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第5章 魅了、効いてます?
適合率百パーセント。
昨日、二度測っても変わらなかった数字を思い出しながら、リオはカイルドの向かいに座っていた。
今日は簡易検査ではない。
実際に精気提供を行い、本当に研修相手として問題がないかを確認する。
場所は騎士団本部に設けられた提供室だった。
国へ登録された提供者が利用するための部屋だ。室内には寝台とソファがあり、体調確認のための測定器も揃っている。
教官から手順は何度も聞いた。
学校でも繰り返し練習してきた。
同意の確認。
体調確認。
魅了魔法。
精気提供。
終了後の測定。
いつも通りやればいい。
相手が王国騎士団長でなければ。
リオは膝の上で指を組み直した。
「始めても大丈夫ですか」
「ああ」
「体調に変わったところは?」
「ない」
「途中で気分が悪くなったり、やめたくなったりしたら、すぐに言ってください」
「分かった」
一つずつ確認する。
ここまで来ると、少し落ち着いた。
相手が誰であろうと、やるべきことは同じだ。
リオはカイルドを見る。
「では、最初に魅了を使います」
「ああ」
息を整える。
魅了魔法。
リオが最も苦手とするものだった。
昨日の適合率は百パーセントだった。
もしかしたら、相性のいいカイルドになら、いつもより上手く効くかもしれない。
少しだけ期待しながら魔力を集中させる。
相手の意思に干渉するものではない。
提供への同意を得た相手の緊張を和らげ、軽い高揚感を与え、精気を受け渡しやすい状態へ導く。
教わった通りに魔力を流す。
今度こそ。
せめて少しくらい。
「……」
カイルドは何も言わない。
リオは待った。
もう少し待った。
「……どうですか」
「何がだ」
嫌な予感がした。
「少し身体が温かいとか、気持ちがふわっとするとか」
「いや」
「頭がぼんやりするとか」
「しない」
リオは黙った。
カイルドも黙っている。
「……魅了、効いてます?」
「魅了?」
「今、使ってます」
「……何かしたか?」
「しました」
百パーセントでも駄目だった。
リオは静かに肩を落とした。
「すみません。俺、魅了だけは本当に苦手で」
「謝る必要があるのか」
「普通はもう少し効くので」
「問題ない」
「でも――」
「意識がはっきりしているほうがいい」
予想していなかった言葉に、リオは瞬いた。
「そうなんですか?」
「ああ」
カイルドにとって、精気提供そのものは珍しいことではない。
むしろ定期的に必要としている。
これまで何人もの淫魔から魅了を受け、その状態で提供してきた。
嫌というほどではない。
身体の力が抜け、気分が高揚する感覚も理解している。
ただ、自分の思考に薄い膜がかかったようになる、あの独特の感覚だけは昔から好きではなかった。
必要なものだから受け入れていただけだ。
今はそれがない。
頭は冴えたまま。
目の前のリオの声も、自分の身体の感覚も、普段と何一つ変わらない。
カイルドにとっては、むしろそのほうが快適だった。
「このままでいい」
「……はい」
まだ納得はできなかったが、リオは頷いた。
魅了は駄目でも、実技ならやるべきことは分かっている。
リオは一度息を整えると、カイルドへ近づいた。
ベッドの中央で、カイルドは上体を起こして座っている。リオはその腿の上にまたがり、膝で体重を支えている。
リオはまず、カイルドの頬へ唇を寄せた。肌の温度を確かめるように、一度、二度と触れて離れる。
次に口が重なる。最初は浅く、すぐに深くなった。リオの舌がカイルドの唇の隙間を割り、内側の熱へ滑り込む。カイルドの舌が応える。絡み、押し、引かれ、また絡む。
「んっ…」
リオの鼻に短い声が漏れた。唾液が糸を引き、噛む寸前まで唇が吸い合った。
その間もリオの腕は動いていた。片手はカイルドの後頭部へ回り、短い髪の根元をゆっくり撫でる。もう片手はうなじから背中へ降り、肩甲骨の窪みを指の腹でなぞった。
深いキスのあいだ、腕はせわしなく愛撫を繰り返した。
カイルドはされるがままになりながら、リオの動きを見ていた。
学校からは、何度も卒業試験に落ちている研修生だと聞いている。
だから、実技にも不慣れなのだろうと思っていた。
だが、リオの動きに迷いはない。
ただ手順を覚えているだけでもなかった。こちらの反応を確かめ、それに合わせて触れる場所や強さを変えている。
カイルドは黙って、その動きを見ていた。
唇が離れたとき、細い銀の糸が二人の口元をつないだ。リオはそれを舌で断ち、そのまま首筋へ落ちていく。
喉仏の横を舐め、鎖骨の窪みに舌先を置いて熱を吸う。
ゆっくりと胸へ。
筋肉質な胸板を両掌で撫で上げ、指先が乳首の周囲を円く回った。リオが口を寄せ、含もうとした瞬間だった。
「そこはやらなくていい」
リオの動きが、一瞬止まる。
目だけを上げてカイルドの顔を見る。その顔からは表情は読み取れなかった。
リオは小さく息を吐くと、そこから唇を離した。
理由を尋ねることもなかった。
嫌がることはしない。
それも、リオが実習で徹底してきたことの一つだった。
代わりに、それ以外へ集中する。
脇腹を舌でぺろぺろと舐めた。肋骨の下、汗の薄く浮いた肌を丁寧に辿る。
カイルドの腹がわずかに引く。
リオはそこを気に入ったように、もう一度ゆっくり舐め上げた。
両手は同時に動いている。ベルトの金具を外し、革を引き、ファスナーを下ろす。器用で、音は小さい。
その頃には、カイルドにもはっきり分かっていた。
精気が流れ始めている。
いつもの提供とは感覚が違う。
魅了を受けたときのような、意識が遠のく感覚はない。頭は最初からずっと冴えている。
それなのに、精気だけが妙に滑らかにリオへ渡っていく。
無理に引き出されている感じもしない。
身体の中に溜まっていたものが、行き先を見つけたようだった。
下着の布が前へ張り出していた。リオは顔をうずめた。熱と匂いが鼻腔を満たす。
布の上から唇を押し当て、先端の形を確かめてから、縁を指で下ろす。
熱いものが顔の前に立ち上がった。リオはまず先っぽへ、軽くキスをした。
小孔に唇が触れるだけの、短い接触。
それから舌を出し、先をぺろぺろと舐める。味は薄く塩気があり、熱だけが濃い。
亀頭を唇で包み、やさしく吸い上げる。
「んむっ…」
ちゅう、と小さく音が立った。
舌先を細くして、今度はカリだけを舐める。輪の裏側を一周し、敏感な境目を何度もなぞった。
カイルドの腿に力が入る。
リオは顔を下げ、睾丸を舌で舐めまわす。片方を含んで熱を移し、離してもう片方へ。袋の表面を平たい舌で丁寧に覆い、根元まで唾液を残した。
それから、アイスキャンディを舐めるように茎を下から上へすくい上げる。
側面を舌で巻くように、裏側も表側も、ゆっくり、美味しそうに舐めまわした。
「んっ…」
先に溜まった液を舌で掬い、喉を鳴らして飲み込む仕草まで含めて、リオの動きは勉強してきた技術そのものだった。
カイルドは眉をわずかに寄せた。
やはり上手い。
これまで相手をした淫魔と比べても、見劣りするような技術ではない。
むしろ丁寧だった。
自分が何をされれば気持ちいいのかを決めつけず、小さな反応を拾っている。
これだけできて、なぜ何度も卒業試験に落ちているのか。
魅了が弱い。
それだけが理由なのだろうか。
手が加わる。根元を握り、ストロークに緩急をつける。
ゆっくりと抜き上げて、先で止め、急に落とす。唇でも同時にストロークしながら、舌は裏筋だけを舐め上げた。
口が上下するたびに、舌が太い裏筋を追い続ける。
じゅぼ、じゅぼっ。
濡れた音が、ようやくはっきり立った。
リオの喉の奥で「んむっ…んっ」と短い声がリズムに混ざる。
カイルドの呼吸が変わった。
カイルドの指がリオの髪へ入る。乱暴ではない。優しく撫で、耳の後ろを親指でなぞる。
「出す」
短い宣告だった。
リオは声ではうなずかなかった。代わりに、奥まで銜え込んだ。
「んぐっ…」
先端が喉の奥に当たるまで沈めて、吸いながら待った。
カイルドの腰がわずかに浮く。
熱いものが喉の奥へ一気に溢れた。リオは零さないよう喉を細かく鳴らし、飲み込む。
「んっ…っ」
精気も一緒に流れ込んでくる。
量が違う。
試験の提供者とは、熱も濃度も違った。
腹の底まで落ちてくる感覚に、リオの指がカイルドの腿を掴んだ。
射精が収まるまで、リオは顔を上げなかった。
ゆっくりと離れたとき、唇の端が濡れて光っていた。リオはそれを親指で拭い、カイルドを見上げた。
「……まだ、足りないです」
カイルドは天井ではなく、リオの顔を見ていた。
頭は、いつものようにぼんやりしていない。意識は明瞭なまま、精気だけが滑らかに出ていった。
そして、目の前のリオにも変化がない。
これまでなら、一人へ一度提供すれば、少なくとも相手の身体には満たされた兆候が出る。
だがリオは違った。
これだけ受け取ったあとで、まだ足りないと言う。
カイルド自身にも、まだ余裕があった。
「続けて」
リオは小さく笑って、もう一度顔を寄せた。
こんこん。
二人の動きが止まった。
リオが扉を見る。
少し間を置いて、もう一度。
こんこん。
「団長」
扉の向こうから男の声がした。
「失礼いたします。至急、ご確認いただきたい件が」
リオはカイルドを見る。
「……お仕事ですよね」
「ああ」
「じゃあ、今日はここまでにしましょう」
「足りないんじゃないのか」
口にしてから、カイルドはわずかな違和感を覚えた。
リオがまだ満たされていないことを言っただけだ。
そのはずなのに、自分もまだ足りないような気がした。
「あ……はい。まだ足りませんけど、仕方ないです」
残念ではある。
今日は、このあとも続ける予定だった。
それでも騎士団長の仕事を止めてまで付き合わせるわけにはいかない。
リオはベッドから降り、身支度を整えた。
カイルドも服を戻す。
結局、初回の研修は予定していたところまで進められなかった。
それでも、リオの身体にはこれまでとは比べものにならないほどの精気が入っている。
身体が軽い。
いつもなら提供を受けたあとでも残っている空腹感が、かなり薄くなっていた。
――やっぱり、すごい人だ。
あれだけ受け取ったのに、カイルドにはまだ余裕があった。
これなら次は、もっと受け取れるかもしれない。
最後に、提供前と同じ測定器で精気量を確認する。
先にリオ。
続いてカイルド。
表示された数値を見た教官が、動きを止めた。
「……団長」
「何だ」
「かなり減っています」
リオも画面を覗き込んだ。
提供前の数値を覚えている。
そこから、明らかに大きく減っていた。
「こんなに……?」
自分でも驚いた。
確かにたくさん受け取ったとは思った。
けれど、まだ足りない。
それに、本来予定していた提供の途中までしかできていない。
「どこまで行った?」
教官に尋ねられ、リオは少し言葉に詰まった。
「……本格的な提供に入る前までです」
教官が測定器を見る。
もう一度数値を確認した。
「それだけで、これか」
「多いんですか?」
「多い」
即答だった。
リオはカイルドを見る。
それでも素直には喜べなかった。
時計を見る。
思っていたより時間が経っている。
「……やっぱり時間かかった」
ぽつりと漏れた。
「何がだ」
カイルドが聞く。
「精気をもらうの」
リオは少し俯いた。
「魅了も全然効かなかったし。もっと上手い淫魔なら、同じ時間でも早くできると思います」
せっかく適合率が百パーセントなのだ。
これほど条件のいい相手を用意してもらって、それでも上手くできないのなら自分の問題だ。
「すみません。次はもう少し――」
「待て」
カイルドが遮った。
リオが顔を上げる。
「今ので、少ないと思っているのか」
「え?」
「お前が受け取った量だ」
リオは測定器を見る。
「でも、まだ足りないので」
カイルドは黙った。
話が噛み合っていない。
これまで何人もの淫魔へ精気を提供してきた。
一人では受け取りきれない。
だから複数に分ける。
それがカイルドにとっての普通だった。
その自分から、リオは一度でこれだけの量を受け取った。
しかも、今日は途中で切り上げている。
それなのに、本人はまだ足りないと言っている。
「……そうか」
カイルドはそれ以上言わなかった。
測定器に表示された数字を見る。
これだけ減っている。
それなのに、リオはまだ足りないと言う。
カイルドは測定器からリオへ視線を戻した。
――こいつは、いったいどれだけ入るんだ。
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