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7 真介の罠

 付き合い出したといっても、真介の態度は以前と何ら変わりがなかった。  付き合った途端にべたべたに甘い態度を取る人もいるけれど、実はある程度冷たくされた方が、ずぶずぶと、抜け出せない沼にハマってしまうのだと知った。 「真介、俺たち付き合ってるんだよな?」  聞くのは簡単なはずなのに、怖くて聞けなかった。  それは真介が怖かったのではなく、そう聞けばうざがられたり、嫌われたりするのが怖かったからだ。  俺、こんなに女々しかったっけ?  自分でも疑問に思うほど、塩原と付き合っていた時とは勝手が違いすぎた。  まず第一に、真介は自分から遊びに誘ってきたりはしない。  寧ろ友人関係だった時の方が積極的だったと感じるほどだ。  塩原と付き合っていた時は、向こうから告白されたのもあるが、何もしなくても誘ってくれていた。  でもそれが、真介を相手にした途端にかなり自分はいい気になっていたんだなと痛感した。  よくもまあ、塩原は付き合ってくれてたよな。  俺は真介を誘うべくメッセージを打とうとして、らしくなく逡巡する。 「あー、駄目だ。あいつから誘ってくれたらいいのに」  と思っていたら、いきなりスマートフォンが震え始めた。  ぱっと見ると、まさかの真介からだった。 「も、もしもし?」  俺は変に裏返った声を出してしまう。 「何を慌ててるんだ」  真介が可笑しそうに笑う声が、やけに心臓をくすぐった。 「い、今メッセージ送ろうとしてたから」 「へえ。何て送ろうとしたんだ?」 「……俺のことより、真介は何の用?」  あー、俺のバカ。  素直に遊びに誘う流れだろ、これ。 「俺は……何の用だったかな」 「何だよそれ」  噴き出した次の瞬間、真介の放った台詞で俺は一気に赤面した。 「声が聞きたかっただけだ。じゃあな」 「え、あっ、ちょっと……」  本気で切ろうとする真介を、俺は勇気を振り絞って引き留める。 「うん?」 「あ、のさ……遊びに、行かね?」 「……」 「だ、駄目か?そうだよな、用事あるよな。じゃ……」  沈黙に耐えきれずに切ろうとした、その時。 「いいけど」 「えっ?ほ、ホントか?」 「俺は今からでもいいけど、どうする?」 「俺も今から大丈夫、行ける」 「じゃあ、迎えに行く」 「迎えにって……でも電車で片道30分ぐらいかかるだろ?いいよ、またいつものように中間地点……って」  と言ってるうちに、通話が切れた。 「何だよ、いきなり切って」  と文句を言いながらも、内心嬉しくて仕方なかった。  冷たいと感じたのは勘違いだったのかもしれない。  真介はもしかしたら付き合うのが初めてで、勝手が分からないだけなんだ。  なら、俺がリードしないとな。  と意気込んだのはいいものの。 「悪い、待ったか?」  真介はきっかり30分後に自宅に現れると、額に浮かぶ汗を拭った。 「ううん。走ってきたのか?」 「いや、電車の中が満員で、暑かっただけだ」  絶対嘘だ。  その証拠に、真介は息を切らしている。  何だ、やっぱり俺の杞憂だったのかと安堵する反面、また1本とられたなと思う。  こういうところがずるいな。 「どこ行く?」 「真介は遊園地意外と好きだよな?」 「好きだけど……俺の好みになるだろ。凌平は静かなところが好きじゃないのか?美術館とか、博物館とか、プラネタリウムとかはどうだ」 「行きたい……けど……」 「何を遠慮してるんだ」 「遠慮じゃないよ。俺が、真介の行きたいところに行きたいんだ。じゃないと、リードできないから」 「リード?」 「あ、いや。ということで、遊園地。二人で行くのは久々だよなあ」  俺は慌てて誤魔化しながら、真介の隣に並び立つが、なぜか、真介は距離を空けた。  え?何で?  俺の中で、もやっとしたものが広がる。  あの時キスしてきたのは、やっぱり単に影鷹への牽制のためだった?  俺のことはそれほど好きじゃない?  いろいろ考えすぎて落ち込みかける気持ちを無理やり持ち上げて、俺はあえて明るい声を出した。 「行こう!楽しみだね」 「そうだな。凌平はやっぱりお化け屋敷が行きたいんだろ」 「まあね。だけど、真介はお化け屋敷よりやっぱりジェットコースター?」 「それも捨てがたいけど、ゴーカート乗りたい」  真介を見上げると、俺をチラ見しながらも目が合うと逸らしている。  何だよ、そっちがその気なら。  俺はさりげなく手の甲を触れ合わせようとするが、少し触れただけで静電気でも走ったように、ぱっと離された。 「あ……」  心臓にチクリとした痛みを覚える。  この後、楽しめるのかな、本当に。  俺は真介にはバレないように、そっと溜め息をついた。 「し、真介?あのさ、さっき調べたんだけど……」 「うん?」  小一時間後、遊園地に着いた俺たちは、譲り合った末にじゃんけんで決めて、結局真介が勝った。  真介は自分の希望ではなく、俺の好きな最恐ホラーハウスにしてくれたのだが、順番待ちの間に調べた俺は、たまたまその記事を見つけてしまった。  ーー最恐ホラーハウスは、本物が出る、と。 「や、やっぱりゴーカートにしないか?」 「なんで?」 「だって、ここ本物が……」  その時、ホラーハウスの方から絶叫が響いた。  転がるように出てきた男女のペアの女性の方が、真っ青な顔をして男性に訴えている。 「私、耳元で殺してやるって言われた」 「え?マジ?俺とか、足掴まれた」  実は、こんな会話をホラーハウスから出てくる人は皆交わしていた。  俺はホラー好きと言っても、本格的なものは駄目で、本物なんてもってのほかだった。 「真介、俺……」 「次の方、どうぞ」  真介の腕を引こうとした時にはもう遅かった。  スタッフに手早く説明され、中へと誘導されてしまう。 「うぅ……」  俺は呻きながら恐る恐る一歩ずつ足を踏み出した。  真介は横にいてくれているが、相変わらず微妙な間隔を空けている。  病室を模した部屋に辿り着いた途端、女の啜り泣く声が聞こえ始めて、それも作りものとは思えないほど生々しいせいか、俺は一歩も前に動けなくなってしまった。 「凌平」  真介が、ふいに俺の名前を呼ぶと、俺の体を抱き寄せる。 「っ……」  恐怖とは別の意味でドキドキしているところへ、真介が顔を近づけてきて、口付けを落とした。 「ん、……」  こんなところで。  急すぎる。  と思いつつも、夢中になって真介の背中に腕を回した。 「ん、んぅ……」  幾度か角度を変えてキスをした後、真介は囁いた。 「大丈夫、俺がいる」  もう一度抱き寄せられた時、背後から次のグループがやって来る声を聞いて、ぱっと離れた。 「行こうか」  真介が手を差し出してくる。  俺はその手をしっかり握り返した後、無事にホラーハウスのゴールに辿り着くことができたのだった。 「太陽が眩しい」  明るい場所に出て一気に気が抜けたところで、真介は俺の手を離した。  まだ、繋いでいたいのに。  そう思って無意識に真介の手を見ていると、真介が振り返って俺を見た。 「何?」 「あ、いや……」 「言いたいことあるんだろ。最近、よく何か言いたそうに俺を見てる」 「……きの、せいじゃない?」 「そうか」  その時、真介が何の前触れもなく、俺の方に手を差し出した。 「え?」 「手、繋ぎたいんだろ」 「っ……うん」  素直に頷いた途端、真介が温かい陽光のような笑顔を浮かべた。 「っ……!」  こういうの、ずるいよな。  俺は真介の罠に嵌められていくような感覚を味わいながらも、自らその罠に飛び込むつもりでその手をしっかりと掴んだ。

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