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第7話 勤務外

勤務を終えた真壁修司は、更衣を済ませて一階へ戻った。 黒のシャツにチャコールグレーのパンツ。仕事中につけていたIDもインカムもなく、手には鞄だけを持っている。 窓際の椅子に、澄川律が座っていた。 スマートフォンを見ていた澄川が顔を上げる。 その視線が止まった。 「……真壁さん?」 「はい」 真壁はそのまま近づく。 「お待たせしました」 澄川はまだ見ていた。 「何ですか」 「いや」 遅れて視線が外れる。 「私服、着るんですね」 真壁は黙った。 「着ますよ」 「ですよね」 澄川が笑う。 仕事中と同じ顔なのに、見られ方だけが違っていた。 「送迎は?」 「遅らせてもらってます」 「そうですか」 澄川が立ち上がる。 その瞬間、身体がわずかに左へ流れた。 真壁は肩から足元までを見る。 「まだ重いですか」 澄川が自分の肩へ手を置く。 「分かります?」 「さっきより左へ寄っています」 「左?」 「はい」 澄川は姿勢を直してみる。 けれど数秒すると、また同じ位置へ戻った。 「ほんとだ」 「今日は長かったでしょう」 「結構」 澄川が肩を押す。 真壁はその手を見る。 「そこではないです」 「え?」 「もう少し内側です」 澄川の手が止まる。 考えてから、真壁を見る。 「今なら勤務中じゃないですよね」 「違います」 「じゃあ、少しだけお願いします」 仕事ではない。 来訪者対応でもない。 真壁は受付側へ視線を向けた。 人の出入りはほとんど終わっている。 「少しだけなら」 澄川の肩から、わずかに力が抜けた。      * 二人で人の少ない休憩スペースへ移る。 澄川が椅子へ座り、真壁は鞄を脇へ置いて後ろへ回った。 「触ります」 「はい」 肩へ手を置く。 服越しでも張りが分かる。 さっき受付で見た時より強い。 左右を確かめながら首へ続くあたりへ指を移すと、触れた瞬間に澄川の身体にまた力が入った。 「力、抜いてください」 「抜いてます」 「抜けてません」 澄川が息を吐く。 肩が下がる。 それでも、すぐに戻った。 「勝手に戻るんですよね」 「身体が警戒したままなんでしょう」 「何に?」 「そこまでは分かりません」 澄川が笑う。 真壁は腕の位置を変え、強く押さずに力が逃げる場所を探した。 「預けてください」 澄川が振り返りかける。 「真壁さんに?」 真壁の手が止まった。 「今は、そうです」 澄川は何も言わなかった。 もう一度触れる。 さっきより腕が重い。 力が抜けた分だけ、こちらへ預けられている。 真壁はその重さを受けた。 肩から背中に残っていた硬さも、ゆっくり落ちていく。 澄川の呼吸が深くなり、目が閉じた。 「眠いです」 「それならいいです」 「ここで寝たら?」 「送迎が来ます」 「起こしてください」 「寝る前提ですか」 澄川が目を閉じたまま笑う。 真壁はそこで手を離した。 「今日はここまでにしましょう」 澄川がゆっくり目を開け、肩を回す。 「軽い」 「それならよかったです」 「もう少しやったら寝られそうなのに」 「帰って寝てください」 「寝られたら」 真壁は澄川を見る。 「身体は寝たがっています」 澄川が黙った。 「頭だけ起きてるんですよね」 「そう見えます」 澄川はスマートフォンを手に取った。 送迎の連絡はまだない。 「これ、またお願いしたい時どうすればいいですか」 「時間が合えば」 「真壁さんがいる日、分からないです」 今までは、ここで会えば話した。 澄川が来て、真壁が勤務していれば顔を合わせる。 それだけだった。 澄川はスマートフォンを持ったまま、真壁を見る。 「連絡先、聞いてもいいですか」 声はいつもと変わらない。 真壁は考えてから、私用のスマートフォンを取り出した。 「構いません」 必要な操作だけ済ませる。 画面に名前が増える。 澄川律。 すぐに短い通知が届いた。 《澄川です》 真壁は画面を見る。 「知っています」 「確認ですよ」 澄川が笑う。 その時、送迎の到着を知らせる連絡が入った。 澄川は鞄を持って立ち上がる。 さっきより重心は真っすぐだった。 「ありがとうございました」 「気をつけて」 数歩進んだ澄川が、自動扉の前で振り返る。 視線が真壁のシャツへ落ち、また顔へ戻った。 「やっぱり、私服だと違いますね」 「何がですか」 澄川は考えた。 「分かんないです」 そのまま外へ出ていく。 真壁は追わなかった。 手元のスマートフォンには、短い一行が残っていた。 《澄川です》

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