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第54話 同じ景色

来場者が減り始めると、会場の動きも変わった。 駐車場へ戻る人が増え、河川側に残るのは、蛍をもう少し見ていたい人たちだけになっている。 真壁は一度道路側まで戻り、神谷と配置を確認した。 「河川側、もう一人下げます」 「大丈夫そうですか」 「残りは俺が見ます。河川側は少し外れてても大丈夫です」 真壁は神谷を見る。 「まだ終わっていませんよね」 「終わってないですけど、全員残すほどじゃないです」 神谷は周囲へ目を向け、残っている来場者と警備員の位置を一度確認してから続けた。 「何かあったら呼びます」 仕事を押しつけている様子ではなかった。 真壁も自分で会場を見る。大きな流れはもうなく、警備員の数も少しずつ落とし始めている。 「分かりました」 無線は持ったまま、真壁は河川側へ戻った。 澄川を探したわけではなかったが、人の少なくなった草地の端に立つ姿はすぐに見つかった。 関係者用に確保された一角で、さっきと同じように蛍を見ている。今度は本当に一人だった。 真壁が近づくと、澄川がこちらを向いた。 「終わりました?」 「ほとんど」 「ほとんどなんですね」 「何かあれば戻ります」 澄川の視線が、真壁の腰元の無線へ落ちる。 「まだ仕事の人だ」 「完全には外れていません」 「じゃあ、ここにいて大丈夫です?」 「神谷さんが見ています」 「頼りになりますね」 「神谷さんが?」 「はい。ちゃんと見てるなって」 真壁は短く頷き、それ以上は返さなかった。 二人の前では、さっきよりずっと多くの蛍が光っていた。 草地の低いところでいくつもの明かりが浮かび、消えたと思えば少し離れた場所でまた灯る。一つを目で追っているうちに、その周りにも光が増え、河川側の暗がりまで点々と続いていた。 澄川がそちらへ顔を向け、真壁も同じ方向を見る。 しばらく二人とも話さなかった。 近くに残っている人の声は小さく、風が草を揺らす音の向こうで、蛍の光だけが何度も現れては消えていく。 先に口を開いたのは澄川だった。 「歌、見ました?」 「ほとんど見ていません」 「ですよね」 澄川は驚かなかった。 「一度だけ見ました」 「いつ?」 「途中です」 「気づかなかった」 「澄川さん、歌っていましたから」 「それは歌いますよ」 真壁は草地へ視線を戻した。 「聞いていました」 澄川も前を見る。 「最初から?」 「聞こえる範囲では」 「じゃあいいです」 前にも同じようなことを言っていた。 真壁は理由を聞かなかった。 何がいいのかは、今なら少し分かる。 蛍が何匹も同時に浮かび、草地の上へ淡い明かりを散らした。 「真壁さん、今日ちゃんと蛍見ました?」 「見ています」 「仕事で?」 「ほとんどは」 「それ、見たことになります?」 「見えてはいました」 「またそういう言い方する」 澄川が少しだけ真壁へ近づく。 肩が触れるほどではない。 仕事中なら取らない距離だった。 「じゃあ今、見てください」 真壁は答えず、前を見る。 いくつもの光が草の間を上がり、途中で消える。その向こうでも別の蛍が浮かび、暗い場所へゆっくり明かりが広がっていた。 さっきまでなら、その先にいる人の位置も一緒に見ていた。 今は蛍だけを追った。 「見えます?」 「はい」 「ちゃんと?」 「ちゃんと見ています」 澄川も同じ方を見る。 真壁は横を見なかった。 それでも、隣にいることは分かっていた。 少しして、澄川が言う。 「今日、来てよかったです」 「出演したでしょう」 「それだけじゃなくて。前にここ来た時、ゲームと同じだって思ったじゃないですか」 「はい」 「でも今日は違いました」 「何がです?」 澄川は草地へ目を向けたまま、少しだけ間を置いた。 いくつもの蛍が暗い草の上で明滅している。 「蛍は、ゲームにもいます」 「はい」 「でも、今日のこれはないです」 真壁は澄川を見る。 「これは?」 澄川もこちらを向いた。 「俺と真壁さんがいるやつ」 真壁は一度だけ目を細め、それからまた前を見る。 古民家カフェがあり、少し離れたところには使い終えた特設ステージが残っている。夕方まであった音は消え、人が減ったあとの草地には、さっきより増えた蛍の光が広がっていた。 前に来た時にも、この場所はあった。 ゲームの中にも、蛍はいた。 けれど、今ここにいる二人まではなかった。 「そうですね」 それだけ返した。 無線は鳴らなかった。 澄川も何も言わない。 真壁は手を下ろしたまま、ほんの少しだけ位置を変えた。 今度は肩が触れるくらい近くなる。 澄川は離れなかった。 二人の前では、いくつもの蛍が途切れずに光っている。 真壁は最後まで、その景色を見ていた。

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