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第9話 休みの日
休日の昼前、真壁修司のスマートフォンが震えた。
画面に表示された名前を見て、手が止まる。
澄川律。
連絡先を交換してから、私用のメッセージが届くのは初めてだった。
《今日います?》
真壁は画面を見てから返す。
《今日は休みです》
すぐに既読がついた。
返事は来ない。
真壁はスマートフォンを置き、出かける準備へ戻った。
買うものがいくつかある。急ぐ予定ではない。
ジャケットへ腕を通したところで、もう一度通知が鳴る。
《じゃあ、ここに来てください》
その下に、店の名前と場所。
続けて、
《待ってます》
真壁は画面を見た。
聞かれているようで、ほとんど決まっている。
断る理由を考えたが、特に浮かばなかった。
《分かりました》
送信すると、すぐに短く返ってくる。
《はい》
*
指定された店は、大通りから一本入ったところにあった。
外から中が見えにくく、席同士の間隔も広い。澄川が普段使うには都合がいいのだろう。
真壁が入ると、奥の席から手が上がった。
澄川は帽子を深く被り、普段より軽い服装で座っている。
ステージでも、アトラボでも見たことのない姿だった。
近づくにつれて、澄川の視線が真壁へ留まる。
「こんにちは」
「こんにちは」
向かいへ座る。
それでも、まだ見ていた。
「何ですか」
「いや」
澄川が視線を外す。
「今日も私服だなと思って」
「休みですから」
「そうですよね」
澄川は納得したように頷いた。
ただ、カップへ視線が戻るまで間があった。
真壁はメニューを開く。
「急でしたね」
「駄目でした?」
「来ていますから、駄目ではありません」
「よかった」
澄川はそれだけ言って、自分の飲み物へ手を伸ばした。
「今日はお仕事ではないんですよね」
「ないです」
「では、何をしていたんですか」
「ここにいました」
「その前です」
「起きて、ご飯食べて、曲触ってました」
「休みでは」
「仕事じゃないです。まだ誰にも出してないので」
真壁はメニューから顔を上げた。
「それでも曲は作るんですね」
「作りたかったら」
澄川にとって、仕事と音楽は同じではないらしい。
注文を済ませる。
話が途切れても、気まずさはなかった。
澄川は窓の外を見ている。
真壁も店内へ視線を流した。
勤務中なら、人の出入りや席の配置を確認していたはずだった。
今日は必要がない。
それでも、入口が視界に入る席を選んでいる。
「真壁さん、休みの日も周り見てますよね」
いつの間にか、澄川がこちらを見ていた。
「癖です」
「疲れません?」
「慣れています」
「じゃあ、俺見てる時も癖ですか」
真壁はカップへ伸ばしかけた手を止めた。
前にも聞かれた。
なぜ見ているのか。
まだ答えていない。
「今日は状態確認ではありません」
澄川の目が動いた。
「じゃあ何ですか」
真壁は答えを探した。
「普通に見ています」
言ってから、今度は自分の方が黙った。
澄川もすぐには返さない。
ちょうど飲み物が運ばれてくる。
店員が離れてから、真壁はカップを持った。
「それならいいです」
「何がですか」
「何となく」
以前にも聞いた返事だった。
真壁はそれ以上追わなかった。
そのあとは、仕事の話をほとんどしなかった。
澄川が最近気に入っている店の話。
真壁の筋トレ習慣。
映画館へ行くなら端の席を選びがちなこと。
澄川が意外そうに笑う。
「真壁さん、映画見るんですね」
「見ますよ」
「私服も着るし」
「まだ言いますか」
「だって仕事の時しか知らなかったので」
真壁は一度だけ視線を上げた。
澄川も同じようにこちらを見る。
店内には時間を知らせる放送もない。
来訪予定もない。
凪も、Ridgelineも関係していない。
ただ二人で座っている。
店を出る頃には、午後の日差しが傾いていた。
大通りへ出る手前で、澄川が帽子を被り直す。
人の多い場所を並んで歩く必要はない。
真壁は言われる前に足を止めた。
「私はここで」
「はい」
澄川が一度頷く。
そのまま別れるかと思ったところで、また名前を呼ばれた。
「真壁さん」
「はい」
「また休みの日、会えます?」
真壁はすぐには答えなかった。
仕事ではない。
身体を見るためでもない。
今日も、それで終わった。
「予定が合えば」
澄川が笑う。
「じゃあ聞きます」
真壁は軽く会釈して歩き出した。
しばらくして、スマートフォンが震える。
《今日はありがとうございました》
続けて、
《次はもう少し早く言います》
真壁は立ち止まらずに返す。
《そうしてください》
すぐに既読がついた。
ポケットへスマートフォンを戻す。
次の休日にも、澄川から連絡が来るかもしれない。
そう思うことに、もう引っかかりはなかった。
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