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第12話 しばらく来ません

午後の来訪予定を確認していた真壁修司は、澄川律の名前を見つけても、以前ほど珍しく感じなくなっていた。 このところ、Ridgelineとの企画でアトラボへ来る回数が増えている。 今日も三階で打ち合わせが入っていた。 予定時刻を過ぎたところで、自動扉が開く。 澄川は一人だった。 帽子を取り、軽く頭を下げて受付へ来る。 「こんにちは」 「こんにちは」 真壁は予定を確認した。 「三階ですね」 「はい」 入館処理を済ませても、澄川は動かなかった。 最近はこういうことが増えた。 用件が終わっても、何かもう一つ残っている。 真壁は顔を上げる。 「何かありますか」 「来週から、しばらく来ません」 唐突だった。 ただ、内容自体は知っている。 海外でのプロモーションとライブが入り、しばらく来訪予定が空くことは警備側にも共有されていた。 「聞いています」 澄川の眉が寄る。 「そうじゃなくて」 真壁は端末から手を離した。 澄川はこちらを見ている。 「真壁さんに言ってます」 周囲を社員が一人通った。 真壁はそちらを確認してから、澄川へ視線を戻す。 「どのくらいですか」 「二週間くらいです。向こうで増えたら、もうちょっと」 「そうですか」 「はい」 澄川の肩から力が抜ける。 真壁はその動きを見ていた。 「体調は?」 「そこ聞きます?」 「海外へ行くなら聞きます」 「最近は寝てます」 「途中で起きることは?」 澄川が黙る。 「前よりは」 「なら、前よりはいいですね」 「厳しい」 「事実です」 澄川が笑った。 以前より疲れては見えない。 肩も、前ほど高い位置へ戻らなくなっている。 自分でも意識するようになったのかもしれない。 「向こうでも、これやった方がいいですか」 澄川が片方の肩を回す。 「自分でできる範囲なら」 「どうやればいいです?」 「無理に回さなくていいです。呼吸も止めないでください」 澄川が動きを確かめる。 「これで合ってます?」 「今は」 「今は?」 「疲れ方で変わります」 「便利じゃないですね」 「身体はそういうものです」 澄川は納得したような、していないような顔をした。 エレベーターの到着表示が変わるまで、澄川はその場を離れなかった。 「真壁さん」 「はい」 「向こうから連絡してもいいですか?」 真壁は一度考えた。 「構いません」 「身体のことじゃなくても?」 今度は真壁が澄川を見る。 返事が遅れた。 「何かあれば」 「何もなくても?」 澄川はまっすぐだった。 真壁は端末へ視線を落とす。 来訪予定の画面には、今日以降しばらく澄川の名前がない。 「構いません」 澄川が笑う。 「じゃあ送ります」 話が決まったらしい。 エレベーターの到着表示が変わった。 「そろそろですね」 「あ、はい」 澄川は歩き出す。 数歩で振り返った。 「帰ってきたら、またお願いします」 真壁は肩を見る。 「身体を?」 澄川も考えた。 「それも」 扉が開く。 澄川はそのまま中へ入り、閉まる直前に軽く手を上げた。 真壁も会釈を返す。 表示が上へ動いていく。 しばらく来ない。 業務上は、それだけのことだった。      * その日の夜、帰宅して間もなく真壁のスマートフォンが震えた。 澄川からだった。 《これで合ってます?》 続けて、短い動画が届く。 以前教えた動きを、自宅で試しているらしい。 真壁は一度見てから返信する。 《肩を上げすぎです》 やがて、 《難しい》 と返ってくる。 《無理にやらなくていいです》 《じゃあ真壁さんにやってもらいます》 真壁の指が止まった。 数秒後、もう一通届く。 《帰ったら》 画面には、それ以上続かなかった。 真壁はしばらくその一行を見てから、スマートフォンを伏せた。 二週間後。 その時期だけは、もう覚えていた。

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