10 / 19
第10章 あいつはなんなんだ
「団長」
訓練を終え、剣を鞘へ収めたところで声をかけられた。
振り返る。
副団長が、こちらをじっと見ていた。
「なんだ」
「最近、提供所行きました?」
「行ってない」
答えると、副団長の眉が寄った。
「最後に行ったのいつです?」
「覚えてない」
「覚えてないって」
カイルドは汗を拭きながら考えた。
リオを預かることになってからは、一度も行っていない。
その少し前に三人へ提供したのが最後だったはずだ。
「一か月近く前か」
「は?」
副団長が目を丸くした。
「一か月?」
「ああ」
「ちょっと待ってください」
急に真顔になる。
「体調は?」
「問題ない」
「熱は?」
「ない」
「身体重くないです?」
「別に」
答えるたびに、副団長の顔がおかしくなっていく。
「……精気、枯れました?」
「なぜそうなる」
「だって団長ですよ?一週間放っておいただけで身体重いって言ってた人が、一か月提供なしで平気なわけないでしょう」
「提供してないとは言ってない」
副団長が止まった。
「……はい?」
「提供所へ行っていないだけだ」
「じゃあ、どこで出してるんです?」
「今、淫魔を一人預かってる」
数秒、沈黙が落ちた。
「……一人?」
「ああ」
「団長の精気を?」
「ああ」
「一人で?」
「そうだ」
「かわいそうでしょう!?」
訓練場に声が響いた。
近くにいた騎士が何人か振り返る。
カイルドは眉を寄せた。
「声が大きい」
「いや、だって一人って!」
「本人が必要としている」
「必要としてても限度があるでしょう。今まで三人でも全部出せなかったじゃないですか」
「別に全部渡しているわけじゃない」
「そういう問題ですか?」
「何が問題なんだ」
「相手、大丈夫なんです?」
「問題ない」
むしろ。
問題があるとすれば、こちらのほうだった。
カイルドは口を閉じた。
ここ最近、提供所へ行こうと思ったことがない。
行く必要がなくなったからだ。
精気が溜まりきる前に、リオから声がかかる。
夜。
仕事を終えて部屋へ戻り、本でも読んでいると。
控えめに扉が叩かれる。
開ければ、大抵リオが立っている。
『団長』
『なんだ』
『……ちょっと、お腹減りました』
最初にそう言われたときは、夜食でも欲しいのかと思った。
違った。
精気だった。
それから何度か、似たようなことがあった。
『今日も?』
『だめですか?』
『いや』
『じゃあ、ください』
悪びれもなく部屋へ入ってくる。
それを受け入れているだけだ。
別に、自分から求めているわけではない。
必要だと言うから渡している。
研修の一環でもある。
何もおかしくない。
「……団長?」
「なんだ」
「その子、かなり受け取れるんですか?」
「ああ」
「へえ。相性いいんですね」
「そうらしい」
副団長が妙に納得した顔で頷いた。
「じゃあ、しばらく提供所には用なしですね」
「そうなるな」
「団長が来なくなったら、あそこの淫魔君たち悲しむだろうなあ」
「代わりにお前が行ってやればいい」
「無理ですよ」
「なぜだ」
「俺、あそこ行ったら搾り取られて動けなくなるんで」
「……そうか」
「団長と一緒にしないでください」
◇
確かに、リオへ提供するようになってから体調はいい。
以前より明らかに身体が軽く、朝の目覚めも悪くない。
提供所では、一度に三人を相手にしても受け取る側の限界が先に来るため、体内にはかなりの精気が残っていた。
だが、リオは違う。
時間はかかるし、魅了もほとんど使えない。それでも、他の淫魔よりずっと多くの精気を受け取っていく。
そのおかげで体内に残る古い精気が減り、新しく作られる精気の割合も増えた。
身体の調子がいいのも、考えてみれば当然だった。
それだけではない。
カイルドにとっては、魅了を受けなくていいことも大きかった。
頭に薄い膜がかかったような感覚もなく、思考も意識もいつも通りで、自分が何をしているのか、何をされているのかも全部はっきり分かる。
その状態で精気だけを渡せるのだから、以前よりずっと楽だった。
だから、リオでいい。
いや、リオがいい。
「……」
足が止まる。
今、何を考えた。
カイルドは眉を寄せた。
別に深い意味はない。
他の淫魔より相性がよく、かなりの量を受け取れるうえに魅了も使わない。
自分にとって都合がいい条件が揃っているだけで、それ以上の理由などあるはずがない。
そう思うのに、一つだけ説明のつかないことがあった。
魅了を使われていた頃より、頭がはっきりしている今のほうが、なぜか身体は強く反応する。
最初は適合率のせいだと思っていた。
精気の流れがいいから身体も反応しやすいのだろうと、そう考えれば一応は納得できた。
けれど最近は、扉を開けた先にリオが立っているだけで分かる。
また来た。
そう思った瞬間には、もう身体の奥がじわりと熱を持っている。
『お腹減りました』
あの言葉を聞けば、熱がさらに熱くなる。
魅了など何も使われていないし、魔力が思考へ入り込んでくることもない。
意識は完全に自分のもので、判断だって鈍っていない。
それなのに、以前よりずっと欲が強い。
「……意味が分からん」
カイルドは小さく呟いた。
頭が鈍っているわけでもないのに、リオが部屋へ来るだけで身体が勝手に反応する。
しかも相手は、魅了すらまともに使えない落ちこぼれ淫魔だ。
自分の身体を動かしているものが魅了ではないのなら、いったい何なのか。
「……あいつはなんなんだ」
当然、答える者はいなかった。
ともだちにシェアしよう!

