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第6話 眠れていない

午後のガラス扉の向こうは、よく晴れていた。 出入りする人が扉を開けるたび、外の空気が受付まで入り込んでくる。 真壁修司は受付脇で、その日の来訪予定を確認していた。 画面を流していた指が止まる。 澄川律。 十五時。 名前を見るのは久しぶりだった。 その間も、アトラボの壁面モニターやニュースで姿を見かけることはあった。海外での活動が増えたという話も耳に入っている。 アトラボ側も落ち着いていたわけではない。 凪隼人は映画の撮影で外にいることが増え、少し前にはロンドンへ渡っていた。帰国してからは、また音楽側の予定が動き始めている。 今日の澄川も、その一つだった。 以前は凪と二人で音を合わせた。 今回はRidgeline側も加わり、海外を視野に入れた企画へ広がっている。 自動扉が開いた。 澄川の隣には、見覚えのない男性がいた。 男性が先に名刺を差し出す。 「澄川のマネージャーです。本日、同行しています」 「確認します」 真壁が予定と照合している間、澄川は後ろで待っていた。 顔色は悪くない。 少なくとも、前に壁へ手をついた時とは違う。 ただ、鞄の肩紐を握る手に力が入りすぎている。肩も高い。 確認を終え、真壁は顔を上げた。 「お久しぶりです」 澄川が笑う。 「そうですね」 以前なら、そこで凪がいるか聞いたかもしれない。 今日は上階へ視線をやることもなく、その場に立っている。 真壁は澄川の右肩へ目を向けた。 「体調はいかがですか」 「大丈夫です」 返事が早い。 隣でマネージャーが息を吐いた。 「先日はありがとうございました。あれから倒れるところまではいってないんですけど」 澄川がそちらを見る。 「倒れてないです」 「寝てないだろ」 そこで会話が止まった。 真壁は澄川へ視線を戻す。 「眠れていないんですか」 「寝てはいます」 「途中で起きる?」 澄川の目がこちらへ向いた。 「……何で分かるんですか」 真壁は答える前に、もう一度肩を見る。 気づいたのか、澄川が肩を下げる。 けれど、すぐに元へ戻った。 「休めている人の立ち方には見えないので」 「立ち方でそこまで分かるんですか」 「全部は分かりません」 澄川は自分の肩へ手を置いた。 揉む場所も、ずれている。 マネージャーが時計を確認する。 「今、海外向けの仕事がかなり増えてるんです。今日のRidgelineとの企画もそうですし」 真壁は頷いた。 「以前は凪さんとお二人でしたよね」 「はい」 澄川の表情が変わる。 疲れている話をしていた時より、目がはっきりした。 「前のセッション、よかったんです」 「それで今回は広げた?」 「そうです。次やるなら、もっとできると思って」 声に迷いはなかった。 澄川は鞄の肩紐を握ったまま続ける。 「海外で出すなら、前と同じじゃ弱いかなとか。Ridgelineとやるなら、俺も同じじゃ嫌だし」 笑う。 「凪さんと一回やってるから、今度はもっとって思うんですよね」 「考え続けてしまうんですか」 「たぶん」 「たぶんじゃない」 横からマネージャーが返した。 澄川は反論しなかった。 持ち直した肩紐に、また指が食い込む。 「仕事が嫌なわけではないんですね」 「全然」 今度は迷わなかった。 「むしろ、やりたいです」 声も明るい。 それでも手は緩まない。 澄川が自分から続けた。 「だから止まらないんですよね」 真壁はその手を見た。 「身体の方は、休めていないように見えます」 澄川が顔を上げる。 「それも分かるんですか」 「ある程度は」 「真壁さん、警備ですよね」 「そうです」 「なのに身体も分かる?」 真壁は一度、言葉を選んだ。 隠すほどのことではない。 「柔道整復師の資格を持っています」 澄川が黙った。 「……何ですか、それ」 「身体の構造や動きについて学ぶ国家資格です」 「前、それで仕事してたんですか」 「本職にはしていません。学生の頃に整骨院で働いていたことはあります」 澄川は自分の肩へもう一度触れた。 「じゃあ、ここが変なのも分かります?」 「診断はしません」 「そこはしないんですね」 「しません」 澄川が笑った。 その時だけ、肩から力が抜ける。 真壁はそこを見ていた。 「ただ、かなり力は残っています」 「肩?」 「肩だけではないと思います」 澄川の手が止まる。 「触ったら分かります?」 真壁は周囲へ視線を向けた。 受付前を社員が通り、離れたところには来訪者もいる。 「ここではやりません」 「ですよね」 マネージャーが時計を見る。 「そろそろ行こう」 「はい」 澄川はエレベーターへ向かった。 数歩進んだところで、また振り返る。 「真壁さん」 「はい」 「終わったあとなら?」 真壁は勤務予定を思い返した。 まだ時間は残っている。 「私の勤務が終わってからなら」 澄川が時計を見る。 「待てます」 返事は早かった。 マネージャーが澄川を見る。 「迎えの時間、ずらす?」 「お願いします」 話が決まるのが早い。 真壁は何も言わなかった。 澄川はもうエレベーターへ向かっている。 扉が閉まる直前、こちらへ軽く頭を下げた。 真壁も会釈を返す。 表示が上へ動いていく。 以前は、凪に会うために来ていた。 今日は仕事で来ている。 それでも、終わったあとに待つ理由だけは、凪とは関係がなかった。

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