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第2話 大丈夫でした?

数日後、午後の受付は前回より人が多かった。 搬入口側から戻る職員と、案内を待つ来訪者が重なり、一階には途切れない人の流れができている。 真壁修司が端末で入館予定を確認していると、自動扉の向こうから聞き覚えのある声がした。 「こんにちは」 顔を上げる。 澄川律が仕事用の鞄を肩に掛けて立っていた。 今日は紙袋がない。 「こんにちは。十五時からですね」 「はい。今日はちゃんと連絡してます」 「それは何よりです」 「前より学習しました」 少し得意そうに言う。 真壁は入館処理を進め、来訪者用の表示を確認した。 これで会話は終わるはずだった。 「お腹、大丈夫でした?」 指が止まる。 顔を上げると、澄川は真面目な顔をしていた。 「そこから確認するんですか」 「気になってたので」 「問題ありません」 澄川の肩から、ほんの少し力が抜ける。 「よかった」 「焼き菓子も、おいしかったです」 今度は表情がはっきり変わった。 「本当ですか」 「はい」 「どれが一番でした?」 真壁は前回の袋の中身を思い出す。 丸いもの。 細長いもの。 少し焼き色の濃いもの。 「丸いものです」 「バター多めのやつです」 「そうなんですか」 「初めて作ったんで、不安だったんです」 「初めてだったんですか」 「はい」 澄川は少し考えてから、自然に続けた。 「次、それ多くします」 真壁が顔を上げる。 澄川もそこで止まった。 「あ」 自分で気づいたらしい。 「凪さん用です」 「そうですか」 「甘いもの好きなので」 言いながら、澄川の視線が受付の奥へ流れる。 「今日、凪さんいます?」 「今は外です」 「またですか」 「今日は撮影ですね」 澄川は少しだけ肩を落としたが、すぐに壁の時計を見た。 「じゃあ今日は仕事だけですね」 「その方がいいと思います」 「真壁さん、名取さんみたいなこと言いますね」 真壁は返事をせず、エレベーター側へ視線を向けた。 「そろそろ上へ行かれた方がいいですよ」 「あ、はい」 澄川が歩き出す。 数歩進んだところで、また振り返った。 「ほんとにおいしかったんですよね」 「何度確認するんですか」 「初めてだったんで」 澄川が少し笑う。 真壁はその顔を見てから、もう一度だけ答えた。 「おいしかったです」 今度は聞き返さなかった。 満足したように前を向き、そのままエレベーターへ消えていく。 人の流れが、また受付の前へ戻った。      * 夕方。 二階の巡回を終えて一階へ戻る途中、壁面モニターの映像が切り替わった。 中央に名前が出る。 澄川律。 真壁は数歩進んでから足を止めた。 暗いステージ。 白いシャツに黒いジャケット。 マイクの前に立つ澄川は、午後に受付で焼き菓子の出来を気にしていた人間とは距離が違った。 大きく動かない。 客席へ手を伸ばさない。 ギターを抱えたまま、ほとんど同じ場所にいる。 声が入る。 画面の前の空気だけが変わった。 「ファンなの?」 横から声がした。 相沢涼が立っている。 「違います」 真壁は画面を見たまま答えた。 「ずっと見てるけど」 「今、見始めたところです」 「ライブ行く?」 そこで真壁が相沢を見る。 「何の話ですか」 相沢はモニターを指した。 映像が切り替わり、ツアー日程が表示される。 東京公演。 数日後。 「俺、関係者席もらってるんだけど、その日行けなくなった」 「それを私に?」 「うん」 相沢は鞄から細長い封筒を出した。 表には澄川律の名前がある。 真壁はすぐには手を出さなかった。 「他に行かれる方はいないんですか」 「凪は別で行ってるし。俺の分」 「私が使って問題ありませんか」 「大丈夫」 相沢は封筒を差し出したまま、また画面を見る。 「生の方がいいよ」 真壁もモニターへ視線を戻した。 画面の中の澄川は、誰にも近づかない。 そのままで人を止めている。 午後に見た澄川とは違う。 けれど、別人には見えなかった。 「その日、休みなんです」 「じゃあ行けるじゃん」 「そういう問題でしょうか」 「違う?」 相沢は急かさない。 封筒だけが二人の間に残る。 真壁は少しだけ考えてから、手を伸ばした。 「では、いただきます」 相沢が封筒を離す。 「澄川、びっくりするかも」 「知らせるんですか」 「言わない」 「そうですか」 真壁は封筒を折らないよう手帳へ挟んだ。 モニターの映像が次へ切り替わる。 さっきまで澄川が立っていた場所には、別の告知が流れていた。 真壁は手帳を閉じる。 勤務表にはない予定が、一つ増えた。

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