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10 滑走路
「ショートドラマ?」
翌日、真介と物件を見に行く際にその話題を出すと、真介は眉を顰めた。
俺は内心、上手くいったかもしれないとしたり顔をする。
「そう。だから、週末しばらく忙しくなるかも」
「……」
「真介?」
黙り込んで俺を睨むように見る視線に、さすがに調子に乗りすぎたかと思い始めた時、真介は俺のスマートフォンを指差した。
「やり取りを見せろ」
「え?」
「条件は、土田と凌平のやり取りを見せること。ちょっとスマホ貸せ」
「う、うん」
勢いに押されて素直に渡せば、真介は軽く操作して俺にスマートフォンを返した。
画面を見ると、見覚えのないアプリが入っている。
「これ、何?」
「録音機能だ。土田と通話した際は聞かせてもらう」
「えっ」
「その条件を飲めないなら、土田とは関わるな」
俺は思わぬ逆襲に、呆然とした。
真介をもっと俺に夢中にさせようと思ったが、そもそもそれは無駄だったのかもしれない。
真介は、こんな犯罪すれすれなことをするほどに、俺のことを?
狂っているとは十分に自覚があるが、俺はそれでも走り出そうと決めた。
真介に振り回されっぱなしだったため、反撃の機会を俺は狙っていたのかもしれない。
「分かった、約束する。全部のやり取り、チェックすればいいよ」
俺が頷けば、真介は一瞬目を見開いた後、笑みを浮かべた。
この選択が、後々どんな結果を生むかなど、今の俺には全く想像もつかなった。
気を取り直して物件を見に行くと、不動産屋のスタッフが押し売りしてきて、予想以上に難航してしまう。
真介がスタッフに、一旦持ち帰って検討する旨を伝えてなんとか解放された。
終始、真介が鋭い目つきでスタッフを見ていたのもあり、俺ばかり絡まれる羽目になったが、最後に振り切る役目はしっかり買って出てくれて助かる。
「俺は2つ目の部屋が良かったけど、真介はやっぱり3つ目?」
「そうだな。でも別に俺はそこまでこだわりはないから凌平が選んでいい」
「そう?じゃあ、2つ目で決めちゃおうか」
こうやって譲るところは想われているなと感じて嬉しい。
「あ、でも真介に不動産屋とやり取り任せていい?俺はどうにも」
「お前の愛想の良さは、こういうところでは裏目に出るからな」
真介は笑いながら快諾し、早速不動産屋に電話をかけ始めた。
これからは真介と一緒に生活するのか。
俺は土田の件を忘れ、明るい未来ばかりを思い描いていた。
上がりきったら、後は落ちるだけ。
それを感じ始めたのは、真介と一緒に生活を始めてから少し経った時だった。
『代役の話なんだけど、実はもともとその役をやってた子が快復してさ。悪いんだけど、白紙に戻りそう』
土田から届いたメッセージを見て、俺はむしろほっとする気持ちがどこかにあった。
真介に監視されてまでするのは、やっぱりさすがにおかしいのではないかと思い始めていたからだ。
それに、真介の行動で、方向性は間違っているかもしれないが、愛されていることは十分に理解した。
『分かりました。俺も演技は初めてで正直自信がなかったので』
『そっか、なら良かった』
それで話は終わりだと思い、スマートフォンをベッドの上に投げだしたところへ、電話がかかってきた。
土田からだ。わざわざ何の用だろう。
「何の用ですか?」
「いきなりごめん。代役の話はなくなったけど、この間、たまに会おうって言ってたよね?今夜どうかと思って」
「あ……いや、あれは……忘れて下さい」
「どうして?」
「ごめんなさい、俺、あの時は真介の気持ちを測ろうとしていて、土田さんを利用するためにあんなことを言いました」
素直に謝ると、土田は笑う。
「何となく、何かあるだろうなとは思っていたけどそういうことか」
「ごめんなさい」
「いや、いいよ。その代わり、俺とは友達としてでもいいから会ってほしい」
「そういうことなら……」
「じゃあ、後でこの店で」
意外と押しが強い土田に押されるかたちで、承諾させられた。
俺はこの会話も真介に聞かれるんだよな、と思いつつ、リンクを開くと、店の情報がろくになかった。
できたばかりの店だと載っていないことはある。
その類だと思い、深く考えずに場所を確認して、スマートフォンをダイニングテーブルに置く。
ちょうどそのタイミングで真介がリビングに現れる。
「真介、あのさ……。今夜、土田さんに誘われた」
真介がスマートフォンをチェックする前に正直に打ち明ければ、多少は矛を収められるかもしれないと思ったが、真介は眉を顰めた。
「誘われた?どこに。何の目的で」
「それが……」
「ちょっとスマホ貸せ」
言うが早いか、真介は俺のスマートフォンを引ったくるように取ると、素早く操作してさっきの通話記録を再生した。
「……」
「真介、俺やっぱりことわ……」
「行ってきていい」
「え?」
真介は俺にスマートフォンを返すと、あっさりそう言った。
「何で……」
「単に友達付き合いするつもりなら、俺も口出ししない。それに、面と向かってはっきり断れば、向こうも諦めがつくだろう」
「そうだな」
真介の言う事は一理あるなと思った。
ただ、通話記録を録音してまで俺を監視しようとしている真介が、なぜ急に態度を軟化させたのか分からず、仄かに違和感が残る。
「真介、すぐ帰るから」
「分かってる」
真介は眼鏡をかけると、コーヒーを飲みながらパソコンを使い始めた。
俺はその隣に座り、真介の肩にもたれかかる。
真介の左手が俺の肩に回され、抱き寄せられた。
ふいにこういうことをするのはずるいよな、と思いつつも、心地よい温もりに自然と唇が緩むのを抑えられなかった。
その夜、俺は土田の指定する店に向かった。
家を出る際、真介は特に気にした素振りもなく、普通に送り出された。
「あいつ、未だに行動が謎めいてるよな……。一貫していないというか」
殺したいほど愛してると言うほど俺に対して激しい愛情を仄めかす時もあれば、信じられないほど素っ気なくなることもある。
でも、だからこそ俺はこんなに惹かれてしまっているのかもしれない。
その全てが計算づくとすれば……。
恐ろしい考えに至ろうとしたところで、ちょうど目的地の店の前に辿り着いた。
「ここって……」
外観は普通のカフェだが、よく見ると看板にカフェ&バーと書いてある。
それもそのはずだ。
カフェは大抵、夜は空いていない。
「土田さん、俺がまだ未成年っていうの忘れてるんじゃね?」
と呟いたところで、店の中から当の本人が現れた。
「あ、土田さん」
「来たね、赤池君。さあ中へ」
誘導されるままに中に足を踏み入れた俺は、その異様な雰囲気に息を呑んだ。
男同士が腕を組んでいたり、暗がりでキスをし合っていたりしている。
そこでようやくこのバーが、そういうバーだと気がつき、店から出ようとしたが、土田に出入り口を塞がれた。
「どこ行こうとしてるの?さ、こっち。大丈夫、お酒以外も頼めるから」
「そういう問題じゃ……、ちょっ、と……」
土田は既に出来上がっているらしく、常にない距離感で俺の肩を抱き寄せると、強引に座らせてコップに注がれた飲み物を差し出してくる。
土田の言う通り、匂いから酒ではないのだろうが、店内に立ち込める熱気と、異様な空間が中身を口にするのを躊躇わせた。
「どうしたの?飲んでごらんよ。毒じゃないから」
土田が俺のコップを掴み、強引に飲ませようとしてくる。
俺は嫌悪感で振り払おうとした、その時だった。
「土田ぁ、何やってんだ、お前」
背後から伸びてきた手がそのコップを奪い取ると、床に叩きつけた。
その中から、白い錠剤が一つ転がり出る。
「な……成瀬君」
はっと振り返ると同時に、俺の背後にいた真介が土田の胸倉を掴み、締め上げる。
「ぐっ……」
そして、苦しむ土田の耳元で真介が何かを囁いた瞬間、土田の顔色が青ざめる。
真介は土田を突き放すと、俺の肩を抱いて言った。
「家に帰るぞ」
「う、うん……」
そっと背中を押されて店から出た途端、一気に力が抜けた。
「歩けるか」
「な、何とか……」
「他には何かされてないか」
俺が首を振ると、真介は息をつき、俺の体を抱き寄せた。
「っ……」
温もりに包まれた途端、安心して目に涙が浮かぶ。
真介はそのまましばらく、俺が落ち着くまで優しく抱き締めてくれていた。
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