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第14章 団長、最近変ですよ

「団長」 「何」 「今日、もう終わりですか?」 「ああ」  机の上の書類をまとめていたカイルドを、副団長が珍しいものでも見るような顔で眺めた。 「まだ明るいですよ」 「だから?」 「いや。団長がこの時間に帰るの、珍しいなと思って」  今日中に片づける必要のある仕事は、もう終わっている。明日でも構わない書類まで残って処理する理由はない。 「仕事が終わったから帰る。それだけだ」 「へえ」 「何だ」 「別に」  副団長は妙に楽しそうだった。  その顔が気に入らない。 「言いたいことがあるなら言え」 「今日は食堂ですか?」  書類を揃えていた手が止まった。 「……何の話だ」 「リオ君の」 「なぜそこでリオが出る」 「最近、団長が早く帰る日って、あの子の仕事が早く終わる日じゃないですか?」 「そうだったか?」  何でもないように返しながら、書類を机の端へ寄せる。  今日はリオの午前授業の日だ。  昼から食堂へ入っているはずだから、夕方には上がる。 「……団長」  副団長の視線を無視して、カイルドは上着を取った。 「帰る」 「お疲れさまでーす」  背後から飛んできた妙に楽しそうな声には答えなかった。      ◇  別に、迎えに行くつもりではなかった。  リオはいい年をした大人だ。毎日のように通っている道を、一人で屋敷まで帰れないはずもない。治安が悪い場所でもないのだから、わざわざ食堂まで行く必要などない。  そのはずだった。  気づけば、見覚えのある通りまで来ていた。 「……」  少し遠回りになるだけだ。  前に食べた煮込みも悪くなかった。  夕食前に軽く食べるくらいなら問題ない。  そう考えながら、カイルドは食堂の前で足を止めた。  夕方の客が入り始める時間らしく、窓の向こうではリオが忙しそうに動いている。エプロン姿で料理を運び、客に何か話しかけられて笑っていた。  店へ入ると、すぐにこちらへ気づいた。 「いらっしゃいませ――あ。団長」 「ああ」 「今日早いですね」 「仕事が終わった」 「珍しい」  リオが笑った。 「今日は何食べます?」 「前に食べた煮込み」 「気に入ったんですか?」 「悪くなかった」 「じゃあ煮込みですね。飲み物は?」 「エール」 「はい」  注文を書き留めたリオは、すぐに仕事へ戻っていった。  カイルドは以前と同じ端の席へ座る。  しばらくして運ばれてきた煮込みを食べながら、冷たいエールを飲んだ。  別にリオを待ちに来たわけではない。  仕事が早く終わって、たまたまこちらへ来ただけだ。  そう考えているうちに、厨房から若い男が顔を出した。 「リオ、これ五番!」 「はい!」  リオが料理を受け取る。  男が続けて何かを言った。距離があって内容までは聞こえなかったが、リオが笑い、それにつられるように男も笑う。  ただの同僚だ。  以前ここへ来たときにも見かけた。  仕事中に言葉を交わすくらい、何も珍しいことではない。  カイルドはエールを口へ運んだ。 「リオ、今日このあと暇?」  今度は、はっきり聞こえた。 「今日は帰ります」 「また屋敷?」 「うん」 「最近付き合い悪いなあ」 「元からそんな遊んでないでしょう」 「今度飯行こうよ」 「予定合ったらね」  リオは軽く答えて、別の客のところへ向かった。  カイルドは手元のグラスへ視線を落とした。  リオが誰と食事へ行こうが、本人の自由だ。  それなのに、「予定が合ったら」という言葉だけが妙に耳に残った。 「団長?」  気づけば、リオが目の前に立っていた。 「何ですか」 「いや」 「さっき呼んだのに、全然反応しませんでしたよ」 「考え事してた」 「仕事?」 「別に」  リオは不思議そうに首を傾げたが、それ以上は追及しなかった。 「もう上がれます。ちょっと着替えてきますね」 「ああ」  店の奥へ消えていく。  入れ替わるように、さっきの男が厨房から出てきた。 「お連れさんですか?」  カイルドは顔を上げる。 「リオの?」 「ああ」 「そうです」 「へえ」  男は何やら納得したように頷いた。 「最近、よく屋敷の話してますよ。飯がうまいとか、部屋が広いとか。最初は落ち着かないって言ってたけど、今はだいぶ慣れたみたいで」 「……そう」 「団長さんなんですよね?」 「ああ」 「リオ、学校じゃ大変らしいけど、こっちじゃ昔からちゃんとしてるんで。よろしくお願いします」  なぜ自分が頼まれるのかは分からなかったが、 「分かった」  とだけ答えた。  少しして、私服へ着替えたリオが出てくる。 「お待たせしました」 「ああ」 「帰りましょう」  当然のように隣へ並び、二人で店を出た。  夕方の王都はまだ人が多い。 「今日、ほんとに早いですね」 「仕事が終わったから」 「何回言うんですか、それ」 「事実だ」  リオが笑う。  しばらく並んで歩いたところで、カイルドは何気ないふうを装って口を開いた。 「さっきの男」 「はい?」 「同僚?」 「ああ。そうですよ」 「長いのか」 「俺より少し後に入りました」 「そう」  それ以上は聞かなかった。 「団長?」 「何」 「今日ちょっと変じゃないですか」 「何が」 「さっきから質問多い」 「そうか?」 「そうですよ」  リオは少し考えたものの、すぐに興味を失ったらしい。 「まあいいや。今日の夕飯なんだろ」 「知らない」 「肉がいいな」 「使用人に言え」 「今からじゃ遅いでしょう」  その後はいつものような話をしながら、二人で屋敷へ帰った。      ◇ 「団長、最近変ですよ」  翌日。  訓練場で副団長にそう言われ、カイルドは眉を寄せた。 「またそれか」 「昨日、食堂まで行ったそうですね」 「近くを通っただけだ」 「騎士団から屋敷へ帰るなら、あっちを通る必要ないでしょう」  カイルドは黙った。 「しかも、リオ君が男と話してるの、ずっと見てたとか」 「誰から聞いた」 「そこは否定しないんですね」 「暇なのか、お前らは」  副団長が笑う。 「いや、本当に最近分かりやすいですよ」 「何が」 「それが分からないから言ってるんです」  カイルドはこれ以上付き合う気をなくし、剣を取った。 「訓練始めるぞ」 「はいはい」  二人で訓練場の中央へ出る。  向かい合い、剣を構えたところで、ふと頭に浮かんだ。  今日はリオの仕事は何時までだったか。  確か、今日は午後まで授業がある。  なら食堂へ入るのは夕方からで――。 「団長」 「何」 「始めないんですか?」 「……始める」  カイルドは剣を構え直した。  今考えることではない。  そう思ったのに、その日の仕事が終わるころには、結局リオの帰宅時間を思い出していた。

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