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第25話 朝の状態確認
澄川律が目を覚ました時、隣に真壁修司はいなかった。
カーテンの隙間から朝の光が入り、天井を淡く照らしている。何度か来た部屋だったが、朝までいたのは初めてだった。
澄川は身体を起こし、昨夜のことを思い出した。
真壁の手。
肩から背中へ移った掌。
どこへ触れれば力が抜けるのか、自分より真壁の方が知っていた。
澄川は片手で顔を覆う。
「……ずるい」
昨夜、何度言ったか分からない。
ベッドを出て、寝室に残っていたものだけ身につけ、そのままリビングへ向かった。
ソファには、昨夜脱いだシャツが残っている。
拾い上げて袖を通したところで、キッチンにいる真壁と目が合った。
「おはようございます」
いつもと変わらない声だった。
澄川は入り口でその姿を見てから、ようやく返す。
「おはようございます」
「眠れましたか」
「はい」
真壁はカップを二つ並べ、コーヒーを注ぎながらこちらを見る。
「身体は?」
澄川の足が止まった。
「朝からそれ聞きます?」
「何か問題があればと思っただけですが」
昨夜あれだけ触れた人間とは思えないほど普通だった。
澄川は椅子へ座り、目の前に置かれたカップを受け取る。
「真壁さん、普通ですね」
「朝なので」
「そういう意味じゃなくて」
真壁も向かいへ座った。
「昨日のことですか」
言われただけで、澄川の視線がカップへ落ちる。
「何か嫌なことがありましたか」
「ないです」
「では」
「むしろ逆です」
真壁が首を傾げた。
澄川はコーヒーを一口飲んでから、カップを置く。
「あれ、反則じゃないですか」
「何がです?」
「またそれ言う」
真壁は本当に分かっていないらしい。
「俺、真壁さんがあんなに触るの上手いと思ってなかったです」
真壁の動きがわずかに止まった。
「上手いと言われても」
「上手いですよ」
「最初は状態を見ていただけです」
「途中から違ったでしょう」
「違いましたね」
あっさり認められ、澄川は真壁を見る。
「そこ認めるんだ」
「自覚はあります」
「最悪」
「なぜですか」
「自覚あるのに、あれだけ普通の顔してたからです」
真壁は考えてから、カップを置いた。
「普通ではなかったと思いますが」
「俺よりは余裕ありました」
「そう見えただけです」
澄川が眉を上げる。
真壁の視線が下がった。
「澄川さんの反応が分かるので、そちらを見る方に意識が向いていました」
澄川は黙った。
朝から聞く言葉ではない。
昨夜、どこで呼吸が変わったかまで見られていたことを思い出す。
「……それ」
「はい」
「今言うのもずるいです」
真壁が笑った。
その顔を見たせいで、余計に困る。
「真壁さん」
「はい」
「自分が結構すごいことしてるって分かってます?」
「分かりません」
「でしょうね」
真壁はこちらを見ていた。
「ただ」
「はい」
「昨日よりは分かりました」
澄川は顔を上げた。
「何がです?」
「あなたへの触れ方です」
今度は、澄川の方が言葉を失った。
真壁は何事もなかったようにコーヒーを飲んでいる。
「……昨日、覚えてる途中って言ってましたよね」
「言いました」
「もう覚えたんですか?」
「ある程度は」
澄川は椅子の背へ身体を預けた。
「怖いな」
「何がです?」
「伸びるの早すぎません?」
真壁は答えず、澄川の肩へ視線を向けた。
その動きだけで気づく。
「今、見ました?」
「見ました」
「何を」
「肩です」
「やめてください」
真壁が眉を上げる。
「なぜです?」
澄川は視線を外した。
昨夜なら、肩を見られることに何の意味もなかったはずだった。
今は違う。
「昨日思い出すから」
言ってから、自分でも意味を意識した。
澄川が視線を戻すと、真壁はこちらを見ていた。
「何ですか」
「いえ」
「絶対何かある」
真壁はわずかに視線を外した。
「可愛いと思っただけです」
澄川の手が止まった。
今度は真壁の方が、口にしてから気づいたらしい。視線がほんの少し逸れている。
澄川はそれを見逃さなかった。
「真壁さん」
「はい」
「今のもう一回言ってください」
「言いません」
「何で」
「一度聞いているでしょう」
「聞きましたけど」
澄川は笑った。
触れられることには素直になれても、こういう言葉にはまだ慣れない。
それでも、真壁が先に目を逸らしたことが嬉しかった。
澄川は立ち上がり、テーブルを回って真壁の隣へ行く。
「何ですか」
「別に」
そのまま肩へ額を預けた。
真壁は避けず、背中へ手を置く。
触れられた瞬間、澄川の身体がわずかに固まった。
真壁が気づく。
「……状態確認ではありません」
「分かってます」
「そうですか」
「だから困ってるんです」
真壁の手が、背中をゆっくり撫でる。
昨夜ほど何かを探る触れ方ではない。
ただそこにいることを確かめるような動きなのに、もう意味が違っていた。
掌が動くたびに、昨夜の感覚まで一緒に戻ってくる。
澄川は目を閉じた。
真壁の肩へ預けたまま息を吐き、やがて顔を上げる。
「今日、予定あります?」
「ありません」
「俺も午後からです」
真壁が時計を見る。
「では、朝食を食べましょう」
「その前に」
澄川は真壁を見る。
「キスしてください」
真壁の手が、澄川の頬へ伸びた。
「これは分かります」
澄川が目を細めた。
「何がです?」
「どうすればいいか」
笑うより先に、真壁が顔を寄せた。
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