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第8話 画面の向こう
帰宅して食事を済ませたあと、真壁修司はテレビをつけた。
特に見たい番組があったわけではない。
ニュースが終わり、画面が音楽番組へ切り替わる。
出演者の名前が流れていく。
その中に、澄川律の名前があった。
真壁はリモコンへ伸ばしかけた手を止めた。
数分後、画面に澄川が映る。
ライブではなく、司会者と並ぶトーク席だった。
濃い色のジャケットに、首元の開いたシャツ。髪も整えられ、アトラボで見る時より隙がない。
司会者が海外での活動について触れる。
「最近、海外でのお仕事も増えているそうですね」
「はい。まだ始まったばかりですけど」
澄川は軽く頷いた。
「反響も大きいと聞いています。プレッシャーはありますか?」
考えてから、澄川が笑う。
「あります。でも、やれることが増える方が大きいです」
声も受け答えも安定していて、数日前に真壁の前で椅子へ座っていた時とは違って見えた。
それでも、肩へ触れた時の硬さだけは手の中に戻る。
力を抜くよう言っても、澄川の身体はすぐには応じなかった。
画面の中の澄川からは、そんな身体があるようには見えない。
求められるものが増えても、必要以上に自分を大きく見せない。
真壁は画面から目を外さなかった。
司会者が次の活動について聞く。
澄川はRidgelineとの企画には触れず、これからも外へ向けた仕事を増やしたいと答えた。
「楽しみですか?」
「はい」
返事は迷わない。
仕事が嫌なわけではない。
むしろ、やりたい。
だから止まらない。
番組はそのまま演奏へ移った。
澄川がマイクの前へ立つ。
音が始まる。
トーク席にいた時より、身体の余計なものが消える。
動きは少ないのに、画面の中心へ自然に視線が集まる。
真壁はそこに、数日前の身体を重ねた。画面では力が抜けているように見え、姿勢にも声にも無駄がない。
それでも終われば、また肩は戻るのかもしれない。
自分の手の下で、力が抜けていった時のことを思い出す。
曲が終わる。
澄川が静かに頭を下げた。
拍手が広がる。
真壁は番組が終わるまで、そのまま見ていた。
*
翌日、午後の受付で来訪予定を確認していると、自動扉が開いた。
澄川だった。
後ろにはスタッフがいる。
「こんにちは」
「こんにちは」
真壁は予定を確認し、入館処理を済ませた。
澄川はそのまま動かない。
「昨日、テレビに出ていましたね」
一瞬、目が止まる。
「見たんですか」
「はい」
「偶然?」
「偶然です」
澄川は数秒、真壁を見た。
「ライブも来て」
「はい」
「チャンネルも登録してて」
「しています」
「テレビも偶然見るんですね」
目が笑っている。
「そういうこともあります」
「あるんですね」
納得しているようには見えなかった。
それでも追及はせず、澄川が聞く。
「どうでした?」
「テレビですか」
「はい」
真壁は考えた。
「普通に見えました」
澄川の表情が変わる。
「普通?」
「はい」
「それ、褒めてます?」
「褒めています」
「分かりにくいですね」
真壁は端末を閉じた。
「少なくとも、眠れていないようには見えませんでした」
澄川が黙る。
真壁は肩へ目を向けた。
前より下がっているが、完全ではない。
「見てたんですね」
「テレビなので」
「そうじゃなくて」
真壁は返さなかった。
澄川もすぐには続けず、自分の肩を一度回した。
「今日、前よりましです」
「そうですね」
「分かるんですか」
「見れば」
澄川が笑う。
「やっぱり見てるじゃないですか」
「状態確認です」
「それ便利ですね」
「便利だからやっているわけではありません」
「じゃあ何で?」
真壁の手が止まった。
澄川は待っている。
離れたところで、スタッフが時計を確認した。
「澄川さん、そろそろ」
「あ、はい」
澄川は返事をしてから、もう一度真壁を見る。
「続き、今度聞きます」
「何の続きですか」
「何で見てるのか」
澄川はそのまま奥へ向かい、真壁は背中を見送った。
画面の向こうでは遠かった。
今は、声を掛ければ届く距離にいる。
真壁は端末を開いた。
けれど、さっきの問いだけは消えなかった。
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