命の鎖が外れたとはいえ、契約が消えたわけではない。紫苑も木蓮桜花様の身体に縛られ、力を制御されている状態だ」
蘭淫は時雨と春雷へ暗い視線を向ける。
「時雨様も力を抑えられている。春雷に至っては……」
一瞬、言葉を選ぶように重い間を置いた。
「平凡な霊獣以下の霊力しか出せまい」
「平凡以下……」
春雷の顔が、見る間に引きつった。
その横で、時雨がフッと鼻で嘲笑した。
「なので、消去法だと……」
「それなら俺と、そちらの美丈夫 にお願いするか」
指名された光芒 と昴が視線を交わし、深く頷き合った。
「お二人なら、わずかな霊力で充分だ。我の描いた陣に霊力を注ぎ、光り始めたら中心へ集まってほしい」
蘭淫は腰の筆箱から一本の筆を抜いた。
迷いのない手つきで冷たい床へ筆を走らせるその姿に、春雷は思わず息をのんで見入る。
一本、また一本。
漆黒の墨線が正確無比に重なり、複雑な幾何学模様の陣が瞬く間に浮かび上がっていく。
——どれほどの修練を重ねれば、これほど淀みなく描けるのだろう。
春雷が感嘆する間にも、筆先は舞うように躍っていた。
やがて描き上がった円陣の前に、昴と光芒が立つ。
鉄扇の先と天虹剣 の切っ先を、陣の起点へ軽く触れさせる。
——瞬間。
澄み切った霊気が爆発的に溢れ出し、ぶわりと風が巻き起こる。
あまりの密度の高さに、昴が感嘆の息を漏らした。
「……これは素晴らしい霊力だ。五神貴族統主 の座も夢じゃないね」
「戯言に付き合うほど、あなたに興味はない」
光芒は氷のように冷たくあしらった。
陣が眩い白銀の光を放ち始める。
「今です!」
時雨が春雷の肩を強く掴む。
春雷も慌てて紫苑の手を引き、光の渦のなかへ飛び込んだ。
視界が眩烈な光に染まり、浮遊感が全身を包む。
その最中、光芒が昴へ低く鋭い声を放った。
「俺は春雷を守る。……そっちは頼んだぞ」
「……」
昴の表情がぴたりと止まった。
光芒の手にある天虹剣。
その刃が放つ独特の輝きを、昴が見間違えるはずもなかった。
(やはり、君は……)
西霞白虎家統主 ——昴宿流星 。
その名を知る者なら、この男の正体に気づかないはずがない。
「……って、面倒事を全部押し付けていないかい!?」
「お前も春雷に押し付けただろ」
光芒は、してやったりと口元を緩めた。
「仕返しとはね。存外、君は子供っぽいな」
昴が呆れたように溜息をつく。
光芒はそんな昴を一瞥すると、肩を並べる春雷の背中へ優しく甘い視線を落とした。
「俺は、彼の前では子供っぽくいられるんだ」
その気配に気づいた春雷が振り返る。そして、ふわりと微笑んだ。
光芒もまた、愛おしそうにそっと笑い返した。
*
光が弾けて収束し、肌を刺す夜風とともに天空庭園へ降り立つ。
春雷は懐から小さく縮めていた鍋を取り出し、結び目を解くように術を解除した。
ぐにゃりと元の大きさに戻った重厚な鍋を地面へ置くと、手早く一行を舞台の外側へ誘導する。
「では、確認します」
春雷の呼びかけに、ピンと緊張が走った。
「あの時、蘭淫と紫苑が書いた陣は、穢獣 を閉じ込めるための陣で間違いありませんか?」
蘭淫と紫苑が顔を見合わせ、重々しく頷く。
「あの時は、穢獣を倒すことで木蓮桜花様が『偽物』だと悟られないようにしたかったの」
「我々が穢獣を呼び出して陣に閉じ込め、五神貴族に討伐させる。そうすることで、木蓮桜花様が『結界に守られている』と周囲に錯覚させたのだ」
「なるほど」
春雷は深く頷き、石畳の一点を指差した。
「では、その陣をもう一度ここに」
時雨が眉をひそめる。
「何をするつもりだ?」
春雷は答える代わりに、昴へ向き直った。
「昴様。穢獣が重傷を負った際、最も手っ取り早く回復する方法は何でしょうか?」
「そりゃあ共食いさ」
昴は鉄扇の要 を口元に当て、パチンと扇を閉じて答える。
「あるいは、穢獣の群れの中心に飛び込んで、穢れを一身に受ける。元が怨念の集合体なら、集まった方が回復も早いからね」
「……やはり」
春雷の瞳に鋭い光が宿る。
「蘭淫。あの穢獣は、もともとどうやって傷を癒していたのですか?」
「導士 を群れへ放り込んでいた」
時雨の顔から血の気が引いていく。
「……だから、食わせたのか」
蘭淫は痛みに耐えるように目を伏せた。
「それが、知性を持った」
「そして、今の形になった」
春雷の呟きが、静かな庭園に落ちる。
その時、離れた場所から夜空を仰いでいた光芒が口を開いた。
「俺の技『天雪無境 』は、相手の攻撃を雪へ変える。だが、天虹剣で直接突けば、激しい凍傷を負わせられる」
光芒は天虹剣の柄を握る右手を見つめた。
「俺が刺したのは……敵の右肩だ」
紫苑が、はっと息をのむ。
「あたしの棘が刺さった場所と同じだわ!」
春雷の瞳が確信に満ちて細められた。
「……そういうことですか」
全員の緊張した視線が、春雷へ集中する。
「重傷を負った敵は、一刻も早く回復するため、必ず穢獣の群れへ飛び込むはずです」
「だから、この場所へ穢獣を集めるのか」
「はい」
春雷は迷いなく頷いた。
「陣を使って穢獣を誘い出します。群れが巨大化すれば、奴は必ず現れる」
「……だが」
昴が首を傾げ、鉄扇をあごにあてる。
「手負いとはいえ、右肩だろう? そこまで必死になって群れへ飛び込むかな?」
「ええ」
春雷は即答した。
「必死になります」
そして、紫苑の華奢な肩へ視線を向ける。
「何故なら——」
春雷は静かに歩み寄った。
「そこにある棘こそが、奴を生かしているからです」
蘭淫と紫苑がハッと息を呑む。
「……まさか」
「肩に刺さったその棘——」
春雷の透き通った声が、夜の庭園に低く響き渡る。
「それこそが、奴の本体。『穢獣 の種子 』なのです」
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